第6話 冒険者登録 (下)

 シオンが丸暗記を試みて2時間が経過した。受付を案内してくれた女性スタッフが親切にもシオンに声を掛けて来る。


「ラムダ様、時間になりましたので試験の方をお願いします」

「あぁ」


 二時間かけて見開き4ページの内、一般常識的な部分以外を暗記したシオンは別室に案内されて試験を受ける。実際にテストに出たのは見開き1ページ分で薄っぺらい内容だった。制限時間内に軽く解き終えたシオンは答案用紙をさっさと返却して次の試験に移る。


「実技ですが……ヒーラーですよね? 一緒にご登録されたお仲間の方は……」

「あいつはまだ銀級にはなれないレベルだ。試験はまた別の日に受けさせる。俺の方はヒーラーだが相手が多数でなければ一人で戦える」

「……そう、ですね。お一人ですと難易度は高くなりますが、テストの内容次第では合格は可能です。頑張ってください」

「あぁ……」


 気怠げにそう告げるとシオンはギルドから出て連絡通路を通り、ギルドが保有する訓練所の一角まで案内された。そこで待っていたのはスキンヘッドの大男だ。日焼けしている鍛え上げられた上半身を惜しむことなく晒しており、手に持った資料を片手にシオンを見て笑う。


「ガハハハハ! 受験者シオン・ラムダか。ラムダ家のお貴族様のようだが、ギルドでは実力がモノを言う慣わしでな! 遠慮も手加減もせんぞ!」


 シオンは面倒臭そうに顔を顰めた。声がうるさかったのだ。後、忖度してくれてもよかったのにという私情も多分に含まれている。嫌そうな顔をするシオンを前に男は手元の資料を読み進めながら女性スタッフの話を聞く。


「む? ヒーラーか。ヒーラーは専門外だ。この試験の後、怪我人の回復の手伝いを行ってもらおう」


 だが、と男は続ける。


「ヒーラーといえども後方で回復するだけが仕事じゃないからな。ここでは乱戦になった場合に自分の身を守れるかを問う試練とする!」

「と、というわけですのでラムダ様には前衛が救援に来るという想定の10分間、試験官からの攻撃を凌いでもらいます。敷地内にあるものでしたら何を使っていただいても問題ありません。準備はよろしいでしょうか?」

「あぁ」

「本当によろしいのですか?」


 面倒臭そうに応じたシオンに対し、本当に話を聞いているのか疑問に思った案内人の女性スタッフが訝し気に声を掛ける。だが、シオンは無言で首肯するだけだ。


(ギーガスさん、貴族のこと嫌いだから本当に手加減しなさそうなのよね……大丈夫かしら?)


 女性スタッフは少し不安に思いながらもシオンが何をするでもなくただ佇んでいるのを見て試験を開始することにした。


「……では始めます。用意、始め!」

「ハッハッハ! 世の中甘くないことを思い知れ!」

「……身体硬化」


 シオンの呟きが聞こえたのは身体強化した試験官の男だけだった。彼は開始と同時にシオンに飛び掛かった直後、カウンターを受けてその場から飛び退く。


「ゲホッ、今のは良い一撃だった! だが!」


 続く攻撃。しかしシオンは退屈そうに少しだけ身体を動かして相手が向かって来る場所に硬化した手を翳すだけだ。だが、それだけで効果は十分だった。


「げほっ、おのれ! スカしてんじゃッ!」

「喚くなよ。はぁ……」


 シオンがやっているのは合気道に似ているものだった。相手の予備動作を察知してその動作に合わせて反撃する。身体強化はそこまで強くないが、身体硬化であれば痛いのが嫌いな元のシオン・ラムダが極限近くまで鍛え上げていた。こと身体硬化に関して言えばシオンはこの世界のトップクラスでも十二分に通じるレベルだ。

 そう言えば元のシオン・ラムダにも戦闘が出来たのではないかという話になるが、元のシオンにとってはこと戦闘においては身体硬化と設置式の障壁を張って己の身を守り、少しでも傷付いたら回復することしか出来なかった。それが故に無能の烙印を押されていたのだ。今のシオンが試験官に反撃出来ているのは相手の動きを見逃さない度胸と寸分違わぬボディコントロールの賜物だ。


(はぁ、面倒くさい……このおっさんも手加減してくれないから何か硬化範囲を広げないと微妙に痛いし……まぁ、回復魔術で治すから全く問題ないが……)


 気怠げにしながら大男の攻撃を全て反撃で返すシオン。流石に戦い慣れているのか大男もシオンの反撃を読んだ上で攻撃を誘発し、その隙を狙おうとしたり駆け引きをしているのだがシオンの目はそれを簡単に見抜く。


「ハァッ! このッ! 調子に乗るなッ!」


 近距離戦では分が悪いと見た試験官は超近距離戦、即ち組み技などに持ち込もうとし始めた。しかし、障壁がそれを阻む。


「くっ……」


 悔しげな顔をする試験官。遠距離の技もあるようだが、それも障壁を破壊する威力ではないようだ。試行錯誤を繰り返す大男にシオンは面倒臭そうな顔を止めない。


(そもそも、この障壁はかなり強いんだけどな……そこらの鉄板レベルには硬いはずなのに平気でぶち破ってくる辺り、このおっさんイカレてんじゃないか? 常人なら死んでるぞ?)


 得意レンジであれば対物ライフル並の攻撃を繰り出して来る大男に対し、シオンは鬱陶しそうな目を向ける。その目が癪に障り、大男は更なる猛攻を仕掛けて来た。


「はぁ……」


 そんな大男を前に、これ見よがしに溜息を吐くシオン。大男の忍耐は限界に達そうとしていた。


「オォオォォオォォォッ! 舐めるな、よォッ!」

「舐めてるのはそっちだろ……」

「貴ッ様ァ! この俺を前によく吠えたなァッ! 俺は元金等級冒険者のギーガス様だぞ!」

「そうか」


 ギーガスの雄叫びに全く興味を示さないシオン。プライドを傷つけられ、ギーガスの堪忍袋の緒が切れた。


「お前は不合格にしてやる……! ギガンツラーブ!」

「おっと……」


 残り時間も少なくなってきたところでどうやら試験官は奥の手を使って身体強化を最大にしたらしい。先程までの攻撃とは一線を画す速度と重さの攻撃がシオンを襲い始める。


(これは流石に身体強化と身体硬化の重ね掛けが要るな……)


 手抜きでは反撃が少し間に合わなくなってきたシオンは静かに少しだけ身体強化の魔術も施す。その結果、試験官の大男は自らの攻撃力に比例する反撃を喰らい続け、すぐに血染めになった。


「こ、このっ……」


 身体強化を付与しているが、それを貫通する甚大なダメージによっておかしな呼吸音を響かせながら試験官の男は尚もシオンに攻撃しようとする。その頃には奥の手と思われる身体強化は切れかかっており、シオンも更なる手抜きで応じていた。


 そして。


「そこまで! シオンさん、こちらへ」

「……約束の時間はまだ少しあるようだが?」

「ギーガスさんの限界が近いのでこちらの判断で止めます」


 そう言いながら近づいて来る女性スタッフ。シオンは身体硬化をかけたまま彼女を見やる。


「あの、終わりです」

「……なら、そのやる気満々な目を止めて戦闘しないと宣誓してくれ。正直、あの男よりあんたの方が強いだろ? 警戒されてしかるべきだと思うが」

「成程。油断はしませんか……」


 シオンの言葉を否定せずに女性スタッフは蠱惑的に笑う。そして本当に約束の10分が経過した。


「お見事。シオン・ラムダさん。合否は後程お知らせする予定ですが、ここで教えてもいいレベルです。この後、時間がありましたらそのまま回復の試験に移りますが」

「……分かった。すぐに終わらせる」

「では、患者は目の前に居るギーガスさんと試験不合格で治療院行きが確定していた赤銅等級冒険者の方々2名になります。こちらにどうぞ」

「分かった」


 どこまでも怠そうにシオンはそう言ってまずはギーガスを一瞬で回復させ、この場に居る面々を驚かせた。その後、大したダメージじゃなかったと嘯くギーガスを無視して女性スタッフに案内されるままに移動し、彼が宿に帰る頃には銀等級より上位の白銀等級のギルドカードと赤銅等級のギルドカードを手にしていたのだった。



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