第26話 報酬 (下)

 シグルーン家から出て隠れ家的な宿に戻ったシオンは付き従っていたクリスに声をかけた。ラクシャミル姉妹は一度王城に戻っており、この場にはいない。そのため、二人きりの話し合いだ。取り敢えずシオンは報奨金が決まって今一番気になっていることをクリスに尋ねる。


「クリス、もうすぐ自由を買い戻せる金額が手に入りそうだが、どうする?」


 奴隷法に従い、6000金の報酬の1%がクリスの懐に入る予定だ。敗戦国から連れてきた奴隷であるという弱みも今回の一件が広まれば面と向かってあれこれ言う人間もいないだろう。シオンは奴隷から解放されるための条件を満たしたクリスが一刻も早く自由になろうとするのではないかと危惧していた。


 ただ、彼女はそれを否定する。


「えと、私だけならまだしも、色々買ってもらってますし、ご主人様から借りたお金の分も働かないとですし、それにマジックボックスを買おうと思っているので……」

「そうか」


 クリスの回答にシオンはひとまず安堵した。クリスは思っていたよりも義理堅く、きちんと先のことを見据えて行動出来るタイプのようだ。安心したシオンは一息ついてから頼んでおく。


「先に言っておくが、自由を買い戻したくなった時は早めに言ってくれよ?」

「はい」


 今回の一件で大金を手にし、高い技能も持っている奴隷であることが広まれば彼女を直接悪し様に言う者はいなくなるだろう。

 勿論、陰で何を言われているかは知ったことではないが、それはどこの誰でも同じことだ。そこまで気にしていては息苦しくなってしまうので気にしないことにして、シオンは気になったことを更に尋ねる。


「因みにどこでマジックボックスを買おうとしてるんだ? 個人識別がついた正規のマジックボックスは安くても300金はするが……」

「どの店、というところは決めてませんが……買いたい物は決めてます。少なくとも個人識別がついたちゃんとしたやつで40Lくらいの容量は欲しいんですよね」


(……それ、安くても700金くらいするんじゃないか?)


 結構高い目標を抱いているらしいクリスにシオンは内心でこいつはそうそう簡単に離れる気がないのかもしれないと思った。


「でも、取り敢えず最初は10Lくらいのを買います」


 しかも、こんなことを言い出す始末だ。10Lの小さなマジックボックスでもきちんとしたものであれば300金はする。個人識別がついた正規のマジックボックスを買うのであれば転売するにも正規の手順を踏む必要があり、それらを踏まえるとクリスは最低でも1000金は貯めるつもりのようだ。

 そう考えたシオンだが、クリスは続けてシオンが思いもよらぬ提案までしてきた。


「それでなんですが、ご主人様にお金があるので10Lのマジックボックスを買おうと思ってるんです。ただ私にはお金がないので貸してください」

「……お前、いや返せるなら俺は別にいいんだけどな? 返すあてはあるのか?」

「はい。十年も働けば返せるかと」

「……まぁ、十年働いてもお前はまだ二十代前半か。ならまだ取り返しはつくか」


 シオンはそう納得したが、クリスは別だ。彼女はシオンから離れるつもりはないので実質無料でマジックボックスを使用出来ると考えていた。


(ご主人様のモノである限り、回復してもらえるし、お金も必要ならいっぱい出る。色々くれるし、外の人は怖いからご主人様と一緒にいた方がいい)


 メイリアに問われて自分の活動方針を決めた時のことを思い出すクリス。幼くても彼女は色々考えていたのだ。借金をしている限り、借金分を取り返すためにシオンは自分のことを見捨てないはず。クリスはそう考えていた。それを知らないシオンは後で一緒にマジックボックスを買いに行くことを決め、クリスとの話題に一度区切りを入れる。


 その代わりに始まるのが今後の同居人の話だ。


「さて、お前は俺についてくるみたいだから今後の話だ。ラクシャミル姉妹が同居人としてついてくることになる」

「はい」

「そうなると流石に宿暮らしは色々と面倒臭い。そこで冒険者ギルドの伝手を使ってクランハウスを借りることにした」

「そうですか」


(……あんまり喜ばないなこいつ)


 せっかく狭苦しい宿から広々とした場所に移動するというのに全くと言っていい程喜ばないクリスを見てシオンは微妙な顔になる。

 ただ、シオンからの命令に先んじてクランハウスの手入れなどの余計な仕事が増えそうだなと考えているのであればそれも仕方ないことだとシオンは考え直した。だが今回はそんな心配は無用だ。シオンは続けて言う。


「恐らく、ハウスキーピングや食事の支度、洗濯なんかの家事仕事が増えると考えてそんな顔なんだろうが……喜べ。専属の奴隷を新しく買う」

「別にいりませんよ? 夜、ちゃんと同じベッドで回復してくだされば」


 まさか否定されるとは思っていなかったシオンはちょっと言葉に詰まった。


「いや、働き詰めなんだし休みたいだろ?」

「いえ、ご主人様に回復してもらえるので別に……お仕事が減って中途半端に疲れてご主人様から回復してもらえない方が嫌です。それにお仕事が減るとお給金も減るのでマジックボックスが遠のきますし……」

「……そんなにマジックボックスが欲しいのか」

「はい。早くメイリアさんみたいにご主人様の役に立つ存在になりたいので」


(……あいつほど優秀になる必要はないんだが。まぁ本人がやる気なら止めることはないが……)


 メイリアは宮廷伯の使用人の中でも特異な存在として王家の中でも一部の存在から認められている存在だ。そんな一角の人物になろうというクリスの向上心は見上げたものだが、そこまでやる必要性をシオンは感じない。

 尤も、本人がやる気なら止める気もないが。優秀な人材がいて困ることはあまりない。シオンは自分がだらけるためにも頑張ってほしいと思った。


「気持ちは嬉しく思うが無理はしないように。個人的には無理して上を目指すよりも長く俺の下で働いてほしいからな」

「両立出来るように頑張りますね」

「あ、あぁ……まぁ、そうだな。話を戻そう。まずクランハウスだが候補は幾つかあるんだ。割と広めの家を想定していたがクリスが全部見るつもりなのであれば」

「私のことは気にしないでください。ご主人様の思う通りに決めていただければ」


(何かやたらと忠誠心が高いな……300金の効果がもう出てるのか?)


 そんなにマジックボックスが欲しかったのか。そう思うシオンと本当に忠誠心が高いクリスの間には大きな感覚の隔たりがあるが、それは現時点においては二人とも気付かない。


「まぁ、クリスは色々思うところがあるかもしれないが俺個人としてやたら広い家にいても意味はない。使わないし」

「そうですか」

「あぁ……ひとまず来週までにクランハウスを決めて来週からはそこで暮らすことになる。それだけは決定事項だ」

「はい」


(……とんでもなくどうでもよさそうだな。普通に考えて年頃の少女が俺みたいなのと同室。ましてや同じベッドで寝てるなんて悪夢みたいな状況からやっと解放されるんだからもっと喜ぶべきだと思うが……流石に奴隷だから面に出せないのか?)


 クリスの反応の薄さにシオンは少し勘繰ってしまう。しかし、それでも決定事項は決定事項だ。今日からクランハウスを見に行き、週内には6LDKで庭付きの大きめの平屋に候補を定め、予定期限内に月15金で契約することになるのだった。



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