第9話 大密林 採取
シオンたちがナステラーナ大密林を探索するために作られた拠点にやって来て最初の夜が明けた。前日の21時には宿に着いてシオンと同じ部屋でベッドに入ったクリスだったが、シオンが馬車の中でも寝ていた上で夜もすぐに眠りに就いたのに対し彼女はほぼ眠れなかった。
(女神様、どうか私にご加護を……)
そう祈っている間に朝がやって来たのだ。時間が来てしまえば奴隷であるクリスが他の二人を待たせるわけにはいかない。気は重いがクリスはベッドを出てまだ眠っている彼女の主人を起こさないように身支度を整える。そうしているとシオンも起きて支度を始め、二人は揃ってメイリアと合流した。
「おはようございます、坊ちゃま」
「あぁ……」
メイリアの挨拶に気だるげに応じるシオン。続いてメイリアはクリスにも挨拶したが、クリスは緊張のあまり挨拶だけで身を震わせる始末だった。
「クリス、平常心を持ちなさい。それでは実力を発揮できませんよ」
「はっ、はいっ!」
(大丈夫ですかね……?)
クリスを心配するメイリアを他所にシオンは欠伸を一つした後に二人に告げる。
「さて、昨日の内に伝えた通り、今日はニルワナ霊草の採取のために霊草の群生地に向かう。先導はクリスだ。道中で敵が出た場合、1体はクリスが自分で倒すこと。いいな?」
「が、がんばります……」
「クリス、落ち着いていれば大丈夫です。ナステラーナ表層にはそこまで強い個体はそういません。実力さえ発揮出来れば問題ないはずです。いいですか? 魔力探知に頼り過ぎず、いつも通りに平常心を持って行きなさい」
「はっ、はい!」
クリスの緊張をほぐすようにそう告げるメイリアだが、初めての実戦ということでクリスはまだ緊張している。それを見てメイリアがシオンに進言して来た。
「あの、最初の戦闘は慣れの意味合いも込めて私が前面に出た方が良いかと」
「……まぁ、一番最初くらいはそうしてもいいかもな。クリス、メイリアが最初は前に出てくれるってよ」
「そ、そうですか……」
露骨に安堵した様子のクリス。話がまとまったところで一行は朝食を摂り、その後ナステラーナ大密林まで移動する。
最前線基地より鬱蒼としたジャングルまで移動するのにそう時間は必要なかった。
「こ、ここがナステラーナ大密林……大きな魔力が、たくさん……」
「ほう、ここから既に感知が出来るなら流石に優秀だな。しかも、きちんと逆探知されない水準で運用している」
面倒なことになりそうであれば先んじて探知を止めていたが、これならば大丈夫だ。ただ、とシオンは付け加える。
「先に行っておくが感知して敵を避けること自体はいいが、目的を達成するまで拠点には戻らないからそのつもりで先導してくれ」
「は、はい……」
弱々しく頷くクリス。そして一行は森の中へ入って行った。
ニルワナ霊草の群生地はフォレストゴブリンやビガー・ボア、キールモンキーなどといったこの森によく出て来る魔物を避けることなく、真っ直ぐ向かえば2時間程で到着する場所だ。ギルドによって標石が置かれており、道標としてそれが表示される地図も持っているため、迷うこともない。シオンも何度か行ったことがあり、最低限の道も敷かれていた。
そのため、彼女たちが道なき道を歩く予定はなかったのだが……
「……うぅ」
移動開始から3時間が経過した彼女たちが歩いているのは獣道ですらない正しく森の中だった。薄っすらと目に涙を浮かべて先頭を歩むクリスは申し訳なさそうな顔で偶に後ろを振り返るが二人は何も言わない。心の中で何度も謝りながら彼女は何とか偶然にもニルワナ霊草を発見できないかと目を皿にして周囲を見渡す。
その様子を見ていたメイリアはクリスにバレないように小さく溜息を吐いていた。ここまで一度も戦闘になっていないのはクリスの索敵能力が優秀であることを示しているが、メイリアがサポートすると言っている安全な初回の戦闘ですら避けているのは戦闘員としていただけない。
(……まぁ、それでも目的は達成しようという意思がある分マシですが……それにしてもここからなら障害もなく群生地に行けるというのにどうして迂回を……?)
思い当たるのは1つの仮説。それを確かめるのは簡単だった。後ろに居る彼女たちの主に聞けばいいのだ。
「坊ちゃま、もしやあの子にニルワナ霊草の群生地の条件を……」
「伝えてない」
こともなさげにシオンがそう答えるのを受けてメイリアはうっかり苦いものを噛み締めてしまったかのような顔になった。
ニルワナ霊草。それは強力な魔物の死骸などがあることによって魔力が濃くなった場所に生える霊草だ。つまり、クリスが魔力による索敵を行って魔力の強い敵がいると思われる場所を避けている以上は到達が出来ない。
(少し思うところはありますが、坊ちゃまの言わんとすることは分かります。あの子には魔力探知に頼り過ぎないように何度も言っておいたのでいずれ気付いてくれると信じてここは黙って見守るべきでしょうか……)
周囲に怯えすぎな自身の弟子のことを考えると多少の荒療治は必要だろう。正直なところ、戦闘の素質だけで言えば自分と同等以上のクリスをこのまま終わらせるのはもったいないと思っている部分もある。そのため、メイリアは黙ってクリスのことを見守るだけに留まった。
そうして道を進む一行だが、日はどんどんと傾いていく。
これ以上探索を長引かせては森の中で夜を過ごすことになる。そのことに気付いてクリスが後方を振り向くも彼女の主は無言で森に入った時よりややうんざりした表情にはなっているものの無言でついて来ている。そんな主人の様子を覗き見ていると目が合った。
「ご、ごめんなさい……」
消え入りそうな声で謝り、慌てて前を向いて再び歩を進めるクリス。頭の中は恐怖でいっぱいだ。
(ど、どうしたら……霊草の場所から大きな魔力が動いてくれない。でも、そんなの言い訳で、最初の戦いならメイリアさんが一緒に戦ってくれて、でも、私が足手纏いだから、危ないし、使えなくて捨てられたら、でも、このままだと私……)
「はっ、はっ……」
緊張から過呼吸気味になってしまうクリス。強い吐き気も襲ってきている。目の前がぐるぐるして来て立っていられない。自然と歩みが止まる。そんな彼女にシオンは無言で近付くと回復魔術を施した。
「え、あ、え……?」
「何だ?」
無理矢理落ち着かされた形になるクリス。シオンはクリスに対して怒りや呆れ等の負の感情を見せる訳でもなく、心配そうな素振りや温かい言葉を掛けるということもしない。ただパニックになりかけたクリスのことを回復して離れていっただけだ。
(心配して、くれたのかな……? こんなにダメな私を)
クリスにシオンの行動の意図は掴めないが、クリスがある程度の冷静さを取り戻すことが出来たのは疑いようのない事実だ。クリスはシオンの行動を自分に都合がいい形で解釈してシオンに礼を言った。
「あ、ありがとうございます……行きます」
クリスは覚悟を決めた。ただ、いくら覚悟を決めたとはいえ怖いものは怖く、必要以上に警戒して進むため歩みは遅い。だが、目的地までの敵対勢力が存在しなかったため、目的地周辺までそこまで時間を要することはなかった。
ニルワナ霊草の群生地。そこは鬱蒼と生い茂る密林の中において不思議なくらいに開けた場所だった。
(み、見える範囲に動くのは……いない。それに、魔力も漂ってるだけ……?)
魔力探知範囲において自分たちの他に動いている魔力反応はない。それだけ隠形に長けた魔物がいるのかと更に深く探知したクリスだが、警戒しているのが自分だけで後ろの二人の様子が静かだったことからそこまでの危険がないことを察した。
(ご主人様たちは、そんなに警戒してない……なら、私でも何とかなる、のかな?)
色々と思案したクリスだが、これ以上時間をかけると日が沈む。帰る時間も考えるとここで決めておきたい。クリスはなけなしの勇気を振り絞って切り札を切った。
「……ご、ご主人様。メイリアさん、あの、約束……」
「坊ちゃま」
「あぁ、いい」
許可を得た。クリスの切り札は他力本願のもので本人からすれば情けないものだが精神安定には抜群の効果を発揮する。これを以てクリスは採取に移る。記憶力はいいが、あまり物事を深く考える気質にないクリスが考えたのは索敵範囲内に何もいない内に頼れる人を伴って突撃だ。
(パッと行ってガッと取ってサッと逃げれば大丈夫なはず……)
案外大雑把なクリスは大きく息を吸ってゆっくり吐いた後に軽く呼吸を整え、前方を見据えて言った。
「行きます!」
強く踏み込んでクリスは木々の合間から飛び出た。彼女は飛び出た勢いそのままに霊草と思わしき魔力を纏った草の下まで駆け寄ると霊草が密集して生えている場所を地面ごと抉り取って速攻でシオンの下に戻って来る。
「とっ、採れました! 帰りましょう!」
「ご苦労。後始末をやってから帰るぞ」
シオンはクリスの持つニルワナ霊草の地下茎より下の部分を切り取って彼女が抉り取った地面に適当に埋めた。
「こうすれば再生する。後々の冒険者が採取しに来た時に根こそぎ奪ってたらギルドに文句を言われるから気を付けた方がいい」
「あっ、そうなんですか……」
「後は帰りながら教える。まずはニルワナ霊草が生える場所と魔力の関係からか」
初めての仕事終えて興奮しているクリスの余韻をなるべく壊さないようにゆっくりとシオンはナステラーナ大密林を後にするのだった。
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