第13話 ロリッ娘と ”寿限無”

「つまりマスターはわたしのマスターであるだけでなく、騎士ナイトでもあるわけか」


 一通り俺の説明を聞いたあと、ディーヴァが『……ふむ』とうなずいた。

 小さな形の良い顎に手を当てるという、いかにもな仕草のおまけ付き。


「ま、まあ、そういうことになるかな」


「ではわたしは、マスターの奴隷スレイブというだけでなく、マスターの ”騎士の鎧ナイト・メイル” ということか……」


 正直『食いつくとこそこなの?』……という思いがヒシヒシとする。

 でも精神的成熟を得られない(らしい)ディーヴァにとってアイデンティティーの確立は、きっと大切なことなのだろう。


「取得情報を更新。マスターは主人であるだけなく騎士でもあった。以後マスターの呼称をマスターナイトに変更する」


(……やれやれ。この調子でいったら、そのうち ”寿限無じゅげむ寿限無じゅげむ” だな)


「”寿限無寿限無” とはなんだ? 情報の提供を求める」


 俺と接続しているディーヴァが、貪欲に知識を求めた。


「それは追い追い――それよりも喫緊の問題を片付けよう」


 そう、後回しにしていた問題その1。

 このだだっ広い空間が、いったいどこなのか――だ。


「ディーヴァは二〇〇〇年もここにいたんだろ? この場所について何か知らないか?」


「すまない、マスターナイト。わたしは顕現化するまでの間、この座標から移動するという思考に到らなかった。おそらくはセイフティーが働いて、個を確立する以前に自我に影響を及ぼす事象に遭遇することを避けたのだろう」


「”刷り込み” を避けた……みたいな感じか」


 水鳥の雛が生まれて初めて見た対象を親と思い込む ”刷り込み”。

 ああいうのを避けた感じなのかな。

 本当に良くできている。


「せめてここがどこか判れば……いや、それが判ったところでなんの意味もないのか?」


 この空間があの広大な原生林の地下だと判明したところで、ここから出られるわけではなし。

 いやそもそもこの空間が、あの樹海の地下だとは限らないわけで……。


「マスターナイトに具申する。自位を見失ったのであれば、時間的座標と空間的座標のふたつを確認する必要がある。時間と空間は不可分の概念だ。そうでなければ戻れない」


「……つまり?」


「マスターナイトはこの時空ハイセリアとは別の時空世界から越次元をしてきたと認識している。元の時空世界に戻るのであれば、時間的座標と空間的座標を確認しなければならない」


 ディーヴァは冷静な……無機質とも言っていい声と表情で続ける。


「マスターナイトの目的がこの空間からの脱出だけにあるならその限りではないが、そうでないのであればいずれ必要になるだろう」


「ディーヴァには、今の時間的座標がわかるのかい?」


ノーだ。わたしの拡張記憶領域は予期せぬトラブルよって九八.七五八パーセントがアクセス不能になっている。マスターナイトが教えてくれた ”暦” は、現在わたしがアクセス可能な情報データのなかには確認できなかった」


 人間が文明を築いて生活している以上、ハイセリアにも ”こよみ” は存在する。

 いや、大小無数の国家が群立している現在では、ありすぎると言っていい。

 ハイセリアの住人のほとんどが言語的・文化的な従兄弟いとこ同士であるにも関わらず、利便性など二の次で国家ごとに暦を制定してる。

 マキシマム・サークの記憶にあるだけでも、イゼルマ暦やヒューベルム暦など両手の指の数では足りないほどだ。


(もっとも ”脳筋ビルド” のマキシマムが覚えているのは、自国のイゼルマ暦だけだけどね)


 今年はイゼルマ暦だと一八四年。

 要するに ”神聖イゼルマ帝国" が建国されてから一八四年目ということだ。

 だがディーヴァがアクセスできる記憶領域には、帝国の名もその暦もなかった。


「ただ、この世界がわたしのいた世界と同次元の時間軸だとするなら、わたしが生み出された星暦スターイヤー五六一年をさかのぼること、かなりの過去だろう」


「それはどうして?」


「わたしの母体フレームとなったBDバトリング・ドールは推定で、わたしよりも一〇〇〇世代は遅れているからだ」


(一〇〇〇世代……)


 ディーヴァがBDと呼んでいる ”騎士の鎧ナイト・メイル” の世代交代のサイクルが、何年ぐらいなのかはわからないが、それでも何千年単位にはなるはず。

 同一の時間軸なら、気の遠くなるような未来から来たことになる。

 そしてディーヴァが量子に干渉・操作できることから考えても、彼女を誕生させた文明が、タイムトラベルやタイムリープを実現していることは想像に難くない。


(ディーヴァは何らかの目的があって、この時代世界に送り込まれた?)


「ディーヴァ」


「なんだ、マスターナイト」


「ディーヴァがアクセスできる拡張記憶領域の中で、なんでもいいから参照できるデータはない? 断片的でも、壊れててもいいから」


「……」


 俺の言葉に、ディーヴァはまた考え込むような仕草と表情をした。

 ディーヴァの製造者は、彼女を人間に近い行動体にしたかったのかもしれない。


「”ルシ” ……」


「え?」


「破損しているクラスタに ”ルシ” という文字列がヒットした。意味は不明だ」


「”ルシ”……?」


「マスターナイトには何か心当たりはないか?」


 言われるまでもなく、今度は俺がマキシマムの記憶を検索していた。


 ルシ……ルシ……。


「う~ん、いくつかあるけれど、どれも関連性が薄そうだな……強いて有名どころをあげるとすれば、今のイゼルマ帝国の第二皇子が ”ルシウス” って名前なぐらいか」


 他はやっぱり人名だけど、ほとんどが昔死んだ軍人だったり、遠い親類だったり……。

 それも『前方一致』のみでの話だ。

 俺の頭じゃ『後方一致』での検索まではとてもできない。


「ルシウス――マスターナイト、その人間がいるところにわたしを連れて行け」


「できることならそうしてあげたいけど、そのためにはまずはここから出ないと」


「マスターナイトの意見は論理的だ。早速進発しよう」


(……この娘も意外と脳筋なのかな)


 結局ディーヴァといくら情報の交換&分析をしても、それ以上のことは判明せず、

俺たちはこの空間からの脱出を図ることにした。

 

「十分に気をつけていこう。どんな仕掛けがあるかわからないし、なによりもさっき逃げたヒューベルム兵がどこに潜んでいるかわからない」


「いや、その危惧にはおよばない」


「……え?」


「先ほど逃亡した人間たちの生命活動は、すべて停止している。現在この空間で生存している生命体は、すでにマスターナイトひとりだけだ」


 ディーヴァの言葉の意味を理解して、俺は慄然りつぜんとした。


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