第19話 ロリッ娘と ”カウントダウン”

(……なんとまあ、ここで ”ステータスオープン” 登場か)


 俺は視界に現れたHUDヘッドアップ・ディスプレイに、驚くやら呆れるやら。

 でも考えてみれば、これぐらいは当然か。

 ディーヴァは外見はどうあれ物すご~~~く高性能なコンピューターなわけだし、俺はそんな彼女と ”接続” している。

 俺の視覚野にVRヴァーチャル・リアリティでステータスを表示するくらい、朝飯前だろう。

 表示されたステータスは、


 呼吸

 心拍

 血圧

 体温


 といった基本的な生命兆候バイタルサインの他にも、


 筋力

 知力

 瞬発

 持久


 なんていった、とてもとても見慣れた項目もある。


「ディーヴァ、ちょっとウィンドウが近いな。もう少し――このくらいの位置に調整できない?」


 俺は顔の左斜め前に、両手の指で四角形を作った。

 ステータスは人体工学的に、左上が一番見やすいのだ。


「これでどうだ?」


「うん、良い感じ。良い感じ」


「マスターナイトでも調整ができるようにしておく。投影位置をイメージするなり、文字列をするなりしてみてほしい」


 俺は言われるままに、視界の左上にあるステータス表示に指を添えて動かした。


「おお、動いた」


 これならあとはピンチで拡縮、フリックで消去と、勝手知ったるなんとやらだ。


「しかし……バイタルサインはともかく筋力や知力までほんとに数値化されてるよ」


 ちなみに俺……というか、マキシマム・サークの現時点での能力値は、


 筋力 97

 知力 28+

 瞬発 89

 持久 95


 という見事なまでの ”脳筋ビルド” だ。

 瞬発が敏捷性で、持久がスタミナなのは間違いないだろう。

 耐久という項目はないみたいだ。

 人体の耐久力というも変な話なのかな?

 信仰(心)もないけど、まあこれは当たり前か。

 生命力ヒットポイント は、バイタルサインを見ればいいわけだ。


「しかし……筋力や瞬発力はともかく、知能テストもしてないの知力まで計測できるのかい?」


 知力の28という数値に、なんともやるせない思いで訊ねた。


「脳細胞のメティス・ニューロンの数を測定すれば、ほぼ正確な知能が分かるのだ。マスターナイトの脳細胞は平均的なヒューマンに比べていささか未発達のようだな」


「……まあ、否定はできない」


 俺の中にあるマキシマムの記憶では、彼が勉学に励んでいたシーンは絶無に近い。

 幼少期に基本的な読み書き計算を習ったあとは、ひたすらに武芸の稽古に明け暮れていた。

 人格的にどうであれマキシマムは生まれながらの戦士であり、一般的な人間よりも野生に近い存在だった。

 彼が帝都の騎士士官学校を一年余りで放校になったのも、無理のないことだろう。

 むしろ、よくぞ一年も持ったというべきだ。


「この28の横についてる ”+” ってなに?」


「それは瀬名岳斗の分だ。マスターナイトの場合はふたりの知能を合わせて最終的な知力を導き出せるが、そこまではわたしの生体走査バイオスキャンでも計測できない」


「……なるほど」


 潜在的なのびしろがあるかも……ってことか。

 でも俺の知能だの知識だのじゃ、あんまり期待できないよなぁ。


 そして生命兆候、能力値の次に、


・筋肉量

・体脂肪量

・骨密度

・毛髪量(毛髪量!?!?)


 といった、まるでヘルスメーターのような項目があって、その最後に、


・体内水分量


 ……が、あった。


「……ディーヴァ、これパーセンテージで出せる? 直接の水分量じゃなく」


「これでいいか?」


「ありがとう」


 57.254%


 人間の身体は確か、六〇パーセントが水分だったはず。

 そのうち二〇パーセントを失えば死ぬんだっけか。


 マキシマムは全身鋼のような筋肉で、体脂肪率は五パーセント以下。

 筋肉には水分を貯める働きもあるから、普通の人よりも水分量は多い……のかな?

 体感温度が低いのに体温が高めなのも、筋肉質で代謝が活発なせいだろうか。


(あるいは……脱水による熱中症が出始めているのか)


 どっちにしろ現在のところは、これが最重要ステータスだ。


「ディーヴァ、気温と湿度も表示して」


「イエス、マスターナイト」


 すぐにこの周囲の温度と湿度が表示された。

 外気温は一〇℃。

 湿度はなんと〇パーセントだ。


「湿度〇パーセントなんて、まるで砂漠じゃないか」


「気温の低さから、むしろ何かの保管庫のようだ」


 ディーヴァの意見は違った。


「何かって……なに?」


「データ不足で推論しか導けないが、この環境はわたしが創造されたラボに類似している。起動前の量子オートマタの保管には、湿度が低いほど好ましいのだ」


(……なんかミイラみたいだな)


 一瞬、嫌な想像をしてしまった。


「マスターナイト」


「なに?」


「わたしはそのような干涸らびた存在ではない」


 俺の脳内イメージが伝わったのだろう。

 ”接続” というのも、なかなかになかなかだ。


「ごめん」


「マスターナイトに悪意がないことは理解している。だから非難はしていない。否定をしただけだ」


「……ありがと」


 それはそれとして。


「とにかく、とにかくだ! とにかくここから出ないと! 湿度〇パーセントなんて俺の方がミイラになっちゃう!」


「だがどうしようというのだ? 調査の結果このドーム状の空間には出入り口らしい機構は備わっていないようだぞ?」


「出口がないなら作ればいいさ――この壁、壊せないかな」


「すまない、マスターナイト。拡張記憶領域にアクセスが不可能なため材質の分析できない。強度が不明なためその質問には答えられない」


「仕方ないさ」


 すまなげな表情を浮かべたディーヴァに、俺は微笑んだ。


「見るからに硬そうだしなぁ、ハンマーでも落ちてればよかったんだけど」


 そういって俺はコツンと、鏡面のように滑らかな壁を蹴った。


「マスターナイト!」


(しまった!)


 ディーヴァの鋭い声に、すぐに我に帰って後悔する!

 無意識に軽率な行動をとってしまった!

 トラップなどを警戒して、今まで壁には触れないようにしていたのに!


 ……ブウゥゥゥゥン!


 バッ!


 壁の一部が鈍い重低音を立てたのと、ディーヴァが俺をつかんで飛び退すさったのは、ほぼ同時だった。

 視線の先で壁が人間大に割れ、その向こうに果てしなく続く通廊が現れた。


 そして……。


 57.195%


 カウントダウンが始まった。


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