第52話 人形と ”蒼穹の抱擁”

 炎の怪鳥を外れた ”騎士の鎧ナイト・メイル” の腰部は放物線を描き、やがて自由落下に入った。

 速度が増すにつれガタがきていた装甲が剥離はくりしていき、最後には剥き出しになった精核コアが封じられていた冷気を放出しながらバラバラになっていった。

 新たに出現する白雲。


「――どうした、マスターナイト!」


 決定的な機会を逸した俺に、ディーヴァが叫んだ。


「パティが……」


「なに!?」


「パティが見えたんだ……熱いよ……苦しいよ……助けて兄様……って」


 ガンッ! ガンガンッ!


 ディーヴァが正拳で機体上面をドツク。


ほうけるな、マスターナイト! 戦いの最中だぞ!」


「でも、もう精核がない! どうすれば!?」


 最後の一投を外してしまった!


「それを考えるのがマスターナイトだろう! わたしたちはこれまでにもそうしてきたはずだ!」


 脳筋のディーヴァ。

 大食らいのディーヴァ。

 頼もしいディーヴァ。

 可愛いディーヴァ。

 俺の……ディーヴァ。


 清々しいほどに丸投げしてくるディーヴァに、かえって冷静さを取り戻す。

 ああ、そうだ。そのとおりだとも。


 考えろ。考えろ。どうすればいいか考えろ。

 そして答えを見つけ出せ。


 考えて答えを出すには、何が必要だ?

 正しい答えを出すには、何が必要だ?


 正しい答えを出すために必要なもの――それは正しい情報だ。

 そして直感ひらめきが、その情報に俺を導く。


「ディーヴァ」


「どうやら思い付いたようだな」


「君をパージする切り離す


「なんだと!?」


「君をパージする。そして俺は最大速度で奴に突っ込む」


「馬鹿な、そんなことをは容認できない! それでは約束が違う!」


「約束?」


「そうだ! マスターナイトは言った! 自己犠牲サクリファイスはしないと!」


「これは自己犠牲なんかじゃない。奴を止めるために俺たちに唯一残された方法だ。奴を止めて俺たちが生き残るための」


 単独での大気圏突入さえ可能な ”ブリンガー” の ”加速形態ブーステッド・エディション”。

 機体の耐熱温度は、六〇〇〇℃を超える。

 これは俺がいた世界のスペースシャトルの三倍の数値だ。

 奴の炎に耐えられるのは、加速形態の俺だけだ。


「俺が奴の精核を――パティを潰す」


「出来るのか?」


「出来るから君を切り離す。奴を仕留めたら落下する君を回収して地上に帰還する」


「つまりマスターナイトがしくじれば、わたしは死ぬのか」


「そういうことになるね」


「良いだろう! それならば文句はない!」


 俺はうなずいた。

 飛行形態になってはいても、身体の感覚は人間のままだ。


「HUDで常に位置は把握できる――必ず迎えにいくから」


「わかっている。今回は大人しく待っている」


 ディーヴァの ”感情プラグイン” はやはり使用可能になっているのだろう。

 彼女は素直な微笑みで、俺に応えた。


「マスターナイト」


「?」


「思う存分にやれ」


「了解! 五秒後にパージする! 五、四、三、二、一、――パージ!」


「――グッドラック!」


 電磁気力による吸着が解除され、機体身体からディーヴァが切り離された。

 怪鳥に捕捉されないために両手を身体の脇に付けて、弾丸のように高速離脱するディーヴァ。

 彼女に意識を向けさせるわけにはいかない。


「時間がない――決着をつけるぞ、ルシファー・レイス!」


 俺は機首を引き上げると機体を、紅蓮の巨鳥に向けた。

 放たれる炎息ブレスをすんでのところで回避しながら、突入の機会を探る。

 精核の位置は、さっき見えたパティの延長線上だ。

 そこに突っ込む。

 だがパティの幻影が再び現れ、訴えた。


『兄様! 兄様! 苦しいの! 熱いの! 助けて、兄様!』


「パティ……!」


『兄様はどうしていつもパティに意地悪をするの!? 辛い思いをさせるの!?』


「くっ……!」


 怯んだ俺に、怪鳥が炎息を吐く。

 しかもヴェルトマーグを一閃した紫色の光線のような炎だった。

 炎は温度が上がれば上がるほど青みを帯びる。

 紫の温度は一〇〇〇〇℃にも達する。

 加速形態の ”ブリンガー” でも、一瞬で蒸発する温度だ。


(ぐずぐずしてる暇はない! こうしてる間にもディーヴァが落下してるんだ!)


『兄様!』


「パティ……俺は君の兄さんじゃない」


『……え?』


「俺の名前は瀬名せな岳斗がくと。理由はわからないけど、君の兄さんの身体を借りている」


『……セナ……ガクト……』


「ああ、だけど俺は君を妹だと思ってる。君を愛おしいと、抱き締めてあげたいと、優しくしてあげたいと思ってる。本当に、本当に、そう思ってる。でも……」


『……ガクト。それがあなたの名前なの?』


「そうだよ、パティ」


『……………………そう、あなたは兄様じゃないの』


「……ごめん」


『……』


 そしてパティの幻が、両手を広げた。


『……ガクト、わたしはここよ』


「パティ!?」


『さあ、わたしを討って! この鳥を止めるには、それしかない!』


「パティ、どうして!?」


『だって……嬉しかったから。父様と母様が亡くなってから初めて優しくされて……優しい言葉をいってくれて……嬉しかったから』


「……パティ!」


『……出来ることなら、もっと早くあなたに会いたかった』


 それからパティは寂しげに微笑んだ。


『……さようなら、わたしの優しい兄様』


「うおおおおおっ!!!」


 推力最大マキシマム・ブースト


 加速して! 加速して! 加速して! 加速する!

 炎を振り切り、大気を斬り裂き、音の壁をぶち抜いて、パティ目指して突き進む!


「パティイイイイイイィィィィィッッッッ!!!」


 その瞬間――。


 ナノテクギアによって極限まで研ぎ澄まされた知覚が、一瞬を無限にした。


(いいのか? こんな結末で?)


(いいのか? こんなありきたりで?)


(いいのか? このままパティを犠牲にしてしまって?)


(いいのか? このまま彼女を思い出にしてしまって?)


「いいわけ、ないだろうがーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」


 すべてを ”ナイツ・デストロイヤー” に託して!


装鎧アーマード甲鎧形態ナイト・エディション!!!」


 怪鳥の精核に突入する刹那せつな、俺は騎士形態となり、そしてパティを抱き締めた。


◆◇◆


 機械仕掛けの少女は戦闘空域から充分に距離を取ると、身体を広げて減速した。

 パージしたのはかなりの高度だったが、それでも地上に激突するまでの猶予はごくわずかだ。

 少女はカウントダウンを始めかけ、やめた。

 代わりに身体の向きを入れ替え、空を向いた。


(まったく、仕方のない人だな)


 戦いは、すでに終わっていた。

 勝敗は決し、地上に向けて落下を続けている彼女の運命もまた、決まっていた。


(だが、わたしたちは比翼連理ひよくれんり。どちらか一翼では飛べない存在だ。あの人がそれを望むなら、どうしてわたしに否やがあるだろうか)


 少女の見つめる先で、蒼穹の一点が煌めいた。

 見る見る近づくその煌めきに、少女は微笑む。


 彼女の温もり。

 彼女の優しさ。

 彼女の運命。

 彼女の命。

 彼女にすべてを……もたらす者。


 幼い妹を抱いた漆黒の騎士が、少女に向かって手を伸ばす。

 機械仕掛けの少女はその手をつかみ、約束どおり再会ランデブーは果たされた。


「お帰りなさい、マスターナイト」






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瀬名岳斗あなたは、ここから先の未来を選択することができる。


つかの間の安らぎと憩いを求めるなら、

第55話 エピローグ そして始まる物語


さらなる苦難と引き換えに真実を見極めるなら、

第53話 人形と ”恋”


にそれぞれ進め。

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