第28話 新生活 (下)

 シオンがラクシャミル姉妹にクランハウスを紹介した日の翌日。クランハウスに来て姦し娘と化した四人はそのまま泊まりで女子会を開き、翌朝になってカナリアはお仕事ということで出かけてようやく静かになっていた。


「さて、起きたら昼だったから今日は休みとして……話があるそうだが?」


 朝の間に起きていたらクリスに仕事をさせようと思っていたシオンだったが、時計の針が既に午後を示していたのを受けて諦めて自宅に籠ることを選択していた。

 すると、ラクシャミル姉妹が揃ってシオンの部屋にやって来て話がしたいと言って来たのでシオンとクリス、そしてカミラとアメイジアはリビングに集まっている。

 彼女たちの前にクリスが用意したティーセットが並ぶ。最後にクリスがシオンの隣の席に着いたところでアメイジアが口を開いた。


「えぇ。ただ話の前にまずは感謝を。あの男から姉と私を救ってくれたこと、心より感謝しています。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 頭を下げるラクシャミル姉妹。それに対し、シオンは面倒臭そうに言った。


「それは俺ではなくシグルーン嬢に言っておいてくれ。俺は成り行きであの腐れ医者の毒を抜いただけだ」

「カナリアさんには昨日まで何度もお礼を言っています」

「そうかい。じゃあそれはもういい。本題は何だ?」

「……私たちから幸運結晶を取る方法についてです。結論から言うと、私たち二人を離れ離れにしないである程度の生活水準で毎日を過ごさせてくれれば取れます」


 アメイジアの言葉にシオンは顔を顰めた。


「そのある程度の生活水準というのが分からん。君らにとっての普通と平民にとっての普通は当然違うだろうからな」

「そうね……」


 シオンの言葉にアメイジアは昏い笑みをこぼして言った。


「確かに、私たち元戦災難民にとっての普通はあなた方にとっての普通とは違うわ」

「……成程。大方の事情は分かった。言いたくなければここで話を終えてもいいぞ」

「分かった? あなたに何が……」

「君らが混血・・である理由や妙な耐性をしている原因だな。厳重に保護されているはずのラクシャミルならありえないことに色々説明がついた」


 シオンの返事にアメイジアとカミラは驚いた。王国の誰にも二人がラクシャミルの混血種であることは知らせていなかったのだ。寧ろ、ヤシャエルム連合国の中でも極限られた人しか知らない事実である。


(どこまで分かってるかわからないけど、何と言うか……流石ね)


 感心するアメイジア。カミラも同様のようだ。ただ、ラクシャミル姉妹はここで話を終わらせるつもりはなかった。彼女たちは同情を惹くために自らの出自を明らかにした訳ではない。これから師事を仰ぐシオンに自分たちの行動指針と行動理念も知っていてほしいのだ。


「そう。何が分かったのかは知らないけど、私たちに幸運結晶を作らせるのはそんなに大したことが必要じゃないということさえ理解してくれれば問題ないから。

 元々は貴族のあなたが思っているよりも悲惨な生活をしていたとは思うけど、もう過去の出来事を語って不幸自慢をしても仕方ないし、言わないでおくわ」


 そう言いながらアメイジアの頭に過るのは幸運をもたらす存在としてヤシャエルム連合国としての戦いの戦巫女役を与えられておきながら大敗し、都落ちさせられた母と暮らした極貧生活。

 敗北した自軍の兵士の慰み者にさせられ、自分たちを身籠った母親は女手一つで自分たちが物心つく年齢になるまで育ててくれた後、全ての運を使い果たしたかのように死んでしまった。

 そこから始まった孤児二人だけのスラム生活。母親が遺した幸運結晶を使い果たすまで二人で生き延びた苦しい生活の後、奴隷狩りに遭い、貴族に見初められ、その身を挺して自分を守ってくれたカミラと支え合って生きた十代前半までの時期。

 貴族に見初められてからは世界が一転してモノに溢れた生活を送ることになった。二人とも幸運結晶を作れるだけの血の濃いラクシャミルと分かった時点で奴隷契約の主人だった貴族からは切り離され、欲しいモノは何でも与えられた。その代わり本当に欲しい姉との心休まる穏やかな生活は手に入らなかった。

 それが手に入ると信じて飛びついたヤシャエルム連合国のラクシャミル留学外交。そこで幼い頃に助けられなかったスラムの友達を助けられる術を身に着けようとしてカミラがペスティーシャに捕まってしまい、自らも初めてのキスを奪われ、秘所を手で弄ばれて屈辱的にも絶頂させられた。


 それらの苦労の記憶が怒涛のように押し寄せ、何を理解したのか知らないが表情一つ変えないシオンに八つ当たり気味に吐き出したい気分にさせられるが、彼女は堪えて言った。


「ただ、これだけは覚えていて。私たちは傷ついた人たちを救うためにあなたの技術を教えて貰うつもりよ。そのためには幸運結晶のため、なんて理由で遠慮される方が困るの。厳しく指導しても私たちは二人で生活してれば最低限の幸運結晶を渡すからちゃんと指導してほしいの」

「……まぁ、教えるのは構わんが別に厳しくするつもりもない。最初は分からないことばかりだろうから普通に教えるし、一度教えたらすぐに出来るわけでもない。何度でも教えるが……一つ言うなら俺が厳しく教えるようになる前に覚えろ」

「……なるほど。ある意味厳しいわね。でもいいわ。ちゃんとしてるじゃない」


 勝気に笑うアメイジア。そんな妹を見てカミラも安心したようだ。


「メイジーちゃん、きちんとお話し出来て偉いわ。シオンさん、この子共々、どうかよろしくお願いしますね」

「基本的に俺は訊かれた時以外に何もしないがな……クリス、後は任せた」

「あ、はい。えっと……よろしくお願いしますね?」


 控え目にそう告げるクリスにラクシャミル姉妹は頷いた。


 因みに、クリスの生い立ちについては昨日の女子会の時に話してある。二人は奴隷扱いするなんてと言っていたが、クリスが望んでやっていることであると強い主張をしたことで奴隷という立場は受け入れられた形になる。

 尤も、彼女たちも一時は奴隷を経験したことがあるため、クリスに対して酷い扱いをしようなどは考えていないが。


「えぇ。私たちも居候だから手伝う必要があれば言ってね?」

「家事はあんまり得意じゃないけれど頑張るわ」

「ありがとうございます。お掃除やお洗濯など、ご主人様のお食事以外でお願いすることもあるかもしれませんので……よろしくお願いします」

「う、うん」


(食事は譲らないって言いたそうね……)


 シオンは何も言わないが、クリスはちょっと変わった子のようだ。アメイジア達が何か言う前に強めの圧力で釘を刺してきた。少し引くアメイジアだが、シオンは気にした様子もなくアメイジアに尋ねる。


「それで? 教えるのはいいが材料費とか実験台はどうするんだ?」

「あ、それは今まで通り教えて貰って作った薬をちょっとしたお店で売ってそのお金でまた原料代を稼いで……ってやるつもりよ」

「そうか。考えてるならいい。ただ、俺が教えられる範囲となるとかなり上級素材が必要になってくると思うが」

「……その時はその時よ! 今の私じゃ普通のポーションを作るので精一杯だからそんな先のことを考えても仕方ないわ!」


 未来の自分に丸投げ宣言をしてアメイジアは話を区切った。シオンは見通しが甘いなぁとは思ったが、自分で考えるのも面倒臭いのでアメイジアの言うように成り行きに任せることにするのだった。



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