第3話 奴隷購入 (上)

 シオンが担当商人の準備が出来るまで待たされてから数十分が経過した。待機時間を別の商品を見ることで潰したシオンは準備が出来たということでイベントホールのような場所に案内され、現在は大勢の奴隷の品定めを行っていた。


「ふむ、こいつも戻していい」

「畏まりました」


 数十名居た奴隷は保留を含めて残り八名程度になっており、今もその数を減らしている。そしてまた一人、精悍な青年が選別されて別室に戻された。


(……戦闘用奴隷にするのであれば今の男は中々使えそうでしたが。まぁ、私欲で重犯罪に手を染めた奴隷に戦闘の手ほどきをするのは私的にあまり好ましくないと思うので選ばれなくてよかったですけど……)


 シオンが奴隷の品定めをしている間にメイリアも彼女なりの視点で奴隷の見極めを行っていた。現在、シオンの選別から残されている人材たちはそれなりに見どころがありそうな者たちだ。メイリアはシオンのことを見る目だけはあると見直していた。


「こいつも戻していい。次だ」

「畏まりました」


 残る奴隷は七人。紹介を受けていない人物は後二人になる。その中でもメイリアが気になっていた奴隷がシオンの前に連れ出された。


「こちらはソトス共和国の貴族の娘です。あの黒虎族の一番槍とされた黒豹族の族長の娘でして、それなりの教育を施されています」

「傷が酷いみたいだな。戦闘でついた傷か?」


 包帯で顔の半分近くが隠れているというのに変色した皮膚が見える少女を一目見たシオンは少女に遠慮も配慮も一切せずに商人に端的にそう尋ねた。すると、担当商人は言い辛そうに答える。


「いえ……その、大きな声では言えないのですが、前のお客様が共和国との戦争で夫を亡くされた方でして、火傷などの傷は全てその時に……こいつ自身は臆病者なので戦闘には不向きかと」

「ふむ……」


 包帯で隠しきれないほど広範囲に広がっている火傷の痕が残っている顔。片耳だけ切り込みが入った猫耳。目鼻立ち自体は悪くはなさそうだが、痛々しい傷跡が彼女が安く売られている理由を物語っている。メイリアは少女の説明をシオンが受けているのを聞きながら思案する。


(魔力が多そうな上、獣人ということで戦士として育てやすいと思ったのですが……本人の資質があまりになさそうですね。虐待を受けた事で更に戦闘に向かないような状態になっていますし、あの傷痕では愛玩用にもなれない。哀れな子ですね)


 俯きながらおどおどとしている少女を見てメイリアは彼女のことを諦めた。魔力が多そうだったので戦闘に向いている可能性が高いと思ったのだが、本人の性格がそれを台無しにしていた。


(そうなると、選ばれるのはあのスラム育ちの赤髪の少年ですかね……戦闘用とするなら、ですが)


 少女に見切りをつけたメイリアは保留にされている奴隷たちを見ながら今後のことを考える。そこにいるのは中々の粒揃いだが、戦闘用とは思えない奴隷もまた残されていた。


(魔力の多寡だけで物事を見ると微妙な子も残ってますが、それでも一芸に秀でた子ばかりですし、本当に目利きの才能だけはあったみたいですね)


 メイリアは感心しながらシオンのことを見る。彼はまだ担当商人から火傷を負った少女の説明を受けているようだった。


(……あの子はもういいと思いますが、長いですね)


 少女もシオンの興味はすぐに次へと移ると思っていたのだろう。所在なさげに俯きながら桃花色の瞳だけを忙しなく動かして嵐が過ぎ去るのを祈る子どものようにじっとしていた。


「で、こいつは幾らだ?」

「本体価格50金でいかがでしょうか?」

「ふむ……」

「これでも他国とはいえ元貴族の端くれです。この見てくれで臆病者ですが、魔力はありますし、記憶力も悪くはありません。重度隷属になった経緯も恐らく、以前の御購入者様に何らかの事情があったからと見受けられます。本人は真面目で大人しいので館の仕事などにはお値段以上に役立つかと。今なら重度隷属の契約込みで60金で抑えます。いかがでしょう?」


 かなり手頃な値段だ。今は戦争で勝っており、奴隷が過剰供給されている状況とはいえ魔力を扱える奴隷を買うのであれば破格の値段と言っていいだろう。

 しかし、メイリアはこの少女の購入には反対だった。魔力自体は目の前の少女より多少少なくとも、もっと役に立ちそうな奴隷が目の前に居るのだ。そのため、シオンも当然少女の購入を見送る。


 そう思っていたのだが……


「分かった。こいつにしよう」


 シオンは、違ったようだった。シオンの購入を決める発言に説明していた担当者の方が少し驚いた様子で訊き返して来る。


「……よろしいので?」

「あぁ。こいつを育ててみる」

「畏まりました。ご成約、ありがとうございます」


 シオンの気が変わる前に不良品を引き取ってもらおうと担当の商人は速やかに手配をかけ始めた。それを尻目にメイリアはシオンに小声で尋ねる。


「坊ちゃま、何故その子をお選びに? 他の子の方が……」

「魂の具合だな。今はくすんでいるが、素質はこいつがこの中で一番だ」

「……失礼ですが、種が良くても芽の出た環境、育つ環境が悪ければその後の育ちもよくはないかと。今後のことを考えるのであれば再考した方が……」

「……まぁ普通はそう思うだろうが、取り敢えず買値より高く売る算段はついてる。心配しなくていい」


 メイリアの忠言を鬱陶しそうに聞き流しながらシオンは断定する。メイリアとしてはシオンの生活がままならなくなって犯罪などをしてラムダ家の評判を落とされると困るため、出来る限りはサポートしたい。だが、シオンに聞き入れる意思がなければそれは難しかった。


(……まぁ、当初の予定より格安で済んだので傷は浅いですが……これで奴隷などで金儲けしようとする楽観的な考えを諦めてくれれば問題ないですかね?)


 最初に痛い目に遭って次から自分で努力する方向に向かってくれれば後は楽だが。そう思うメイリアだが、そう簡単にことが運べば苦労しないと今の段階から諦めにも似た感情を抱いていた。


 そんなメイリアの思いなどまるで気にしていないかのようなシオンは奴隷を買うに当たっての契約や注意事項についてなどを商人から聞いていた。


「クリス・サンクトース。12歳で、性別は見ての通り女です。獣人のため、急成長の可能性があります。魔隷環は重度のものですが、殉死機能はいかがなさいます?」

「……殉死はさせなくていい。後、魔隷環は今の首輪からチョーカータイプのものに変更してカジュアルな感じにしておいてくれ」

「畏まりました。魔隷環をカジュアルにされるのでしたら衣服の方は……」

「この店で買っていく」


 他の奴隷たちが元の部屋に戻される中、シオンは奴隷とその付属品の契約をすると共に生活必需品を買っていく。その途中で商人はシオンが微妙な立場に置かれていることに気付いた。


(これは……この方が直々に買いに来るようなものじゃない。それに、屋敷まで無料で送るのを拒否してメイリアさんの魔具を使う? 不自然だ。とうとう追い出されたか……?)


 購入物の内容から直球の推察をする商人。だが、不可解な点が幾つもあった。


(ただ、奴隷を除くにしても明らかに独り暮らし用ではない量を買い込んでいる上、ラムダの家紋を外していないメイリアさんに確認を取っている。優秀な彼女が家紋を付けたまま付き従っているのを見ると見限るには早い気もするな。色々と推察出来ることはあるが、一先ずはまだ恩を売っておいて問題ないか……?)


 取り敢えず、商人の中で情報収集が次の重要な仕事になることは間違いなかった。それと同時にシオンが追い出された可能性がある件についての話がすぐに商人たちの間で広まることも間違いなかった。


「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」

「あぁ。行くぞ、クリス」

「は、はい……」


 結局、70金余りを使って奴隷とその付属品、そして生活必需品を買い上げたシオンは商人から手厚い対応を受けた後にその店を去るのだった。



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