第4話 奴隷購入 (下)
「で、今度はどこへ向かっているんですか?」
奴隷の少女クリスを購入したシオンがまたしてもギルドに向かわないことを受けてメイリアはシオンに再び行き先を尋ねていた。
「あー、次は宿だ」
気だるげにそう答えるシオンにメイリアは難色を示す。
「宿、ですか……ギルドで推奨される場所を見繕った方がいいと思いますが」
「ギルドはその内行く」
「そうですか。まぁ、何かお考えがあってのことでしたらいいですが」
「あぁ、まぁ……色々ある」
メイリアからの質問をシオンは適当にぼかして移動を続ける。メイリアは上級貴族だったシオンが今の身の丈に合った宿を知っているとは思えなかった。メイリア自身でさえ知らないのだから当然だ。そのためギルドに先に行ってシオンの現状に即した宿を選ぼうと思っての発言だったが、シオンは市街地の外れにある安宿に難なく辿り着いてしまった。
「……どこでこんな店をご存知になったのですか?」
「サムの奴がお忍びでよく使っていると聞いた。情報が広まってない辺り、口は堅いだろ。今の俺には丁度いい」
「成程」
貴族御用達の店しか使ったことのないシオンがなぜこんな店を知っているのか疑問に思ったメイリアだが、どうやら乱痴気騒ぎをすることで得た知人からの情報だったようだ。
シンプルな造りの宿だが、魔術陣が組み込まれた鍵付きでセキュリティはメイリアから見ても中々のもの。とっつきにくい感じの強面をした男も魔力的に強そうだ。
(まるで追い出されるための準備をしていたかのような……)
メイリアがシオンの手際の良さにそう思っている間にシオンはメイリア用の部屋と自分とクリス用の部屋の二部屋を借りてさっさと鍵を渡してきた。
「じゃあ、少し休んでくれ。俺はやることがある」
「……クリスはこちらで預かりましょうか?」
火傷などで酷い容姿をしているとはいえ、仮にも少女だ。色々と配慮してあげた方がいいのではないかとメイリアはシオンにそう提案した。しかし、シオンはその申し出を断る。
「いや、お前に預ける前に色々とやる事がある。だからメイリアは今日はもう休んでいい」
「……因みに何をなされるおつもりですか?」
「治療」
シオンの言葉を聞いてクリスは一瞬だけぴくりと顔を上げた。しかし、悲しそうな顔になると再びまた俯いてしまう。その一部始終を横目で見たメイリアは告げる。
「あの、あまり期待を持たせるようなことを言わない方が」
「……廊下で話すことでもないだろ。どちらにせよ俺はやることやるだけだ。見たいなら勝手に入ってこい」
メイリアの言葉を遮ってシオンは素っ気なくそう返すとクリスの手を乱暴に取って部屋の中に入ってしまった。メイリアは何かあった際のフォローに入るためにそれに続いて二人の部屋に入室することに決める。
「じゃあ包帯を取れ」
メイリアが入室することを一切気に留めずにシオンは部屋の中を進みクリスを椅子に座らせて自身はベッドに腰掛け、さっさと用件を告げた。素っ気ない口調に不安になったのか、クリスはここに来て初めて自らの意思で口を開く。
「あの、お目汚しに「大丈夫だから早くしろ」は、はい。すぐ見せます。怒らないでください……」
シオンに発言を一蹴されたクリスは涙目になりながら手を震えさせて顔の左半分を覆っていた包帯を解き始める。露わになる彼女の素顔。メイリアが思わず顔を顰めてしまうような光景に対し、シオンは退屈そうな顔をしてそれを眺めていた。途中で横を向いて欠伸までする始末だ。
そんな失礼極まりない一幕がありながらもクリスが包帯を解き終えてその顔を露わにしたところでシオンはようやく彼女の顔を見据えた。目を伏せるクリスに対し、彼は何度か左手を揺らしてクリスの火傷を負った傷痕に触れる寸前の距離に
「オリ・ラキュアシール」
(……!)
シオンの左手から温かな光が照射される。それに伴い、クリスが驚きに満ちた表情を浮かべた。彼女は見ることは出来ないが、異変は感じ取れたのだろう。
クリスの火傷によってケロイド状になっていた皮膚が剥がれ、新しい皮膚がその下から生まれてきているのだ。その光景を見ていたメイリアから声が上がる。
「坊ちゃま? これは一体……」
「あー、治療」
「それは見れば分かりますが……完全に塞がった古傷を治す? そんなこと……」
「出来たら教会送りで滅茶苦茶働かされるだろうから黙ってた」
シオンの言葉にメイリアは二の句を継げなくなってしまう。シオンにこんな治療の才能があると知っていれば……
(……まぁ、自分のためにしか魔術を使わない坊ちゃまが持っていても宝の持ち腐れでしょうし、放逐が教会送りになるだけで大筋に変化はないですか……)
知っていてもどうやら大して違いはないように思えて来たメイリアだった。それはそれとしてその身を全て委ねたかのような表情で光の照射を受けているクリスに再び目を戻してメイリアはシオンに尋ねる。
「それで、この傷痕は完全に消えるんですか?」
「消す。が、今回で全身をやると回復中毒になるからやらない。今回は顔だけ」
「……気付いてらしたんですか?」
「目利きの才能はあるんでね」
クリスの控えめな発言にシオンはつまらなさそうにそう答えた。彼女の身体は至る所に傷があり、折られた骨が曲がってくっ付いていたりする場所もあったのだ。豊富な魔力があるからこそ変な治り方をしている身体を何の変哲もないように動かすことが可能だが、戦闘に向かないというのはそう言った身体面も含めてのことだった。
シオンが軽く説明したことでメイリアは感心したように頷いた。
「成程、全て治せば確かに元は取れますね……」
「ただ、これだけなら手数料引けば赤字だ。教会に喜捨して治した場合、幾らかかると思う?」
「まぁ、そうですが……そう言った手間をお金に変えるのが今の坊ちゃまがやるべきことなのでは?」
「もっと楽に稼ぐ」
(……短期的には成功していると見ていいですが、長期的に見るとこの楽観的な思考に拍車をかけそうですね……どう出ることか)
シオンの言動にメイリアは今後に不安を抱く。彼女自身の生活費や給料についてはラムダ家から貰っているため生活に大きな問題はないはずだが、シオンがそれに手を付けようとする可能性もあるのだ。彼らの困窮は他人事ではなかった。
幸い、今のところシオンは支度金を元に儲けようとしており、メイリアのことなど当てにしていないようだが、今後がどうなるかは不明だ。
メイリアがそんなことを考えている間にシオンの治療に一区切りがついた。クリスの顔の半分近くに渡って痕を残していた火傷はすべて消えており、白く濁っていた目も残されていた目と同じように桃花色になっていた。
「さて、火傷の痕は消えたな。気分は?」
「……とっても、温かかったです」
涙を浮かべながらクリスは万感の思いを胸にしながらシオンの問いかけに答える。しかし、シオンの方は訝し気な顔をしていた。
「気分が悪くないかどうかの話をしているんだが。具体的には倦怠感や妙な高揚感、吐き気や頭痛、魔力の違和感などがないかどうかを聞いている」
「あっ! ぇ、えっと! 大丈夫です! 寧ろ、元気になりました! ありがとうございます!」
「ふむ……ちょっと急いだから強めにし過ぎたか?」
深々と頭を下げて礼を告げるクリスに対し、シオンは特に興味なさそうに結果だけ確認した。その様子も以前のシオンからは考えられない。以前までのシオンであれば自らの力を誇示し、もっと感謝するように踏ん反り返っていただろう。
(やはり、旦那様が言っていた憑依の可能性が高いですね……)
厄介なことになったものだとメイリアは嘆息する。そこにかつてのシオンを惜しむ気は見受けられないのが彼の人望のなさを表していた。
そんな彼女の思いを全く知らないシオンはクリスの可憐な顔を一通り確認した後、面倒臭そうに立ち上がって告げる。
「はぁ……じゃあ取り敢えず、探索者ギルドで全員の登録を済ませてしまうか。今日の活動はそんなところでいいだろ」
「……畏まりました」
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