第7話 育成準備 (上)
シオンが国営ギルドに加盟して1月程が経過した。
(……屋敷でもこれくらい精力的に動いてくださっていれば、ラムダ家を放逐されることもなかったでしょうに)
クリスの治療をしているシオンを見ながらメイリアは内心でそう溢す。この1ヶ月の間シオンは真っ当な白銀等級の冒険者らしく危険地帯を巡り、評価を上げていた。
しかも昼は冒険をしつつ夜はクリスの治療に当たる毎日。メイリアは自分が仕える人間として最低限のラインは普通に超えているのではないかと思い始めていた。
だが、そんな日も終わりを告げるようだ。
「……これで完治だな。お疲れさん」
ぶっきらぼうにそう告げるシオン。その言葉を受けて少女は少し呆けていたが自分の身体を動かし、桜桃色の目に涙を浮かべて頭を下げた。
「ありがとうございます……! 何て言ったらいいか……」
「まぁこれから馬車馬の如く働いてもらうことになるが、今日のところは気にしなくていい」
「クリス、おめでとうございます。今日はささやかですが祝宴の許可が出ています。あなたが主役ですので遠慮なく」
治療の痛みに耐え、リハビリの辛さにもめげずに頑張って完治まで漕ぎ着けた少女にメイリアは優しく微笑みかける。そんな彼女にクリスも満面の笑みを見せた。
「はいっ!」
温かな食事に優しい主人。クリスはこれまでの辛い経験はこの人たちに会うための試練だったのではないかと都合のいいことを考える。何度も死にたい、死のうと思いながらも勇気が出ずに死ねなかった辛い過去。それでも生きてきてよかった。
そう、思えた。
(さて……これでやっと次のフェイズに移れるな)
幸せそうな顔をして小さなパーティの主役になっているクリス。すっかり美少女となった彼女を見ながらシオンは静かにワインを嗜むのだった。
そして迎えた翌朝。シオンは宿の更新をしなかった。
「……?」
少し不思議に思いながらもチェックアウトするのであれば宿にある荷物を全て引き払って出なければならないのでシオンと行動を共にするクリス。メイリアも訝しんでいるようだがシオンは一向に気にしない様子ですたすた歩いて行く。目的地は以前にも行ったことのある国営の冒険者ギルドのようだ。
入館するとシオンは慣れた様子で自動受付振り分け発券機にギルドカードを翳して二階に移動する。今回は午前中ということもあってか前回に来た時よりも待合所の人が少なく、一行はすぐに受付に通された。
「お待たせ致しました。本日は依頼の受託ということですが、どちらの依頼になさりますか?」
「ナステラーナ大密林に関係する魔物の間引きと採取を幾つか」
「畏まりました。移動等のオプションは如何なさいますか?」
「移動のみを3人で。出来る限り早めの出発で、ナステラーナに潜った日から1月後に迎えに来てもらいたい」
シオンの言葉に受付嬢は少しだけ契約書を書く手が止まった。それもそのはずで、ナステラーナ大密林はこの辺りではかなり危険な場所で、推奨は銀等級以上のクラスだ。白銀等級のシオンであれば問題はないが、それでもそんな危険地帯にこれまで短期間の依頼しか受けて来なかったシオンが長期間入ることが気になったのだ。
だが、互いに仕事上のみの浅い付き合いでシオンはこれまでの傾向としては短めの依頼を受注していたが、冒険者になりたてで色々と手探りをしていただけのことかもしれないと思い、受付嬢は特に何も言わなかった。
「畏まりました。では、本日の十五時丁度に南門より出発するギルドマークがついた魔馬車にお乗りください。確認のため、15分前には南門にいるようにお願いします。本日中には最寄りの拠点に着くかとは思われますが、くれぐれも無理はなさらぬようにお願い致します」
「あぁ、よろしく頼む」
「では、ご武運をお祈り申し上げます」
ギルドでの受付を終えてシオンたちは退館する。そして今度向かった先は商業区の方面だった。そこに入るとシオンは最近通っていた店の中から一番いい武器を売っている店目指して真っ直ぐ移動する。その道中も無言の三人。シオンに何をしているのか訊いてもいいのだが、メイリアもクリスも二人とも遠慮して何も言えなかった。
程なくして着いた店は店内で仕事をしていた店員がシオンが入店して来たのを一瞥だけして挨拶もなしに仕事に戻るような暗い雰囲気の店だった。
「さて……メイリア、クリスに合う武器を選んでやってくれ」
入店するとシオンはメイリアにそう言って二人に目を向ける。メイリアはリハビリを兼ねた訓練は今の武器でも十分に行えるのだが、そう思って口を開こうとし、今日のシオンの言動を思い出してハッとした。
「まさか、もうクリスを戦わせるおつもりですか?」
その言葉にクリスは身体をびくりと震わせる。しかし、シオンの方は至極当たり前のことを聞かれたように答えた。
「治ったんだから当たり前だろう。その為に買った奴隷だ」
「……戦わせるにしても順序があります。いきなりナステラーナ大密林の魔物と戦うのは厳しいかと」
「安心しろ。そこまで無茶な真似をさせるつもりはない。まぁ、本人次第だがな」
そう言ってシオンはクリスに目を向ける。彼女は浅い呼吸を繰り返しながらシオンのことを見上げた。
「ご、ご主人様……あの、私、勉強中で……」
「何が言いたい?」
「……も、もう少し、時間をください。あの、最初はスパータ森とかで、ゴブリンの退治とか、薬草の採取とか……」
「ナステラーナ大密林にもフォレストゴブリンの群れとかニルワナ霊草とかあるぞ」
何とか自分に出来る範囲のことから始めさせてほしいと懇願するクリスに的外れな回答を返すシオン。クリスは健気にも苦手なことでも主のために頑張ろうとしているがシオンは冷たい。そんなシオンにメイリアの方から口が挟まれる。
「フォレストゴブリン単体ならまだしも群れと戦うことになったらそれこそ坊ちゃまでもよろしくないのでは? 自分に出来ないことをクリスにさせるのは酷ですよ」
「本格的に戦わせるつもりはない。ただ魔物に慣れさせるだけだ」
「慣れるのが目的でしたら、それこそ普通のゴブリン等でもよろしいのでは?」
「いや、クリスの素質を考えるとそこらの雑魚を普通と定義づけると成長が遅れる。最初の時点でそれなりの相手で準備しておかないと後が面倒だ」
シオンはそう言いつつ店主からの視線に応じてさっさと用件に移らせる。
「話を元に戻すが、行き先がスパータ森だろうがナステラーナ大密林だろうが自分に適した武器がないと危険だ。メイリアはさっさとクリスに武器を選んでやれ」
「……性急な成長促進は後で歪みが生じますよ?」
「め、メイリアさん。すみません。私がわがままでした。武器を選んでください」
「クリス……」
シオンとメイリアの空気が悪くなり始めたのを見てクリスはその間に入って自分が悪いと言い、頭を下げた。そんな彼女の献身を見てメイリアは溜息を吐く。
「……畏まりました。予算は」
「予備の武器を入れて20金、防具は15金だ」
(それだけの金額をかけるのであればもっと安全な方法で成長を促せばいいと思うんですけどね……)
何も言わずにメイリアはクリスの背丈に合った武器を選び始める。大密林に行くということであれば小回りの利く武器がいい。そもそも、クリスは幼い頃に剣を嗜んでいたとのことで、訓練の際にもそれなりにいい太刀筋で剣を振るっていた。
「クリス、この辺りの剣にしましょう」
「はっ、はい!」
大人用の片手剣を両手で扱う想定でメイリアはクリスに剣を選んでいく。実用的で武骨な剣ばかりで貴族が身に着けるような装飾、儀礼用のものはない。
実用となれば命を預けるものだ。二人とも真剣に選んでいる。そんな中、シオンは彼女たちを横目に無言で動くと一振りのロングソードを選んだ。鍔の中央に透明な魔石が埋め込まれているものだった。
「予算内でロングソードを選ぶならこれだな。魔石で強化されてる」
「え……そんな高価なもの……」
「10金だ」
ぶっきらぼうに答えるのはこちらに目もくれずに仕事をしていたと思っていた店員だ。いつの間にか手入れを止め、こちらを見ていた。
「で、でも魔具……ですよね? 10金って」
「詳しいこたぁあんまり言いたかねぇ。後でそこの坊ちゃんにでも聞け」
ちらりとシオンの方を見るクリス。シオンは何も言わずにショートソードがある方に移動していた。
「……後はこの二本ってところか。会計だ」
そう言ってシオンは金貨が入った袋をカウンターに置いた。店員が中身を確認している間にクリスはシオンが選んだ短剣を見せてもらう。
「これは……」
「自動修復の魔術がかかってる魔剣だ」
「! そんなものがどうして……」
クリスが驚いた声を上げると店員にじろりと睨まれた。シオンは溜息を吐くと少女に告げる。
「後で教えてやる」
会計を済ませたシオンはそう言うと買ったばかりの剣をすぐにクリスへ渡し、店を後にするのだった。
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