第47話 人形と ”ざまぁ”
「ざまぁみろ」
呆然とするルシウスにディーヴァが、惚れ惚れするほど適切な言葉を投げつけた。
「皇帝の声望は地に堕ちた。あんたは恋人に振られた逆恨みで五つの騎士領を焼いたクソ野郎だ。もう誰も敬わないし、そう見えたとしても形だけだ。心の中では見下し軽蔑している。これから先どんなに言い繕っても、あんたを信じる者なんていない。なぜなら人間とは、自分の信じたいようにしか信じない生き物だからだ」
俺は一言一句、刻み込むように言った。
例えこの男が権力を笠に着て、今回の件を『悪魔の見せた幻だ!』と吹聴しても、信じる者などいやしない。
あの映像を視た人間は皆、自分に都合の良い解釈をして自分勝手に語るだろう。
流言は飛語を呼び、それは常に当事者の名を貶める方向に拡散していく。
だからこそ娯楽たり得る。
これこそ炎上だ。
正義の連鎖と、無意味の再生産。
俺はこいつが大好きだ。
「き、貴様っ!」
顔面を蒼白にして、ブルブルと震えるルシウス。
自己愛が化物のように肥大したこの手の人間に、なによりも苦痛で耐え難きもの。
それは他人に見下されること。
他人に冷笑され、侮蔑され、嘲られること。
今後は目にする人間すべてが、腹中で自分に舌を出しているように見えるだろう。
皇帝ルシウスは疑心暗鬼という鬼に取り憑かれたのだ。
「こ、殺せ! その小娘を殺せ! 八つ裂きにしろ!」
ルシウスが口角泡を噴き零しながら、パティの首に刃を当てている騎士に命じた。
パティは恐怖に硬直して、悲鳴を上げることすらできない。
しかし屈強な騎士は動かなかった。
「どうした、なにをしている! 兄の目の前で喉を引き裂いてやれ!」
一向に命令を実行しない近衛騎士に向かって、ルシウスが怒鳴った。
「貴様、皇帝の命令が聞こえんのか!?」
「……皇帝? 皇帝だと?」
兜の奥から底堅い、男のものではない声が漏れた。
「皇帝というのは、民草を慈しみ
凛とした声が鞭のようにルシウスを打つと、光学偽装が解除され、切っ先を向けた美貌の女騎士が現れた。
「ソファイアのアスタロテ・テレシア! 貴様に焼かれた領民の無念を晴らすべく、ここに推参!」
ようやく真打ちの登場だ。
ま、当然だよね。
パティの安全を確保した上でないと、こんな博打を打てるはずがないわけだし。
俺たちは今日の未明に、事前に調べ上げておいた近衛騎士のひとりを急襲した。
奴らは自分たちが狙われているとは露ほども思っていない。
警戒もクソもなく、寝込みを襲われた騎士は呆気なく気絶&拉致されて、廃農場の納屋に
あとはご覧のとおり、アスタが光学投影のイヤリングを使ってなりすましていたと言うわけである。
魔法のないこの
(それにしても、なんとまぁ絵になること。思わず黄色い声が飛んでしまいそうな、見事な宝塚ぶりだよ)
そしてアスタが目立てば、黙っていないのがディーヴァだ。
同僚が見知らぬ女に変わって動揺する騎士たちの隙を見逃さず、逆襲に出る。
瞬息の襲撃で十重二十重の包囲を、ドミノを倒すように蹂躙していく。
本気になったディーヴァの機動に、常人が対応できるはずもない。
剣は叩き折られ、甲冑は蹴り潰され、血反吐と
三〇人近い騎士が沈黙するのに、一〇秒も掛からなかった。
「駆逐完了」
これでルシウスの護衛はすべて片付けた。
今や奴の近くにいるのは、俺とディーヴァとアスタ、それにパティだけだ。
「チェックメイトだ、ルシウス・イゼルマ」
冷めた眼差しで、血の気を失った哀れな為政者に告げた。
すべての元凶である男はわずかの間に、二回りも小さくなったように見える。
「予を……予を殺すというのか? 神聖イゼルマ帝国の皇帝たる予を……?」
怯え竦み、それでも血走った目に憎悪を滾らせる、ルシウス。
「アスタ」
俺は俺以上に、この男を憎んで止まない
「わたしに任せてくれるのか?」
「ああ」
俺がうなずくとアスタは抜き身を手に、
「よ、よせ……!」
「舌を動かすな」
アスタの喉から、岩のような声が響く。
「皇帝を名乗るのなら、せめて最期くらいはそれに相応しい
長剣を振りかぶる、美貌の復讐者。
「ルシウス・イゼルマ! 業火に焼かれ
「ひっ!」
練達の鋭さで振り下ろされる、白刃。
両手をかざし、顔を背ける皇帝。
鮮血が飛び散り、恐怖に歪んだ首が転がり落ち――――――はしなかった。
ルシウスの頸動脈の直前で寸止めされる、アスタの刃筋。
「いいのか?」
剣を退くアスタに訊ねる。
「首を落とすなど、この男には慈悲にも等しい」
「……な、なに?」
「生き長らえて、毎夜眠りに落ちる前に歯ぎしりするがいい。すべての臣民から
完璧な復讐だ、アスタ。
これから先ルシウスは、毎晩ベッドで君の顔を思い出すだろう。
君から投げつけられた侮蔑の言葉を思い出すだろう。
もうルシウスに平穏な夜は訪れない。
充足した朝を迎えることは出来ない。
朝に昼に夜に、屈辱の炎がその身を焼き続けるのだ。
ルシウスのような男にとって、死よりもはるかに惨い生き地獄だ。
腰砕けたルシウスの先で、小さな身体が揺れていた。
「……兄様」
「……パティ」
「兄様ーーーーーっ!!! マキシマム兄様ーーーーーーっ!!!」
妹パトリシア・サークが両手を広げて駆け寄ると、力の限り俺に抱きついた。
「……ピキッ#」
「兄様、兄様、兄様、兄様、兄様っ!!! うわーーーーーっっっんんんっ!!!」
「またせたね、パティ。ごめんよ、遅くなって。本当にごめんよ。でももう大丈夫、もう大丈夫だから、もうなんの心配もいらないから。俺たちと楽しい所に行こう」
顔を埋めて泣きじゃくるパティの頭を優しく撫でながら、涙ぐんだ声で告げた。
瀬名岳斗にとって、この子は妹じゃない。
でも、それがいったいなんだって言うんだ。
俺は今、確かにこの子に愛情を感じている。
この子を愛おしいと思っている。
この子は、パティは……俺の妹だ。
「――行こうか、パティ」
「グスッ……はい、マキシマム兄様」
パティは泣き腫らした目で顔を上げると、それでもニッコリ微笑んだ。
「それでは皇帝ルシウス五世陛下。タイベリアルのマキシマム・サーク、これにて
ルシウスの両眼が、狂気に濁った。
◆◇◆
『オーギュスト、我が最愛の者よ』
『はい、ルシウス様』
『そなたにこれを授ける』
『これは ”
『だからこそ、だからこそなのだ。イゼルマの国章が表された衣の中でもこの真紅の不死鳥は、皇族だけがまとえる物。そなたにこそ持っていてほしいのだ』
『ルシウス様』
『オーギュスト――愛する者よ。わたしはおまえに誓おう。どんな手段を用いても、必ず帝位に就くと。あんな愚鈍な兄に皇帝の座は渡さぬと』
『ならばわたしも誓います。次の
『ああ、その時は筆頭近衛騎士として、常に傍らでわたしを守ってもらおうぞ!』
『光栄の極み!』
『……オーギュスト』
『……ルシウス様』
◆◇◆
「キエェェェエエエエエーーーーーーーッッッ!!!」
戦闘の天才マキシマム・サークの身体が即座に反応し、幼い妹を背中にかばうと、右手に長剣を
ルシウスの斬撃は、狂躁に憑かれているにしては鋭かった。
正気を保っているときには、それなりの鍛錬を積んでいたのだろう。
だが、
――ギンッ!
振り抜かれた切っ先が、難なく奴の手から帝位の証である宝剣を弾き飛ばした。
ルシウスはそのまま勢い余って、すり鉢状の闘技場の階段を転げ落ちていく。
そして……それで終わりだった。
階下から顔だけを向けるルシウスの瞳から、急速に光が失われていく。
俺は淡々と、身体と顔が逆の方向を向いてしまった皇帝を見下ろした。
「同情はしないよ。あんたは、こんな結末を迎えるだけのことをしたんだから」
五人の騎士と五つの騎士領を襲った
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