追放貴族は不労希望

古人

立身

第1話 追放 (上)

 十八歳を迎える誕生日に自宅で開いたパーティではしゃぎ過ぎたところ、シオンは家から叩き出された。鍛えてもいないのに三桁の大台に乗っている体重のこの身体では受け身を取ることも出来ずに無様に転がって頭を打った。非常に痛かった。

 ここまでは今までのシオンにとっては普通の出来事。多少心が折れて何か情けなくなって泣きそうになる程度で済むことだ。

 しかし、父である現ラムダ伯爵から日頃の鬱憤を罵詈雑言という形でぶつけられている間、今のシオンの頭の中を巡っていたことは普通ではなかった。


(……何か俺、別人に憑依してんな)


 他人事のように内心でそう独りごちるシオン。彼はラムダ伯爵が激怒してぶつけてくる言葉をぼけーっと聞き流しながら何だか自己の連続性がおかしいことを自覚していた。ただ、色々と気になることはあったが今は怒られている最中。しかも、今後の人生を左右するレベルで大事な話をされている。


 ラムダ伯爵の話によれば何とシオンは今、実家を追い出されようとしているのだ。彼の実家は五爵の中でも王家が認めた上級貴族たる伯爵家。

 その中でも宮廷伯という王国の大臣級の地位を代々任されてきたラムダという名家だ。家ガチャで言うなら大当たりに位置する家を憑依転生後の意識覚醒からほぼノータイムで取り上げられるという現実にシオンは遠い目になった。


(マズいなぁ……親父はこれからは心を入れ替えてご先祖様みたいに冒険者になって成り上がれとかお前も貴族の端くれで魔術を使えるんだからそれを使って頑張れとか言ってるけど、このシオン・ラムダとかいう坊ちゃんも前世の俺と同じで痛いのとかキツいの大っ嫌いみたいだ。習得してるのが自己防御とか回復系ばっかり……)


 父親からの罵詈雑言をスルーして要点だけを聞くと今まで甘やかし過ぎた。この家はシオンの弟であるルイスに任せる。ルイスはシオンより年下ではあるものの側室の子であるシオンとは異なり貴族である正妻との間に生まれた優秀な子であるため、不出来なお前は要らない。手切れ金を渡すからこれ以上迷惑をかける前にさっさと出て行けということだ。

 それを聞いたシオンの感想は絶望や悲嘆……ではなく、ただ只管に面倒臭いというものだった。精神は既に一度死んだことを理解しており、今生まで頑張ろうとする気が出ない。肉体の方もろくに運動もしておらず、精力的に活動することに全く向いていない。父が言った通りに心は入れ替えたが、冒険者として生きていくには圧倒的なまでに不適な状態だった。


(面倒臭いなぁ……でも反抗したり宥めすかした後、毎日家を追い出されるのに怯えながら冷や飯食うのも怠いな……)


 彼の頭の中には生活態度を改めるという考えや父親から浴びせられる悪口雑言に反発して頑張ろうという思考回路は存在しなかった。名門貴族としての矜持もない。ただただ面倒臭い。それだけだ。


(あー……こんな状況で投げられても困るんだがシオン・ラムダくん。まぁ、今までの君の記憶からして同情する余地がないわけではないが、既に死んだ人間に身体明け渡すのはどうかと思うよ?)


 リサイクルされる紙はこんな気分なのだろうかとどうでもいい気分を味わいながらシオンは思考を現実に戻す。


(さて、状況的には手切れ金貰って奴隷でも買ってそれなりの生活でもした方が楽でいいかな……取り敢えず、身体動かさなきゃならない事態になる前に口動かすか)


 この身体の記憶を基にシオンは楽が出来そうな方針を何となく決めた。その方針を現実のものとするためにまず彼は第一ステップとして父の怒りの嵐が通り過ぎて自分が口を挟めるタイミングが来るのを待つ。


 程なくして、そのタイミングは訪れた。


「シオン! 聞いているのか!?」

「聞いてます」

「だったら何とか言ったらどうだ!」


(この人の思惑としてはこれで危機感を持って俺に頑張りますとでも言ってほしいんだろうが、普通に嫌だな。さっさと諦める方向にシフトさせてもらうか)


 話の流れを読み、相手が求める言葉と態度を理解した上でシオンは冷め切った感想を抱く。そして彼は激怒する父親に対し、既に諦めた状態で静かに口を開いた。


「確かに、私はこの家に相応しくない。そう思いましたね」

「……何だと?」


 ラムダ伯爵の目が険しくなる。しかし、シオンは臆すどころか堂々と告げた。


「除名、畏まりました。これ以上ラムダの家名を汚すことがないようにするには仕方のない処置だと思います。ただ、願わくばある程度の支度金は頂いておきたいです。過去にラムダの名を冠した者、しかも本家の血筋を引く者が困窮に喘ぎみっともない姿を見せることは家名を更に汚すことに繋がると思うので」

「言われなくてもそれなりの金額は持たせるつもりだ! 貴様が浪費して貯め込んだ奢侈品を処分してな!」

「成程、ありがとうございます」


 落ち着いたシオンの返しにラムダ伯爵は少し面食らった。彼の知るシオンは自分が収集した雑多な奢侈品に非常に執着していたはずだ。貴族としての才能に目立ったものはないが、目利きの才能はあると自負してそれを公言していたシオンにとって収集品は最後の寄る辺だ。それをこうも簡単に手放すとはにわかには信じがたい。


(いや、本当に家を追い出され戻ることの出来る可能性がないとすれば全て処分して支度金に充てて貰うべきという考えが当然のものだが……)


 ラムダ伯爵はシオンの発言を普通の思考回路では問題ない発言だと思い直して自らの怒りのままに彼を追放しようとし……そこで違和感に気付く。


(待て、そんなまともな思考回路をシオンがしていれば私はこいつを放逐しようなどとしていない。そもそもそんなまともな感性で物事を割り切るのであれば乱痴気騒ぎをして品位を貶め、家を追放されるようなこともしなかっただろう)


 肥大化した自尊心ではなく実利を取れる思考回路をしているのであれば自らの立場を不利にするような行動を故意に取るようなことはしないだろう。そう考えたラムダ伯爵の脳裏を過ったのは三つの可能性だった。


(まさか、自ら廃嫡されることを望んで……? それとも私を欺くためのこの場限りの演技か? だが、演技にしては堂に入り過ぎている。まさか、このタイミングで別人格が憑依したということが……あれば、一大事だな)


 前者が通常の、常人が理性に基づいて考える可能性。真ん中の選択肢がこれまでのシオンを見ていて一番考えられる可能性。そして最後の選択肢が魔素が存在するこの世界における可能性だった。


 ラムダ伯爵は無言でその三つの可能性を吟味し始める。


(自ら廃嫡を望んで、ということでこの時を迎えたのであれば私に出来ることはもう支度金を渡して親子の縁を切ることだけだ。演技だった場合は救いようがない。この場合も本当に縁を切るしかないだろう。だが、後者の可能性であれば……すぐに手を打たねば面倒な事態に発展しかねない)


 基本的にはシオンと縁を切る方向で進めたいラムダ伯爵だったが、別人格の憑依が起きていた場合が怖かった。この世界に時折訪れるとされる別世界の魂はこの世界の常識が通用しない。そのため平気で暗黙知を破って来ると言われている。

 その型外れな行動が良い方向に転がれば莫大な富を生み出すというが、悪い方向に転がれば人類の敵と化す。王国の口伝では追放などを行った相手には特に容赦しないとのことで、伯爵はそのことがどうも引っ掛かっていた。


(……何故、こんな奴に配慮しなければならないんだ。だがしかし、家と民草を守るため、致し方ない……)


 どう考えても目の前に居る相手が悪いと言うのに譲歩しなければならない。伯爵は苦々しい思いになるが、急に冷めた目をしてこちらを品定めするように見据えているシオンを見ると嫌な予感が胸を過る。


「……シオン、念のため訊くが本当にいいんだな? 心を入れ替えて励むというのであれば私も少しは譲歩するが」

「その程度で許されることではないでしょう? 民衆や家の者、他の貴族に対し示しがつかない。そう思ったからこそ父上も私の追放を選んだのでしょうから」

「そうではあるが……」


 何とも腹の内が読めない相手だ。ただ、伯爵が知るいつものシオンの態度ではないことは確かだった。伯爵は再度シオンを見て決める。


「分かった……宣言通り、お前をこの家から追放する」

「はい」

「ただし、除籍までは行わない。そして支度金の他に護衛をつける。護衛の給金についてはこちらで支払うから気にしなくていい」

「護衛、ですか」


 ラムダ伯爵はシオンに護衛をつけると言った際にシオンが浮かべた微妙に嫌そうな顔を見逃さなかった。ラムダ伯爵が知るシオンであれば何も考えずに口では追放すると言ってもやはり見捨てられた訳ではないという考えを抱き、これからも楽が出来ると喜ぶところだ。

 しかし、ここでいう護衛は監視役ということにもなる。護衛として面倒を見られることで得られる利益よりも監視役の働きを嫌がるということは、伯爵が憂慮している可能性が現実のものとして濃厚だということだった。


 先んじて手を打つことが出来たことに安堵を覚えながらラムダ伯爵は続ける。


「そうだ。全て手探りというわけにもいくまい。優秀な護衛をつける」

「……誰ですか?」

「そうだな、メイリア辺りだとお前もいいんじゃないか?」


 シオンは割と嫌な感情が表情にも出たのを自分で自覚した。メイリアは確かに優秀な人材だ。眉目秀麗なメイドながら戦闘も出来るし教養も深く、市井の情報にも精通している上に家事も万能で文句のつけようがない。

 その万能ぶりは折り紙付きでラムダ家の使用人の中でも1,2を争う程に優秀であることが内外に知られている。


 ……それだけ優秀な人材が監視役としてつけられる。監視対象からすれば面倒臭いこと極まりなかった。


(嫌だが……まぁ、ここで断って更に面倒なことになっても怠いな。妥協しよう)


「分かりました」


 屋敷内でも非常に優秀なメイド、しかもシオン自身が何度も言い寄っていた美女をつけるというのにシオンが嫌そうな顔をした時点で伯爵は先手を打って正解だったと確信した。


「成果を上げればまたこの家に戻って来ることを認める。それを胸にしかと励め」

「はい」


 伯爵は最悪の事態は免れたと思いながらシオンにそう言い渡し、支度金とメイリアの準備が出来るまで別室で待機するように言いつけて家の中に戻るのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る