第28話 遙かなる ”帰郷”

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えっ?」


 口から零れる、無意識の感動詞。

 マキシマムの記憶にある眺望との齟齬そごが、俺の思考を停止させた。


 山裾に広がっているはずの風光明媚ふうこうめいびな田園風景は、なかった。

 今の季節、一望できる限りを埋め尽くしているはずの黄金の麦穂も、なかった。

 馬の姿がなかった。

 牛の姿がなかった。


 人の姿が……なかった。


「これがマスターナイトの言っていたタイベリアルなのか?」


 ディーヴァの疑問を残して、俺は駆け出していた。


「マスターナイト!」


(――なにが!? なにが!? なにが!?)


 峠道を転げ落ちるように駆け下りながら、混乱する頭が叫び続ける。

 近づくにつれて明らかになってくる、タイベリアルの惨状。


 山吹色に輝いているはずの麦畑は、焼けた土肌を見せていた。

 穏やかな風を受けているはずの風車は、土台と骨組みを残すのみだった。

 せせらぎの中で回っているはずの水車は、朽ちた姿を細流に沈めていた。


「………………」


 やがて俺の足が止まった。

 領内に入ってみれば何が起こったのかは、一目瞭然だった。

 村々をつなぐ街道は無数の軍靴と蹄によって、激しく踏み荒らされていた。


「……焼かれたな」


 立ちすくむ俺の隣で、ディーヴァが呟いた。


C14炭素14を測定した。この集落は焼かれてから二ヶ月ほど経過している」


 ディーヴァの言葉も遠く、俺は廃墟と化した ”サルタリ” を歩いた。

 そう……ここはサルタリという名の土地……集落だった。

 村というには小さく、五軒ほどの農家が小麦や牛を育てて暮らしていた。

 人口は三〇人に満たないだろう。


 ……その三〇人が集落で一番大きな家の前で、折り重なっていた。


「…………どう……して……」


 骨と化した住人たちを前に、呆然と呟く。


(いったい何が起こったというんだ……なぜ、こんなことに……)


 不意に頭蓋骨の内側でスイッチが入った。


「パトリシア!」


 集落を貫く街道を、全力で北に駆ける。

 領主の城がある ”タイベリアル” に向かって。





 城下街 ”タイベリアル” の様相も、道々目にしてきた村々と変わりがなかった。

 ただ惨状の度合いが集落の規模に比例して、どこよりも大きかっただけだ。


 時も経っただろう。

 雨も降っただろう。

 風も吹いただろう。

 それなのに俺の鼻孔は辺りに漂う濃厚な死臭を、確かに嗅いでいた。


 タイベリアルは……酸鼻を極めていた。


 民家の藁葺き屋根は残らず燃え尽き、焼け焦げた梁と柱が雨ざらしになっている。

 唯一残った石造りの壁もすすに汚れ、無残な姿を晒していた。

 人の気配はない。

 すべてこれまで走り抜けてきた村々と同じだ。


 唯一の違いがあるなら、これまでの村々にあった遺体の柱がないことぐらいだ。

 逃げおおせたのか、連れ去られたのか、それとも……。


 黙然と城を目指す俺のあとを、ディーバは静かについてきた。

 城といっても、そんな大層なものじゃない。

 館というには無骨すぎ、砦と呼ぶには多少洗練されている。

 小城こじろ――と表現するのが、一番適当な建造物だ。


 その小城……タイベリアル城も、やはり焼かれ、荒らされ、略奪されていた。


 打ち破られた城門を潜ると、小規模だが激しい戦いの跡が見て取れた。

 激しくも……一方的な戦いの跡。


 マキシマムはほとんどの郎党を引き連れて、ヒューベルムに遠征していた。

 城に残っていた者はわずかだ。

 襲ってきたのが何者であれ、痕跡を見るに相当な軍勢だったはず。

 防戦は一瞬で虐殺に変わっただろう。


「動体センサー、生体センサー、音響センサーに反応なし。だが――」


 走査スキャン結果を報告したディーヴァが、言葉を続けた。


「こういった入り組んだ空間は走査がしにくい。物陰に潜んで息を殺されれば探知はできないだろう」


 それは彼女一流の気遣いなのだろう。

 城内は何年も打ち捨てられた廃墟ように荒れていて、居館パレスも焼け落ちていた。

 静寂が支配し、人っ子一人、猫の一匹見い出せない。

 留守を任せていた老家令も、パトリシアの姿も……。


「……隠し部屋まで荒らされてる」


「隠し部屋?」


「……マキシマムの父親が蒐集しゅうしゅう品を隠していた部屋だよ。城内でも主立った者しか知らない」


 若かりし頃のマキシマムの父親は諸国を遊歴し、冒険者まがいのことをしていた。

 冒険者といえば聞こえはいいが、要は古代文明の遺跡を荒らすトレジャーハンターのようなものだ。

 持ち帰られた品の大半は売り払われてしまったが、特に気に入った品や、緊急時に売却する品が保管されていた。


「……決して豊かではないタイベリアルでは、そうやってを稼ぐしかなかったんだよ……略奪者が誰かは知らないが、まるで犬のように鼻が利く」


「生存者を捕らえて口を割らせたのかもしれない」


 ディーヴァの意見に、サーク家に長年奉公してくれていた老家令が拷問される光景が浮かんだ。

 そしてパティも……。


 結局タイベリアル城には生存者はもとより銅貨一枚、塩一粒すら残ってなかった。


「……とんだ帰郷になってしまったな」


「……」


 悄然しょうぜんと肩を落とす俺を、ディーヴァは黙って見つめている。

 彼女の明晰な頭脳でも、こういうときに掛ける言葉は見つからないのだろう。


 瀬名岳斗自身には、縁のない場所のはずだった。

 ここで生まれ育った記憶も、ここを出た記憶も、すべて俺が転生したマキシマムの記憶でしかない。

 それでも俺の胸は痛んだ。

 張り裂けそうなくらいに……痛んだ。


 トボトボと廃墟を出ると城門の前に、襤褸ボロをまとった女の子が立っていた。



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