第21話 ロリッ娘と ”墓荒らし”

「ふむ……ホログラフではないようだ」


 真っ白な霜の降りた右手を見て、ディーヴァが感心したように呟いた。


「ディーヴァ!」


「問題ないマスターナイト。この程度の冷気、わたしには何ほどの痛痒つうようにならない」


 自己修復機能が働いて、シュンッ! と一瞬で解凍されるディーヴァの右手。


「だが、興味深い。質量のない幻影が確かなダメージを与えてくる。攻撃本能を持つエネルギー体といったところか」


「墳墓にスピリットはつきものだからね……そして奴らからしたら俺たちは墓荒らしレイダースだ」


 畜生! まだ聖櫃アークは開けてないんだから見逃してくれよ!


「ハッ!」


 鋭い呼気を発して、ディーヴァが攻撃に転じた。

 飛び回るスピリットを遙かに凌駕するスピードで跳躍し、捕捉する度に手刀や貫手を叩き込み、次々に霧散させていく。


 しかし――。


(駄目だ、ディーヴァも俺もだ!)


 戦士系ビルドとゴースト系の相性は最悪だ!

 俺たちには解呪ディスペル退散ターンも使えない!

 もちろん魔法もだ!


 ディーヴァは両手を真っ白にしながら瞬く間にすべての亡霊たちを消し去ったが、実体のないスピリットはすぐに寄り集まって何度でも復活してしまう。


「無理だ、ディーヴァ! そいつに物理攻撃は通じない!」


「どうやら、そのようだ――マスターナイト、指示を頼む」


「逃げよう!」


「拒否する」


「ファアッ!!?」


「わたしはBDバトリング・ドールの能力を兼ねそなえた最新・最強の汎用量子オートマトンだ。この程度の敵で撤退をしていては、わたしの存在理由が揺らぐ」


「こ、この脳筋!」


 こっちの攻撃は全然通らないんだぞ!

 だけど攻撃が通じないのは、向こうも同じだった。

 スピリットたちはディーヴァから生命力を吸い取ろうとしているが、無敵の美少女オートマトンはまったく意に介することなく、蹴散らしてしまう。

 そうなると、当然――。


「うわっ! こっち、くんな!」


 無敵でない方の俺に寄ってくる。

 エナジードレインは、勘弁して!


「――っ」


 そして寄ってきたスピリットは、ただちにディーヴァが迎撃・撃墜。

 寄せ付けない。


「これじゃ千日手だ!」


 いや、こっちには疲労と脱水でへばってる俺がいる。

 向こうは完全無欠の永久機関。

 このままじゃ、確実にヤバい。


 だがスピリットは永久機関だが、気が長くはないらしい。

 それとも何千年も忘れ去られていて、生きた人間の精気に飢えていたのか。

 とにかく一秒でも早く俺たちを自分らの仲間に迎えたかったらしい。

 亡霊たちは次々に俺とディーヴァから離れていき、周囲に林立する装甲の群れへと吸い込まれていった。


「な、なんだぁ!?」


 薄闇に点々と灯る、赤い双眸そうぼう

 響き渡る無数の駆動音と、装甲のこすれる音。

 動き出したのは、見慣れた ”騎士の鎧ナイト・メイル” などではなかった。

 動き出したのは――。


「ミ、牛人ミノタウルス!!?」


 それはまさしく装甲で再現された、半人半牛の怪物。

 巨人ジャイアントと並ぶ、パワー系モンスターの代名詞。

 その脳筋モンスターが一二、手に手に巨大な戦斧バトルアックスや、切っ先のない処刑人の剣エクセキューショナーズソードを携えて、迫ってくる。


 ブンッ!!


 接近するなり先頭の一頭が、鉄塊のような剣を振り下ろす。

 破砕音が轟き、濛々と舞う土埃。

 砕けた床がつぶてとなって、散弾のように飛び散った。


「ぺっぺっ――うへぇ! なんて馬力だ!」


 口の中に入った砂利を吐き出しながら、呻く。

 墳墓の床には、小さなクレーターのような穴が穿たれていた。


 こっちが脳筋なら、向こうも脳筋ってことかよ!


「マスターナイト」


「な、なに?」


「牛は馬力ではない」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 だけど相手がパワー物理系なら、ディーヴァの試金石だ。


「ディーヴァ! やってやれ!」


 機械仕掛けの牛人に向かって、機械仕掛けの少女がかける。

 振り抜かれる戦斧を一切の無駄のない動きで回避し、分厚い装甲に覆われた胸部に正拳を叩き込む。

 胸甲が貫通して内部機構が粉砕されれば、金属質な悲鳴を上げて亡霊が消滅した。


 ガッツポーズ!


「いいぞ! 奴らに ”切断” する間を与えるな!」


 イキり倒す、俺。

 ”騎士の鎧”? に憑依している以上、それは ”接続” しているのと同じだ。

 ”切断” が間に合わなければスピリットだって、”鎧” が破壊されると同時に死んでしまう。


 相手が人間でない以上、一切の躊躇ためらいは不要だ。

 むしろ、


「成仏させてやれ! ディーヴァ!」


「イエス、マスターナイト」


 身の丈三メートルはある巨大な金属の化け物相手に、一五〇センチあるかないかの女の子が無双する。

 装甲がひしゃげ、角の突き出た頭がもげ、強靱な四肢が弾け飛ぶ。


 その光景を見れば、彼女にバトリング・ドール戦闘人形なんて呼び名がふさわしくいことは瞭然だった。

 さらに強く、さらに美しく、さらに洗練されたエレガント

 彼女は戦場を魅了する戦姫にして戦鬼――バトリング・ディーヴァ戦女神だ。


 ズシャンッ!!!


 盛大な金属音を立てて、最後の一頭が崩れ倒れた。


「駆逐完了」


「……お見事でした」


 もはや賛嘆を通り越して、呆れかえる強さだ。


「……試金石どころか、これじゃ試し切りの藁束わらたばだね」


「? 次は藁束と戦うのか?」


 この娘が敵じゃなくて、ほんとよかったよ……。

 俺が自分の身に舞い降りた幸運をしみじみと実感したとき、


「――マスターナイト!」


 ディーヴァが鋭く叫んだ。

 それまで微動だにしなかった一三頭目が、突然起動したのだ。


 鈍牛のくせに頭が回る!

 こっちの気が緩むまで、微動だにしなかったのだ!


 このとき鍛え抜かれたマキシマム・サークの身体は、最新・最強のオートマトンに先んじて反応した。

 転がっていた長大な剣をつかむとハンマー投げの要領で回転、振り抜いた。


 金属と金属が激突し、火花を飛ばす!


「くぉおおのぉぉぉおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!!!!」


 振り抜け! 振り抜けっ!! 振り抜けっっっ!!!


 そして極大までためた遠心力が鈍い刃に伝わり、堅牢な装甲を斬り裂く!


 装甲牛人の太い胴体を、真一文字に一刀両断!


「マスターナイトは、本当に人間ヒューマンなのか?」


 呆気にとられたディーヴァを見たのは、この時が初めてだった。

 どうやら金属のミノタウルスは、俺の試金石だったらしい。


「これぞ火事場の馬鹿力!!!!」



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