第5話 冒険者登録 (上)

 宿泊先を確保し、奴隷少女であるクリスに治療を施したシオンは今度こそギルドに向かって歩き始めた。


(はぁ、かったるい。自転車でもあれば……いや、面倒だな。人力車でいい。奴隷に引かせた方が楽だ。ただ、道が舗装されてないから使い勝手が悪いか……? 普通に歩いて身体に回復魔術をかけ続けた方が目立たずに色々楽な気も……)


 シオンがいかに楽するか考えながら無言で移動すること十数分。目的地である国営の冒険者ギルドに辿り着いた。大きな建物で、魔道具の設備も揃っており綺麗な外装をしていることから潤沢な資金があることが窺える。


(はぁ。何もしなくてもギルドから金が支給されたらいいのに……何が悲しくて魔物のうろつく危険地帯に出なきゃならんのだ……)


 これから冒険者ギルドに加盟してやろうとしている仕事を全否定しながら入館するシオン。この国における通常の冒険者ギルドは主に人間の生活圏の外で活動する人々を取りまとめて様々なサービスを提供している組織だ。人間社会を発展させるべく、依頼人とギルドの加盟員を結び付けたり、各種保険を売りつけたり、冒険の必需品を提供したりしている。

 ギルド加盟員はギルドのバックアップの上で未踏の地を探索したり依頼品や希少品を採取したり魔物の生息圏で魔物と戦ったり調査したりするのだ。当然、危険は多いが見返りも大きい。ギルドがこれだけ発展しているのがその証拠だろう。

 因みに、この働きが概ね正しく機能しているのが国営の冒険者ギルドで、奴隷などから搾取するだけ搾取して社会の闇となっているのが零細私営ギルドとなっている。


(まぁ、俺もクリスから搾取するつもりだが……俺は国が許す範囲でやるからセーフだな)


 誰に聞かせるでもない言い訳をしてシオンは入館を済ませた。中に入ると様々な人が待合所で待機している。また、それらの人々を捌く受付嬢は首輪をしており、奴隷であることが分かる。それらを一瞥した後、シオンは入口付近にある魔道具で魔力量を計測した。魔力量や登録情報に応じて受付を決める自動振り分け発券機は未登録のシオンに対し、三番受付と呼び出し番号が書かれた紙を吐き出す。


(……魔力だけはそれなりにあるからな。貴族であれば当然受付もシングルナンバーに振り分けられるところだが、元貴族に忖度はないからどうなることかと思ったが)


 シオンは発券機の紙を見て受付がシングルナンバーであることを確認し、少しだけ安堵した。シングルナンバーの受付は何らかの理由でギルドから特別な待遇をされる人々が集まる二階にある特別な受付だ。入口付近に備え付けられた発券機のすぐ隣にある階段を上ると待機者も少なく、客の質もいいのか一階に比べて静かで落ち着いた場所に到着する。


「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いしても?」


 シオンが階段を上り切ったところで一階で魔道具に案内された受付を探しているとギルド員が声を掛けて来た。これだけでも入館後は魔道具任せで放置されていた一階の受付に比べて好待遇であることが窺える。シオンはそんな待遇に気後れすることなどなく常連のような態度でギルド員に答えた。


「あぁ、ギルド加盟員に登録だ。三番の受付に案内されている」

「畏まりました。少し奥になりますが、こちらから見えるあの受付になります。現在はお客様対応中ですので発券機の番号を呼ばれるまで必要書類に記入をしながら少々お待ちください」

「あぁ、分かった」


 言われるがままに待合所で待機するシオン。三人の間に会話はない。書類に最低限の必要事項を記入し終えた後は何をするでもなくただ順番を待つシオンとそれとなく周囲を警戒するメイリア。残されたクリスはどうしたらいいのか分からずにおどおどしてシオンの顔色を窺うだけだ。順番が来るまでそこまで時間はかからなかったが、クリスにはとても長い時間に感じられた。


「大変お待たせいたしました。248番の方、三番受付までお越しください」

「あぁ」


 案内嬢に呼ばれたシオンは受付まで移動する。担当の男は少し細い目をしており、やや神経質な印象を受けるオールバックの髪形をした美男子だった。


「本日はどのようなご用件で?」

「俺とこいつの冒険者登録をしに来た」


 そう言って自分とクリスを指すシオン。それを聞いてクリスは一瞬だけ泣きそうな顔をしたが、何も言わずに俯いてそれを隠した。しかし、担当の男はクリスの泣き顔を見逃さなかったようだ。


「失礼ですが、そちらの方は戦闘要員には思えませんが……」

「これから鍛えるのでそうだろうな。ただ、魔力量を見てもらえれば戦闘の才能があることはわかると思う」


 国営の冒険者ギルドでシングルナンバーの受付をしていると言うことは鑑定スキルくらいは持ち合わせているだろうという前提でシオンがそう告げると彼は静かに魔力を目に通したようだ。


「……確かに、魔力量だけはあるようですが」

「力の発露が難しそうと言いたいんだろう? 俺の前の所有者が色々とやらかしたみたいでね。治しながらやっていくよ」

「む……そう、ですか」


 前の所有者の辺りで色々と察したらしい男はそれ以上追及せずにシオンに告げる。


「では、記入用紙を確認致しますので少々お待ちください」

「あぁ」


 無言で書類に目を通す担当者。一瞬、クリスの重度隷属の辺りでただでさえ細い目を更に細めたが、問題という問題でもないので受理した。


「……確かに。そちらの方は重度隷属とありますが、奴隷を扱う際の注意事項を念のため差し上げますのでご確認いただけますようお願い申し上げます」

「分かった」


 気怠げにそれを受け取るシオン。渡している間に不安になったのか、担当者の男は念のためという態を崩さずに告げる。


「違反行為を行った際は罰金が科せられます。くれぐれもご注意ください」

「分かってる。手続きはこれだけか?」

「いえ。お客様は銀等級以上に相当する魔力をお持ちですので一応、筆記試験と実技試験がございます。落ちた場合は申し訳ございませんが赤銅級のギルドカードを発行することになっておりますのでご注意ください」


 銀等級、つまりいきなりプロの冒険者という扱いのようだ。落ちてもアマチュアの最上位である赤銅級になれるということらしい。下積みの鉄、黒鉄級やアマチュアの銅級を飛ばせるのはありがたい。ただ、急に試験を受けると言われてもシオンは何の準備もしていなかった。


「内容は?」


 どうしたものかと思いながらシオンがそう尋ねると担当の男はすらすらと答えた。


「筆記試験ではギルドにおける重要規則と冒険者としての基本的な知識を問うものになっております。実技試験につきましては模擬戦形式で各役割に応じた活躍が出来れば問題ございません。筆記試験が100点、実技試験が200点の合計300満点中200点以上が合格となっております」

「ふぅん。試験時間とかは?」

「今から30分後と2時間後がありますね。本日は以上になっております。どうなさいますか?」


 時計を見るシオンだが、どの道今日の予定はこれだけなので特に気にしないことにして試験を受けることを決めた。


「じゃあ、2時間後に受けてみるか……」

「畏まりました。テキストはお渡しした資料の中にございますのでご確認ください」

「分かった。じゃあ待合所を使わせてもらう」

「よろしくお願いします。では、また後程」


 受付での会話を終了してシオンは待合所に戻り、安っぽくて薄っぺらいテキストを開いた。そこにあったのは一問一答形式の文章が見開きで4ページ程度続いているという少ない文章量で、内容としても一般的に考えられる選択肢を選べば問題ないような内容が半分と実際に冒険者をするのに必要な知識が半分だった。


(……少なくとも運転免許取るよりは楽そうだな。そもそもの識字率が低いから簡単にしてあるんだろうが……)


 取り敢えず無言で勉強を始めるシオン。この後も特に会話なく試験の時間を迎えることになるのだった。



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