第27話 新生活 (上)

 シオンがカナリア経由で報奨金をギルド口座に振り込んで貰った日の翌日。


 世間的には魔物の軍勢を退けた件でカナリアの勇名が王都全体に轟き、その添え物でシオンとクリスの名が広められていた。

 そうとはいえ、パレードに参加したカナリアはともかく、式典にすら不参加だったシオンとクリスの日常にはさして影響はない。彼らの生活に大きな影響を与えたのはクランハウスの変更くらいだ。


 そしてそのクランハウスの日常も今日から大きく変わることになる。


「ここが私たちの新しい部屋ね。まぁ……悪くはないわ」

「メイジー、失礼でしょう? シオンさん、今日からよろしくお願いしますね?」


 シオンが借りているクランハウスにラクシャミル姉妹が荷物をまとめてやって来たのだ。


 ……それはいいのだが。


「へぇ~ここがシオンさんの新しいお家ですか。あ、これ引っ越し祝いです」

「シグルーン嬢、何故ここに?」

「カミラさんたちを連れて来たついでです」


 何故か王国で時の人となっているカナリアまでシオンのクランハウスに来ていた。しかも彼女は供を連れずにラクシャミル姉妹と三人だけで来ており、今は楽しそうに室内を探検している。


(あんまり親密感を出されて俺らも第三王女派と思われると困るんだが……ただでさえ今や時の人になったシグルーン嬢には監視がついているというのに)


 ラクシャミル姉妹については今後、住み込みの家として使うことになるので色々と見回ることをある程度は放置していてもいいとシオンは判断していた。

 しかし、カナリアは別だ。ここには三人で来ているが、ここに来るまでに誰かがつけている可能性は非常に高い。滅多なことはないとは思うが、防犯上の観点からもシオンはクリスと共に不本意ながらカナリアの探検について回ることにした。

 そんなシオンの行動を見てラクシャミル姉妹もシオンが案内するなら自分で見て回るよりも効率がいいと判断してカナリアたちに続くことにしたようだ。


 ただ、奇人変人狂人の魔窟と言われるシグルーン家や王国随一の権威の象徴である王城に比べればシオンが選んだ家はスケールが小さく、ごくありふれた建物だ。


 シオンがこのクランハウスを選んだ理由はシオンが出向く必要がある場所に対してある程度アクセスがいいこと。そのアクセスの良さに対して家賃のバランスが秀でていること。最後にラクシャミル姉妹に薬学や錬金術を教えるために使う比較的広い研究室があることである。カナリアやラクシャミル姉妹に過度な期待をされていても困るのだが、何故かカナリアはクランハウスに来た時点からテンションが非常に高く、ラクシャミル姉妹もそれなりに期待を持っているようだった。


(やり辛いな……まぁ落ち着き始めたからまだいいが)


 尤もそれは最初だけのようで、部屋を見て回る内にカナリアは落ち着き始めた。彼女のテンションが更に上がるような部屋はなかった様子だ。ラクシャミル姉妹の方は研究所を見て期待をのぞかせてシオンに色々と話を聞こうとしていたが、それは実際に使う時に話すということで今回はお預けとなった。

 そして、粗方部屋を見終えた頃になってカナリアは自分の後ろに続いていたシオンたちの方を振り返って言った。


「大体見終えましたが……部屋がそこそこありますね? 私の隠れ家に一室お借りしてもいいですか?」

「家賃を要求する」

「え~? ケチですねぇ。いくらですか?」

「月4金」

「ちょっと高くないですか? ……まぁいいですけど」


 お断り価格のつもりが受け入れられてシオンは微妙な顔になる。常日頃の言動はあれだが、これでも王国でも名うての貴族であるシグルーン家の令嬢だ。ましてや今は魔物の軍勢を倒して大金を手にしている状態。シオンの甘い見積もりは簡単に吹き飛ばされた。一度言ってしまったことは仕方ないのでシオンは諦めて言う。


「……追加条件だ。あの面倒臭い爺さんには絶対にこの家のことは言うなよ?」

「……おじい様ですか? 言わなくてもバレると思いますけど」

「それでもだ。何ならこの会話が聞かれている想定で言うが……あの人をこの家に入れるつもりはない。約束出来ないならさっきの話はなしだ」

「えー……まぁ別にいいですけど」


 悪い人じゃないんですけどね。と言いながらも承諾するカナリア。ここまで条件を飲むのであれば拒否すれば逆に制御不能で面倒臭いと判断したシオンは彼女に部屋を貸すことを承諾した。


「はぁ……で、部屋の場所とかはラクシャミル姉妹と話し合って決めてくれ。ただ、やたらとデカいベッドだけおいてある部屋は俺の部屋だからダメだ」

「クリスちゃんの部屋はどこですか? クリスちゃんの近くの部屋がいいです」

「……基本、働きに出てるか家事をしてるかだから部屋はいらないだとよ」

「寝る部屋は要るでしょう?」


 カナリアの突っ込みにシオンは嫌な顔をする。黙ったシオンの代わりに側に控えていたクリスが口を開いた。


「寝る時はご主人様と一緒に寝ます」

「……えぇ? シオンさん?」


 カナリアは胡乱な目つきでシオンを見る。幼気な少女の無知に付け込んで欲望のままに同衾するつもりか? と言わんばかりの視線だ。だが口を開いたのはシオンではなくクリスだった。


「羨ましいからと言ってそんな目で見ないでくれませんか?」

「うっ、羨ましくなんてないですよ? 別に。ただ、クリスちゃんが狭苦しい思いをしそうだから大丈夫かな~って思っただけです」

「大丈夫です」

「そ、そう」

「はい」


(……やっぱり変な奴だよなぁ)


 何故か微妙に動揺しているカナリアと全く動じていないクリス。二人は若干微妙な空気になったが、ラクシャミル姉妹の妹の方であるアメイジアが割って入った。


「カナリアさん、私たちはもう一つの何もない大部屋にしますので小部屋だったら好きなところを使っていいですよ」

「うーん、中々難しい問題ですねぇ。仲間外れも嫌だけど流石に殿方の近くの部屋で寝泊まりするのもなぁ……」

「そんなに長期間居座るつもりなのか……」

「いえ、基本的にはおじい様とかお父様が王都に来た時に隠れるための部屋の一つのつもりですのでそこまでずっと長い時間居るつもりはないですよ?」


(……こいつもあの爺さんのこと苦手なんじゃねぇか。あれだけ溺愛されてる……からか? まぁ、どっちにしろ男親は辛いね)


 思わず零れた本音に対して思っていたよりも世知辛い答えが返ってきたのでシオンは何とも言えないもの悲しい気分になった。シオン的にもジース前伯爵のことは気に入らないが、あれだけ孫のことを好きそうなのに孫から拒絶されているのは少しだけ可哀想だと感じたのだ。


 そんなシオンの内心など露知らぬカナリアは部屋の位置を決めて頷いていた。


「まぁ、お父様たちにあらぬ誤解をかけられても嫌なので端の部屋にしておきます」

「そうしてやってくれ。後、少しぐらい顔を見せてやってもいいと思う」


 シオンの言葉にカナリアは嫌な顔をした。だが、実家と不仲で追い出されているシオンには言い辛い言葉しか出てこない。カナリアは困ったが、正直に答えた。


「別に、会いはしますよ。会いは。ただ、無駄に干渉されるので元気な姿を見せた後はしれっと身を晦ましたいだけです。酷いんですよ? 姉さんなんて若い頃に恋人を作ろうとしたら猛反対されて凄い注文を付けてきたのに、姉さんが二十代半ばに差し掛かったら急にいい人はいないのかって掌返されて……」

「……あぁ。まぁ、うん。得てしてそういうものだな」

「それで姉さんが怒ったのに全く懲りずに次は私ですからね! 私もそろそろ結婚適齢期の半分を過ぎようとしてるのに……この前のおじい様見ましたよね? 勝手なこと言って……シオンさんみたいな人じゃなきゃ委縮して何も言えないですよ!」

「うん。はい、俺が悪かったからこの話はここまでにしようか」


 前世を含めないラムダ・シオンと同年代か少し上らしいカナリアさんの嘆きを聞きながらシオンは話を打ち切りにかかる。しかし、カナリアは止まらない。


「そりゃあ貴族だから恋愛結婚させてもらってるだけありがたいとは思いますけど、逆に恋愛結婚させてくれるって言ってるのにめっちゃ束縛してくるの何なの⁉ って気分になりますよ! 言いたいこと分かります⁉」

「はい」

「ホントに分かってますか⁉」

「わかるわ!」


 シオンの生返事にも攻撃的になっているカナリア。何とか鎮火させようとしているシオンの隣で不意にカミラが大きな声で賛意を示した。


「ホント、殿方って勝手ですよね! 私たちのことなんだと思っているのか……!」


(お前が言うと重いんだが……)


 ペスティーシャの一件を考えると気軽な話ですべき内容ではないと内心で突っ込みを入れるシオンだが、口に出すと矛先がこちらに向くので黙っておく。それを尻目にカミラは熱弁をふるい始めた。


「大切にしてくださるのはいいことですが、こちらの意思も考えてほしいんですよ! 私たちは物じゃなくて意思のある人間ということ分かってないんです! 勝手な幻想を押し付けてそれにそぐわないと不機嫌になるなんて……」

「ホントそうですよ!」

「……クリス、終わったら要点だけまとめて教えてくれ。俺は部屋に戻って寝る」

「え」


 千年生きると言われるラクシャミルの二人からすればカナリアの言動など子どもの癇癪くらいに扱って宥めてくれるのかと思いきや同調して興奮し始めたのでシオンは匙をクリスに投げ渡した。

 哀れな奴隷のクリスはそれを受け取ってシオンを見送ることしか出来ず……


「……確かに、ちょっと勝手ですよね」

「よね!」


 姦し娘たちの中に混じることになるのだった。




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