第29話 小金持ちのある日 (上)
「クリス、現金が来たからこの前言っていたマジックボックス買いに行くぞ」
「あ、ありがとうございます!」
万魔の群れを壊滅させた功績で金級冒険者になったシオンとクリスはそれ相応の装備を整えるべく、街に繰り出すことにした。
基本的には家から出たくないシオンだったが、今回は高額なものを買い込む予定もあるため仕方なく外に出ることを決めている。流石に商人を呼びつけて買い物が出来るほど地位も金も足りていないのだ。
ただ、商人を呼ぶことは出来ないまでも比較的アクセスのいい場所に拠点を構えている以上、歩く距離は少なくて済みそうだ。シオンはクリスを伴って歩き出す。
「さて、せっかく外に出たんだ……色々と買うぞ」
「荷物持ちは任せてください!」
「……基本は特注品の発注をしに行くだけだから持ち帰る物は少ない。お前が今日持ち帰るの予定の品はお前の装備だけだ」
「いいんですか?」
マジックボックスをねだった時点で相当な金額を借金する予定であるため、自身の装備は後回しのつもりだったがシオンは新調してくれるつもりらしい。鷹揚に頷くシオンに感謝の念を向けていると以前メイリアと共に来たあまり雰囲気の良くない店に続く道に入った。
「……いらっしゃい」
店に入るとぼそりと陰気な声が聞こえた。尤も以前は挨拶の一つもなかったことを考えると上客として見てくれているのかもしれない。二人は挨拶に応じることなく店内の奥の方、少し高めの剣が売っている場所に向かい、物色し始めた。
「う、う~ん……? どれがいいんですかね」
クリスが会話を求めてシオンに声をかける。彼女としては見ているだけでは武器の良し悪しなど全く分からないのだが、シオンは全く別の問いかけをしてきた。
「クリス。お前、風魔術は使えたよな?」
「え、あ、す、少しでしたら……」
剣を見ているのに全く別方向の話を振られたクリスは戸惑いながらも事実を報告する。そんな彼女の回答にシオンは頷いた。
「なら、これがよさそうだ」
シオンが指さしたのは一振りで100金するサーベルに似た剣だ。【風鳴】という銘らしい。
「え、ひゃ、100金しますよ?」
マジックボックスを買ってもらう予定の上でこんないい武器を買うとなるとクリスも流石に少し気が引けたようだ。まして、今クリスが持っている武器はまだ使えるのだ。クリスとしてはシオンから借金するのはいいが、迷惑をかけるレベルで借金するつもりはなかった。
「……嬢ちゃんが今持ってるそれを下取りに出すなら40金でいい」
だが、想定外のところから助け舟が出される。クリスが提げているロングソードを見ていた店主だ。彼は厳めしい面構えのままシオンたちにそう告げると、分厚い手を出して剣を見せろと言わんばかりの姿勢になった。
「え、え、でもこれ、このお店で10金で買ったものですよ?」
「そんなのは見れば分かるに決まってるだろうが。ただ、その時と随分様子が違う。怨念と魔力が渦巻く魔剣に見える。いったいこの剣でどれだけ殺したんだ?」
「わ、わかりません」
威圧的な店主の言葉に少し引いたクリスがやっとの思いでそう答えると厳めしい顔をした店主はどこか呆れた様子で言葉を足した。
「……とにかく見せてみろ」
シオンの方を見て許可を貰い、店主にクリスが初めて買ってもらったロングソードを手渡す。店主はそれを無言で抜刀するとしげしげと眺めてにやりと笑った。
「予想通り、いい具合になってる。魔石もいい感じに呪われてるな。溶かして新しいのにすればいいのが出来そうだ」
「ご、ご主人様どうします……?」
「60金か……まぁ、クリスがもう少し有名になったらプレミア価格がついて、まだ値を吊り上げられそうだが……いいか。今回はそれでいこう。【風鳴】をくれ」
「あぁ」
交渉成立だ。これでクリスのメイン武器は【風鳴】というサーベルになった。後のサブウェポンは以前買った自動修復付きのナイフとナタリアから貰ったラムダ家の家紋がついているナイフとなる。
「まいどあり」
先程までクリスが使っていたロングソードを持って悪人面で笑っている店主を見ると少しヤバい人間かなと思わなくもないが、その感情は飲み込んで二人は店を後にする。
風鳴を持って店を出て防具を買いに移動する二人。しかし、しばらく歩くとクリスは気のせいと思っていた異変をシオンに報告した。
「ご主人様、何だか身体が軽いです」
「恐らく【風鳴】の魔石の効果だな。クリスは普段から何もしなくても身の回りに魔力が多めに漂っているからそれを吸って自動発動しているんだろう」
「この剣を持っていると感覚が少し狂いそうですね。今の内に慣れておかないと」
「身体操術使えるんだからその辺りは得意だろ?」
「流石に常時付与はしていませんし、重ね掛けでどれだけ動けるのかなど、色々あるので……」
そんな会話をしている内に二人は前回の防具屋に到着する。
「いらっしゃいませ! 何をお求めでしょうか?」
「こいつに身軽に動けて防御力が高い装備を。機動力を重視で」
「畏まりました。因みに戦闘スタイルをお伺いしても?」
「前衛で回避特化の剣士だ。詳しくは本人に訊いてくれ」
クリスを押し出して店員と会話させるシオン。基本的には特殊素材のインナーの上に胸当て、手甲、垂れ、脛当てという装備になりそうだ。関節部分には殆ど装備を置かないことや前面に防御の比重を置くことで動きやすさを重視したらしい。
防具の形状が決まったところで次は素材の話だ。
虫型の魔物の素材であれば堅く、軽いのが基本でモノによっては様々な属性が付与されているが女性の人気はないらしい。クリスも微妙な顔をしていた。
そうなると魔獣の毛皮などで作られたものもよさそうだが、気になるのは一番人気はドラゴンの鱗だ。あらゆる術に対する耐性を持つ上に飛行型のドラゴンであれば非常に軽く堅い。難点は値段だけだ。
「ふむ。風鳴はワイバーンの装備とかなり相性がよさそうだな。取り敢えずインナーについてはこれにしよう」
「ありがとうございます。して、鎧の方は如何いたしましょうか?」
(ここにあるドラゴンの鱗、偽物か経年劣化でドラゴンの魔力が失われてるな)
何となく金持ちである匂いを嗅ぎ取ったのか、高めの素材を進めてくる防具屋。しかし、言い伝えの品を後生大事に抱えているせいか、それともそもそも偽物なのかは不明だがそのドラゴンの鱗からは魔力をあまり感じられない。
そのためシオンは防具屋の語りを聞きながらこの店で一番コストパフォーマンスに優れた素材を探していく。
(虫は嫌がってるから……まぁ、ミスリルでいいか)
しばらく素材を物色していたシオンだが、最終的には無難に表面をミスリル加工、裏地に魔獣の毛皮を使っている軽装にすることにした。
「こちら、トータルで60金となります。お支払いは」
「一括で」
「畏まりました。お渡しは来週になるかと思いますのでよろしくお願い致します。他にご注文はございますか?」
「直接は関係ない話だがこの辺りで錬金術具を扱っている店に心当たりはあるか?」
「何件かございます。メモ書きでよければ地図を、紹介状がご入用となればお心づけをいただく形となりますが……」
「全部見て回るから紹介状はいい。店名と場所だけ教えてくれ」
防具屋から錬金術具屋の場所を聞き出したシオンはクリスの防具の前金として40金を支払い、その店を後にした。
「あ、ありがとうございます……それで、その」
「今からマジックボックスを見に行く。それが終わってから錬金術具だな」
「はい」
「それから、これだ」
そう言ってシオンがクリスに渡したのは刺繍の上に綺麗な魔石が添えられた髪飾りだった。
「え、これ」
「髪飾りだ。頑張って手入れしてる割にいつも下ろしてるだけだからつけるといい」
「あ、ありがとうございます!」
「因みに魔力を集めて髪を綺麗にするらしい。ついでに持ち主の魔力で着脱自在の機能もある」
使い方の説明をしながら移動する二人。たかが髪飾り一つだが、魔石とミスリルによる刺繍で魔術が付与されているとなればそれなりの値段がすることはクリスも理解しているため、かなり恐縮していた。ただ、シオンはあまり気にしていない。
(性能の割に安かったからな。結構長いこと務めてくれるみたいだし、ある程度の関係性は維持したいところだ)
シオンとしては防具屋で色々見ていた中で一番コストパフォーマンスに優れていた品で、掘り出し物に見えたこと。それを結構な無茶をさせた詫びのようなものとして渡しただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
それでもクリスは嬉しそうに髪飾りを貰う。彼女にとっては自分の頑張りを色んな面で認められたことになるのだ。
そして彼女はそれを見るだけでしばらくはご機嫌で過ごすことになるのだった。
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