第2話 いきなり ”孤立無援”

「貴様、いったいどういうつもりだっ!」


 ハリスラント領の騎士ロイド・ロウが、俺の胸ぐらサーコートをつかんで壁に押しつけた。

 剥き出しの石壁に甲冑の背当てバックプレートが当り、硬い音を立てる。


 他の三人、


 ソファイア領のアスタロテ・テレシア。

 ペリオ領のボーラン・ゴード。

 ライセン領のカリオン・セダス。


 ――も、大同小異の剣呑な視線を向けている。


 や、やあ、ディプレイだかモニターだかの向こうのみんな、こんにちは。

 タイベリアル領の鬼畜騎士マキシマム・サークこと、瀬名せな岳斗がくとです。

 見てのとおり俺は今、一緒に捨て石……じゃなくて殿しんがりを命じられた四人の騎士に吊し上げを食っているところです……。

 理由は……まあ、わかるよね?


「と、取りあえず、落ち着こうよ……ね?」


 ヒートアップするロイドに両手を挙げホールドアップしながら、弱々しく愛想笑い。

 こめかみから汗が一筋垂れるおまけ付き。


 あれから軍議はさらに続いていたけれど、俺たち若輩者は早々に退室を命じられ、控えの間ここで待機させられていた。

 本来ならこの城の守将として最後まで参加して、撤退する本隊と綿密な連携を図るべきなんだろうけど……司令官や参謀長が俺たちをどう見ているか、この扱いからも推して知るべし。


(俺たちが捕まって作戦計画が漏れることを恐れたんだろうなぁ……トホホだね、まったく)


「答えろ! マキシマム!」


 真面目で熱血漢。

 栗毛色ブルネットの短髪とほぼ同色の瞳。

 美男子といってよい容貌マスク

 ガッシリとしてはいるが均整のとれた体格。

 絵に描いたような勇者――じゃなくて正義の青年騎士であるロイドが、サーコート陣羽織の胸元を握りながらさらに問い詰める。

 俺(の外側)が帝国最強の鬼畜騎士だってことも、今は関係ないらしい。


「いくら頼んだって ”飛竜の翼” はくれないよ。頼むだけ時間と労力の無駄」


「なにっ!?」


「考えてもみなよ。撤退する司令官や参謀長が一番怖いものは何か。空を飛んでくる ”騎士の鎧ナイト・メイル” だよね? 本隊の直援用にいくらあっても足りないのに、捨て石・捨て駒の俺たちにくれるわけがないよ」


 俺は両手を挙げたまま、ナンセンス――といった感じで顔を振った。


 ”騎士の鎧ナイト・メイル


 単に ”鎧” とも呼ぶことの多いそれは、この異世界ハイセリアで発掘される古代の遺物オーパーツ

 全高二メートル超の、遠隔操作が可能な無骨な戦闘人形。

 外見は中世ヨーロッパの板金鎧プレートアーマーにそっくりで、裕福な上級騎士の所有する物にいたっては、単体で空さえ飛ぶ。

 この世界での騎士とは、その ”鎧” を操る者を指す。


「だいたい飛べない ”鎧” はただの ”鎧” だよ。この城に籠もってる限り、敵も放っておいてくれる。”飛竜の翼” がない方が生き残れる可能性が高いよ」


 上級騎士貴族たちが操るのは、飛翔能力を有した翼を持つ天使エンゼル型。

 下級騎士の ”鎧” は、地べたを行進する兵士ソルジャー型。

 ”飛竜の翼” がなければ兵士型が天使型に敵わないのは、この世界の常識だ。

 ただし今回に限っていえば敵の目標は逃げる味方の本隊であり、こちらから仕掛けなければ無視して飛んでいってくれる可能性が高い。

 四人の視線が露骨にうさん臭げなものに変わる。


「手……下ろしていい?」


「勝手にしろ!」


 ホッと息を吐く、内側の小市民な瀬名岳斗。


「それではおまえはこの城に籠もって何もせずに震えているというのか? ふん! とても鬼畜騎士マキシマム・サークの言葉とは思えんな」


 流れるような白金色プラチナブロンドの長髪と、翠碧色エメラルドの瞳。

 唯一の女性騎士アスタロテ・テレシアが、秀麗な顔に露骨に軽蔑の色を浮かべた。

 この人、他の四人の中でも特に俺を嫌ってるんだよね……。


「できるなら、そうしたいところだけどね。でもそれじゃ生きて国に帰れないし」


「生きて国に帰る!? この状況で生きて帰れると思ってるのか!?」


 頓狂とんきょうな声をあげたのは、ボーラン・ゴード。

 元々開けっぴろげな目をさらに円くして、キャラメルの髪を短く刈り込んだ巨漢が呆気に取られている。

 縦にも横にもここにいる誰よりも大柄で、性格も外見と同様大雑把――じゃなくて鷹揚おうような(マキシマム以外には)好漢だった。


「うん、まあ……上手くやれば」


 ポリポリと頬を掻いて呟く。

 帝国最凶と忌み嫌われる鬼畜騎士の仕草としては、かなりエモい(キモい?)。


「「「「……」」」」


 顔を見合わせる、かつての同窓たち。


「その口振りだと何か策があるようだな。話してみろ」


 カリオン・セダスが、再び怜悧な視線を向けた。

 細身でロイド以上のイケメン。

 四人の中ではもっとも冷静沈着な性格だが、切れ長の目と寒色系の青灰ブルーアッシュの髪が合わさり、氷のような印象を受ける。


「まだ漠然としたアイデアなんだけどね……」


 俺は頭に思い描いている ”悪巧み” を説明した。


「馬鹿なっ! 机上の空論だ! そんな作戦が上手くいきっこない!」


 ロイドが真っ先に否定の声を上げた。

 他の三人も似たり寄ったりの顔をしている。

 孤立無援な殿軍の中でさらに孤立無援なのが、俺と言うわけだ。


「そ、そうかな? そうかもしれないね……ははは」


 再び、弱々しく愛想笑い。


「他にいい考えがあるなら聞くよ。俺だってできればこんな不確定要素の多い作戦は採りたくないし……」


 だが他の四人から代案は出てこず……。


「やるなら、すぐに準備に掛からないと……どうする?」


「……何もしなければ、郎党もろともここで討ち死にか」


「……確実にな」


「ううむっ!」


「……」


 ロイド、アスタロテ、ボーラン、カリオン。

 四者四様の苦渋の表情。


「いいだろう。今回ばかりはおまえの策に乗ってやる」


 やがてロイドがとてもとても嫌そうな顔で答えた。

 リーダー格のロイドの言葉に、他の三人も不承不承にうなずく。


「ありがとう」


 礼をいった俺に、四人が呆気にとられる。


「それじゃ、すぐに分担を決めよう。誰かが言ってたけど、こういうときの砂時計の一粒って砂金よりも貴重だからね」


 さて勝利でも幸運でも、女神さまディーヴァが微笑んでくれるといいんだけど。

 一体全体、どうなることやら。


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