第24話 シグルーン家 (下)

 シオンとシグルーン前伯爵であるジースの話が一区切りついたところでカナリアが率いる女性陣が戻って来た。


「シオンさん、大丈夫でしたか? おじい様に何かされたりしませんでしたか?」

「……今のところは」


 心配そうな顔で様子を伺ってくるカナリアにそんな顔になるぐらいに心配だったら別室に行くときにもう少し抵抗なり事前に情報提供するなりしろと思ったシオンは思わず仏頂面でそう答えてしまう。そんなシオンと対照的にジースは楽しそうに笑いながら言った。


「はっはっは! 大事な大事なカナリアちゃんの気になる人だ。そんなに虐めたりすることはないよ」

「おじい様! どうしてそういうことを直接言うんですか! シオンさん、今の気になるという言葉には別に深い意味はないですからね?」

「分かってる。それで? もう帰っていいのか?」


 あまり思い出したくない過去の話をして気分を害されているシオンはさっさと帰りたい旨を全面的に押し出した。それを受けたカナリアはぎこちない笑みを浮かべつつシオンに言う。


「はい。ラクシャミル姉妹と一緒にお帰りください」

「……ラクシャミル姉妹についてはシグルーン家が全責任を負う。そういう話で治療したんだが?」

「シグルーン家としてシオンさんに依頼を出すということです。生活費は全てこちらで持ちますし、報酬もしっかりと支払いますのでシオンさんには治療と少々ばかり御指南をお願い致したく」


 シオンはとても嫌そうな顔をした。その顔を見てアメイジアが噛みつく。


「何よ。私たちが気に入らないの?」

「そういうわけじゃない。色々巻き込まれることになるのが面倒臭いだけだ」

「それ以上のメリットをお約束します。具体的な話はまだ決まっていないので何とも言えないのですが……お二人を預かって貰えれば幸運結晶の一部をお渡しすることも考えてもよいかと思っていますので」

「……ペスティーシャががめてた分か?」


 カナリアの説明にシオンは少し興味を持つ。しかし、カナリアは残念そうにかぶりを横に振った。


「残念ながらあの男が盗み得ていた幸運結晶は国庫に納められています。シオンさんには今後、あなたがラクシャミル姉妹と共に暮らして得た分の幸運結晶の内、一般的な量より多く結晶が取れた場合に一部をお渡しすることになります」

「じゃあ嫌だ。俺に誰かを幸せにすることが出来るとは思えない」

「そこは頑張りなさいよ! あぁもう! 後でいいこと教えてあげるから取り敢えずこの場は頷いておきなさい!」


 拒否するシオンに苛立ちながらアメイジアがそう告げる。それでもシオンは微妙な顔だ。


「最悪、治療だけなら本当に嫌々ながら仕方なく受けないといけないかもしれないとは思っていたから非常に不本意ながら受けてもいい。だが、一緒に暮らす? 何かを教える? 意味が分からん。一介の冒険者に何を求めてるんだ? そういうのはお貴族様たちがやればいい」

「ラクシャミルの血があなたについて行った方がいいと言ってるのよ」

「そんな便利なもんがあるならペスティーシャなんかに捕まらなかっただろうに」


 アメイジアの言葉を半笑いで受け流しながらそう答えるシオン。アメイジアは特に怒ることもなく肩を竦めて言い返した。


「思っていても立場的に断れないものがあることぐらいわかるでしょ? 前回はそれが最悪な方向に行っただけ。今回はそれを利用していい方向に持って行きたいの」

「その結果が俺と同居? 率直に言う。頭おかしいと思うぞ」

「同居じゃないわ。住み込みで働くだけよ。ペスティーシャの罠を一瞬で看破したのだから薬学の心得はあるだろうし、回復魔術の腕がいいことだって見ればわかる。あなたの技術があれば私たちの留学目標も達成出来るの。だからお願い」


 アメイジアは真剣な表情で頭を下げた。その隣でカミラも頭を下げる。


「私もメイジーと同じ気持ちです。お願いします」

「……因みに目標は?」


 簡単な目標であればさっさと達成してしまえるかもしれないとシオンは一縷の望みをかけて尋ねてみた。それに対し、アメイジアは自信たっぷりに答えた。


「勿論、あなたが持っている知識を全部もらい受けて万能の医者になることよ」

「……何年かかると思ってるんだ」

「そうね。十年もあれば出来ると思ってるわ」


 恐らくシオンが物心ついてから勉強した分をまとめて吸い上げるつもりで十年程度と言ったのだろう。だが、シオンの薬学や治療の知識は前世で化物の弟子たちから詰め込まれた技術と知識だ。相当効率よく教えたとしても常人相手にまだ狂人にすらなれていない自分が教えるのであれば十年では済まないと見ていい。だが、それを言うと自分の存在というものが怪しまれる。


(適当なところで切り上げるにしても、現時点で俺が知り得る技術においてかなり後で習得する技術を見せてしまっているんだよなぁ……)


 ペスティーシャがカミラに使った媚薬はとても強力なもので、用意周到に時間をかけて洗脳していた。それを一日である程度立ち直らせるという無茶な技法を見せてしまっている。少なくとも、その技法を教えなければ彼女は満足しないだろう。

 ただ、その技法だけを教えられるほどシオンは器用ではなく、その技法に繋がるルートだけを教えて放置出来るほど悪い人間でもなかった。


「……十年じゃ無理だと思うから諦めてほしいんだが」

「十年で無理なら二十年。二十年で無理なら三十年かけるつもりよ。ラクシャミルは長寿なの。気長に行くわ」

「……いや、その間俺のところにいることで幸運結晶が出来ないとなれば俺はその辺を教えていられるような状況じゃなくなると思うんだが」

「その点は心配いらないわ。不当な扱いをされなければ私たち姉妹に関しては大丈夫とだけ。今の時点ではそれだけ言っておくから」


 しばしシオンは考える。メリットとしては生活費が経費で落ちる上、ある程度放置していても報酬金が入ってくること。更にラクシャミル姉妹の言葉を信じるのであれば幸運結晶も定期的に手に入る。

 これらは今は自分の環境をよくするためにお金を使い続けているクリスがいずれ自分を買い上げて自由になり、シオンの下を離れた場合の保険となる。

 デメリットは目立つ。面倒臭い。嫉妬を買う。この三点だ。どれも最終的には面倒臭いという点に集約されると考えると、デメリットは面倒臭い一点だけとなりそれは生きていくためにはある程度仕方ないことだともいえる。


 シオンが出した結論は。


「……王城とシグルーン家からの報酬一覧次第だ」

「受けてもいい、そうお考えになったということですね?」

「条件付きでな」


 条件付き承諾。シオンは報酬が対価に見合うものであれば今回の申し出を受けることにした。それを聞いてアメイジアがにやりと笑う。


「そう来なくっちゃ。じゃあお姉! さっそく準備よ!」

「えぇそうね。王様たちにはしっかりと言っておかないと」

「お二人とも、まだ正式に決まったわけじゃないのでお待ちください。決まってからでも遅くないので」


 話がまとまったことに安堵した三人が先走る。そんな中、にこにこしながら沈黙を守っていたシグルーン前伯爵、ジースが口を開いた。


「やはり、君が次代の王国の中心人物になるようだ。頑張り給えよ? シオン君」

「……ご免被りますね」


 あくまで自分は不変だと言わんばかりの態度を取るシオンにジースは笑みを深めてそれ以上は何も言わないのだった。



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