第51話 人形と ”漆黒の翼”

「…… ”ブリンガー” ……」


 身体中にみなぎる活力に、恍惚と呟いた。

 全身をくまなく覆っているというのに、息苦しさや重さはまったく感じない。

 まるで平服――いや、裸でいるようだ。

 それでいて完璧に守られているという絶対の安心感がある――なんだ、これは!?


「ギアがマスターナイトの感覚野に直結している。無論、必要以上の痛覚ダメージは遮断する上でな。視覚、聴覚、嗅覚も同じだ」


「す、すごい……!」


 としか言いようがない!


 そしてそれ以上に驚異なのが、


「わかる、わかるぞ! この鎧の―― ”ブリンガー” の使い方が戦い方が、手に取るようにわかる!」


 記憶どころか細胞レベルの経験として浮かび上がってくる、ナノテクギアの運用法と戦術!

 この感覚は経験がある!


(同じだ! マキシマム・サークに転生したときと!)


 あの時もマキシマムの知識と経験が、瀬名岳斗と溶け合って融合した。

 同じ現象、同じ理屈なのか?

 どちらにせよ、一度経験したことだ。


 戸惑いは――ない!


魔法マジック……騎士ナイト……」


 そのとき震える指先が、俺の


「アスタ、気がついたんだね」


「マックス……おまえなのか?」


 両腕に抱えていたアスタが意識を取り戻し、指先同様に震える瞳で俺を見ていた。


「驚いたよね。でもどうやらこれが、俺の本当の ”騎士の鎧ナイト・メイル” らしい」


 言葉を失うアスタ。

 状況の激変と現出し続ける驚異に最も動揺してるのは、生粋のハイセリアンであるアスタだ。

 それでも彼女は気丈に、


「下ろしてくれ」


「立てるの?」


「落馬したように身体中が痛むが、大丈夫だ」


 大闘技場の最高所。

 最上段の観客席に張り出された石造りのひさしの上に、ゆっくりとアスタを下ろす。

 よろめいた彼女を、サッと支える。


「……世界は……終わるのか……」


 眼下に広がる惨状を見て、アスタが呟く。

 闘技場は火の海であり、帝都ヴェルトマーグは黒煙に包まれている。

 人々は逃げ惑い、あるいは倒れ、焼かれ、炭化していた。

 地獄を描いたという宗教画そのままの光景だった。


「いや、終わらない。俺が終わらせない」


 決然と言い切った俺から、アスタが離れた。

 痛みをこらえふらつきながらも、自分の足で俺と向き合う。


「わたしは今、目の前で何が起こっているのかすら理解できない。だが事がここまで大きくなってしまった以上、もはや自分の出る幕ではないことはわかる。悔しいが、あとはおまえに――おまえとディーヴァに託すしかないようだ」


「全力を尽くすよ」


 アスタはうなずき、それから急に、凛々しかった表情を崩した。


「死ぬな、マックス! 死んではならんぞ! わたしはもう戦友ともを見送りたくはないんだ! 失いたくないんだ! 絶対に、絶対に嫌なんだ!」


 翠碧色エメラルドの瞳に涙を湛えて、アスタが訴えた。


「うん」


 凛々しいアスタ。

 強いアスタ。

 怖いアスタ。

 優しいアスタ。

 泣き虫な……アスタ。


「アスタはここにいて。ここなら酸欠の心配もない」


「――マスターナイト! 奴が飛ぶぞ!」


 その時ヘルメットに、ディーヴァの警告が響いた。

 振り返ると炎の怪鳥ルシファー・レイスが翼を羽ばたかせて、闘技場から舞い上がった瞬間だった。


 あんな化物を空に逃したら、帝都どころか世界が滅ぶ!


「逃がさん!」


「マックス!」


 俺はアスタの叫びを背中に観客席のひさしから、跳んだ!


装鎧アーマード加速形態ブーステッド・エディション!」


 即座に身体が変態し、全長・全幅約二メートルの高速飛行形態になった。

 そのシルエットは、第六世代戦闘機にそっくりだ。


「ひ、人が鳥になるというのか……」


 炎の海と化した舞台アリーナを超低空でかすめ去れば、海が割れ炎が消し飛ぶ。


「乗れ、ディーヴァ!」


 トンッ!


 小脇に破壊された ”騎士の鎧” の腰部を抱えて、軽やかにに飛び乗るディーヴァ。


「ひゅ~♪ 鮮やか! 艶やか!」


「これぐらい当然だ。そもそもわたしは ”ブリンガー” との共闘を前提に設計デザインされているからな」


 感嘆した俺に、どこか嬉々としたディーヴァの声。


「ブリンガーとの共闘?」


「そうだ。わたしの本来の任務は、あらゆる状況下における ”ブリンガー” の支援バックアップ援護カバー――これでようやく自分の仕事ができる」


 苦笑しながら、俺自身も興奮を抑えきれない。

 少し推力を増せば機体身体は加速し、圧倒的な上昇力でぐんぐんと地上の闘技場を小さくしていく。

 自分の意のままに、心の赴くままに、漆黒の翼はどこまでも蒼穹を駈けていく。

 これで興奮せずにいられるものか。


「ステータスオープン」


 俺は昂ぶりを鎮めるためHUDヘッド・アップ・ディスプレイに、現在の状態ステータスを表示させた。


 ===============

 呼吸 OK

 心拍 OK

 血圧 OK

 体温 OK


 筋力 9700

 知力  28+

 瞬発 8900

 持久 9500


 CONDITION GREEN


 LET'S PARTY!

 ===============


 ――って知力以外、一〇〇倍 ”界王拳” かよ!

 余計に興奮しちゃったじゃないか!


 いや、それよりも――。


 ===========

 nanomachine 5%

 ===========


 こっちの方がもっと驚きだ!

 最後に確認したとき、体内に残っていたナノマシンは三〇パーセントだったはず。

 つまりこの ”ブリンガー” は、わずか二五パーセント。

 長剣ロングソード一振り分のナノコストで顕現化されているのだ。


(なんて効率の良さだ! 信じられない! これだけのギアがこんなに少ないコストでクリエートできるなんて!?)


目標視認ターゲット・イン・サイト!」


 感嘆に喘いだとき、ディーヴァが目標を発見した。

 視界の先に現れた、赤い輝き。


 奴だ! ようやく追いついた!


「くそっ! 鳥のくせになんて速さだ!」


 HUDに表示されているこっちの速度は、時速一〇〇〇キロメートルに達しているのに!


「奴に実体はない! あの膨大な熱エネルギーを運動エネルギーに変換すれば、雑作もないことだ!」


「逃げるつもりか!?」


「いや、どうやら正々堂々、わたしたちと決着をつけるつもりらしい!」


 ディーヴァが言うなり怪鳥が大きく旋回し、鎌首をこっちに向けた。


のくせに殊勝だ!」


 だけど、ありがたい!

 ここでなら、犠牲を気にしないで存分に戦える!


「撃て! 一二.七ミリ量子機銃リボルバーカノン!」


 叫ぶディーヴァに応えて、心の中でトリガーを――引く!

 機体の下面から閃光がほとばしり、真っ赤な二条の火線が青空を斬り裂いて怪鳥に突き刺さる。

 しかし――!


「なんて奴だ!」


 放った光子をまとった銃弾は、すべて奴に触れる前に消失してしまった。

 純粋なエネルギーの総量で、完全に負けている。


「奴はいったいどこからあんなエネルギーを引き出してるんだ!?」


「パトリシアだ! パトリシアを精核コアとして等価交換をしている!」


「!? それじゃパティは!?」


「そうだ! 徐々に変換されて奴のエネルギーにされているのだ!」


「クソ野郎!!!!!!!!!!」


(どうする!? どうする!? どうすればいい!?)


「マスターナイト! 奴のエネルギーを減殺するんだ! そうしなければ精核パトリシアには届かない!」


十八番オハコか!?」


「十八番だ!」


 しかしこの高速下で、奴にぶつけることができるか!?


「マスターナイト!」


「な、なに?」


「ここまで来たら、気合いだ!」


「うはははは!」


 まったくこのは、すっかり人間らしくなっちゃって!


 でも――!


「そのとおりだよ! ここまできたらやるしかない! ――計算を頼む!」


「もう出来ている!」


 命じるや否やHUDに速度・高度・旋回半径などの飛行データが表示された。

 このとおりに飛べばあとはディーヴァが最適のタイミングで投擲して、命中させることができるというわけだ。


「やるぞ、ディーヴァ!」


「イエス、マスターナイト!」


「「一〇〇パーセント、正念場!!!」」


 量子機銃をぶっ放して、”怪鳥ルシファー・ナイト” を挑発。

 しかるのちに反転。

 奴に追尾させる。


 雲を斬り裂き、雲を引く! 

 漆黒の翼が蒼穹に白い軌跡を描く!

 そしてその軌跡を追う、炎の怪鳥!


「いいぞ! 追ってこい! そのまま追ってこい!」


 思惑どおりに誘いに乗って俺たちを追う、奴に叫ぶ。


 きっかり一〇秒後、いよいよその時がきた。


「次の旋回ターンにすべてを懸ける!」


「マスターナイト!」


「なんだ!?」


「これぞまさしく比翼連理ひよくれんりだな!」


 ディーヴァの初めてのジョークを耳に、俺は機体を右に傾けに緩やかに旋回した。

 直線だった引き雲が大きな弧を描き始め、速度が落ちる。

 追ってきた怪鳥が一気に距離を詰め、炎息ブレスの射程に俺たちを捉えられた。

 吹き付けられる業火。


 その瞬間、俺は機体の傾きバンクを直角にした!

 同時に推力最大マキシマム・ブースト

 急旋回で落ちた速度が一気に回復し、さらに加速する!

 怪鳥は首を曲げて炎息を追尾させるが、速度差に追随ついずいできない!

 最接近する、ふたつの翼!


 進路、速度、高度――なにもかもドンピシャ!

 投擲ポイントまで三、二、一!


 その瞬間、見えてしまった――。


『兄様! 兄様! 熱いよ! 苦しいよ! 助けて――兄様、助けて!』


 精神の動揺はダイレクトに機体身体に伝わり、直後にディーヴァが投擲した精核コアの軌道を逸らした。


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