第8話 育成準備 (下)

 武器屋を後にしたシオンたちはその足で防具屋に向かっていた。そこで自動修復とサイズ補正の魔術が施されている丈夫な革の防具を買うとクリス用の装備は整った。


「それで坊ちゃま、防具は常識の範囲内で安めの価格でしたが武器があれほどまでに安かった理由は何でしょうか?」


 クリス用の装備を買い終え、今度はナステラーナ大密林に潜るための共用日用品を買い始めていたメイリアがシオンにそう尋ねた。メイリアの傍で何を買うべきなのか勉強していたクリスもその話が気になったのか顔を上げてシオンを見上げる。そんな二人に対し、シオンは買い物を続行しながら告げた。


「起動にかなりの魔力がかかる。それこそ、武器に金を掛けられない駆け出し冒険者じゃ起動出来ないレベルの魔力が必要だ。一度起動すれば持続は微量な魔力で済むんだが起動出来なけりゃないのと同じだ」

「……? なら、然るべき説明をして相応の価格で売ればよいだけでは」


 至極尤もな発言に対し、シオンは答える。


「自分が生み出した我が子同然の存在の悪口を自分からは言いたくないらしい。それにニーズを見誤ったのは自分だからその責任を武器や客に負わせたくないそうだ。後は有望株を選別して囲い込みたいとかいう下心もあるらしいが……それ以上の詳しいことは本人のこだわりだから俺には分からん」

「……そういうものですか」


 職人や商人の考えることはよく分からないとばかりに話を終えるメイリア。クリスも最初は興味を持っていたらしいが、自分にはよく分からないことが分かると興味を失った様子だった。


「さて、買い物は終わったな。そろそろ馬車の時間だ。行くぞ」

「はい」


 雑談を終えて一行は南門を目指す。指定時間までは多少時間があったが遅れるよりはマシということでさっさと馬車に乗り込んだ。


 快速の魔馬車は乗合いだ。冒険者ギルドの紋章がついていることから冒険者が多数乗ることになるが、空席があれば一般市民が乗ることもある。

 シオンが乗り合わせたのはその中でも大型の魔馬車で、広めに座るスペースが確保されているものだった。同乗者は男女2名。金等級冒険者の厳つい男と奴隷の首輪をつけた美女だ。厳つい男は美女の肩に手を回しつつメイリアを口説いていた。


「いい加減澄まし顔は止めてこっちに来いよ。金等級冒険者同士仲良くしようぜ?」

「いい加減にその減らず口を止めてください。少々、しつこいかと」

「生意気な女だな……俺と仲良くしておいた方が得だって分かんねぇのか? そこのお前、寝たふりしてねぇで何とか言ってやれ」


 うんざりした様子で男をあしらうメイリアに男は顔を顰めて不快感を露わにする。しかし、メイリアが金等級冒険者としての装いをしている状態で、少なくとも自分と同等の力を持っている可能性があることを知らしめているので迂闊に手を出して何かあった場合、格好がつかない。そのため、この場の空気を支配してなし崩し的に自分の思う通りにことを運ぼうと姑息な考えを抱いたのだ。その考えを実行する第一歩として自陣営を多数派にしようとしてシオンとその奴隷であるクリスを威圧している。


 だが、シオンは意識を薄く保ってはいるものの本当に寝ていたので男の威圧は意味がなかった。シオンは有事の際にはすぐに動けるようにしておきながら休息を取っていたのだ。薄っすらと意識はあるため、完全に眠っている時の反応をしないことから男はシオンのことを寝たふりをしてこの場をやり過ごそうとしている小心者と思っているが、男以上に気配を探る能力に長けているメイリアはシオンが寝ているのを理解していた。


(……器用に寝ているのは良いんですが、もう少し周囲に興味を持ってくれませんかね?)


 自分はまだしも小動物の様に震えているクリスを見ると何とも言えない気分になるメイリア。しかし、この程度の些事で主人を起こすのも憚られる。少し悩むメイリアだが、男はメイリアが思っていたよりも短慮だった。


「無視たぁいい度胸してんじゃねぇか! 起きろデブ!」


 業を煮やした男は馬車内で座ったままシオンに蹴りを入れたのだ。殆ど意識がない状態でも瞬時に回復するシオンだが、流石にこれで起きた。


「お目覚めかぁ? 状況は分かってんだろ?」


 笑いながらシオンにそう問いかける男。しかし、当然のことながらシオンは全く状況を理解していなかった。


「……メイリア、何があった?」

「そこの男が坊ちゃまを蹴りました」

「理由は?」

「自分の思っていた通りに坊ちゃまが動かなかったのが気に入らなかったという幼稚で身勝手なものですね」


 それを聞いてシオンは敵襲などの緊急事態でも何でもない平時にただの八つ当たりで蹴られたことを理解する。男はメイリアの言いように気分を害したようだが、何か言うよりも前にシオンから蹴りを入れられた。三桁の体重を支えている脚による蹴りだ。相手の攻撃に合わせての技ではないのでそれなりにしか威力は出ないが、相手に宣戦布告するには十二分の威力となっている。


「……おいおい、何の真似だ? デブ」

「何の真似かもわからないほど低能なのか? ギルドに通報しないだけありがたいと思えゴミ」

「寝たふりしてた割に吠えるじゃねぇか。目的地に着いたら楽しみにしとけ。そっちの女もなぁ!」


 シオンの口上を受けて黄ばんだ歯を見せつけて笑う男。煽られたメイリアは溜息を吐いてシオンに告げる。


「……坊ちゃま、到着次第ゴミ掃除に移りますので少々お時間いただきます」

「あぁ、頼んだ」


 険悪な道中となった。一番気の毒だったのはクリスだ。重苦しい空気の中、彼女は縮こまってその場をやり過ごすしか出来ない。しかも、目的地に到着したら大丈夫というわけでもなく、到着後も一騒動ありそうな雲行きだ。クリスは早く解放されたいと思いながらも目的地に到着してしまえばシオンやメイリアが酷い目に遭うかもしれないと考えるともう少しその時が来るのを遅らせて欲しいと考えざるを得なかった。


 クリスが何事もないように願いながら移動する事数時間。道中、何度か挟んだ休憩の間にも小競り合いをしていた三人は目的地に到着してしまった。


「謝るんなら今の内だぜぇ? 上手に謝れたらこいつと一緒に可愛がってやるよ」


 篝火が焚かれている広間で観衆に対して奴隷の美女を見せびらかすように前に出しながらそう言う男。だが、肝心のメイリアは男の方を見てすらいなかった。


「クリス、対人戦のいい機会です。よく見ておきなさい」

「めっ、メイリアさん! 前!」


 無視されたことに憤る男は無言でメイリアに襲い掛かって来た。爆発的な推進力。激突すればメイリアは……嫌な予感に思わず目を覆うクリス。そんな彼女の隣で溜息が聞こえた。


「クリス、よく見ておくように言ったはずですよ。目を逸らさないように」

「え……」


 驚いて顔を上げるとメイリアが涼しげな表情で自分の隣に立っていた。そんな彼女を見て男は少し怯んだのを隠すように笑う。


「ふ、ふん……ちったぁやるようじゃねぇか。まぁ、金等級冒険者ならそれくらいは出来て当然だな」

「さて、今度はちゃんと見ているんですよ?」

「は、はい!」

「では」


 瞬間。男の視界からメイリアの姿が掻き消えた。かと思うと男の顎先に強烈な衝撃が走る。


「~ッ!」


 蹈鞴を踏む男。だが、流石は金等級冒険者とでも言うべきか、ふらついてはいるが状況把握のために素早く索敵を開始する。


「見えましたか?」

「な、何とかあの人の顎に掌底を入れたのは……」


(な、舐めやがって……!)


 メイリアの姿を視認した男はクリスと楽しげに話しているメイリアを見て屈辱感に苛まれながら次の手を考える。だが、メイリアは男に思考する時間を与えるつもりはなかった。


「上出来です。では、次は?」


(来る!)


 再び身構えた時には既に遅かった。右足に力が入らなかったのだ。ただでさえふらついていた男は足の踏ん張りが利かずにその場に膝をつく。


「右脚にトゥキックです」

「はい。この様に、狙える状況であれば相手の平衡感覚を奪い、機動力を削いでから戦うのが効果的です。この時点で大勢は付いていますが……どうですか? まだ戦いますか?」

「とっ、当然だぁ……! 俺を誰だと思ってる……?」


 メイリアの問いかけに荒い息を吐きながら男は立ち上がる。闘志に陰りは見られるが、公衆の面前で格好つかない真似は晒したくないのだろう。意地を見せた。だが、メイリアからすれば迷惑もいいところだ。


「困りましたね。これ以上虐めると正当防衛の範囲を超えそうなのですが……一先ず左脚も潰すとして」

「ぁぐっ!」


 その場に膝をつく男。更にメイリアは彼を支えている両手を蹴り飛ばし、男を地面に突っ伏させた。


「これ以上となりますと、折る、それでも戦うのであれば砕くしかないんですが……いかがいたしましょうか?」

「く、クソッ! 化物め!」

「私が化物? あなたが弱いのを人のせいにしないでもらえます?」

「俺は弱くねぇ! お前に何が分かッ!」


 吠えていた男だが急に割って入ったシオンが男の側頭部を強烈に蹴り飛ばし、強制的に黙らせた。


「坊ちゃま……流石に今の勢いで蹴ると死……」

「金等級だから大丈夫だろ。ある程度は治すし。遊んでないでさっさと寝るぞ。明日は朝から大密林に潜るんだからな」

「……畏まりました」


 気を失った男に最低限の処置を済ませてシオンは本日の宿を取りにさっさと行ってしまうのだった。



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