第二章 全裸少女と甲鎧の迷宮

第12話 ロリッ娘と ”質疑応答”

 やあ、ディスプレイやモニターの向こうのみんな、こんにちは。

 相変わらず異世界ハイセリアで悪戦苦闘している、瀬名せな岳斗がくとです。

 うん、君たちに話しかけているのは、つまりは混乱しているということなんだ。

 情報を整理して、分析しなければならない。

 そのためには、誰かと会話するのが効果的なんだよ。

 お願いだから、また俺の話し相手になってくれ――ください。


 というわけで現在抱えてる混乱の要因は、大きく分けてふたつ。


 1.この広大な空間は、どこなのか?

 2.そして目の前にいる、裸の女の子は誰なのか?


 1は取りあえず置いておこう。後回しにした方が効率がいい。


 だから、まずは2だ。

 そう、2こそ今抱えているもっとも重要かつ重大な疑問&問題だ。


 名前は ”ディーヴァ” というらしい。

 外見的には一二~一四才くらいのローティーンだろうか。

 幸いなことに(?)長い黒髪に隠れてよく見えないが、身体のラインにはまだ幼さを残している。

 いわゆるロリッ娘だけど……どうも人間ではないっぽい。

 そして彼女の口から出た、


 有機情報体。

 バトリング・ドール。

 汎用量子オートマトン。


 は、どれも聞いたことがない言葉ばかりだ。


 ……。


 いや、ちょっと待てよ。

 量子オートマトンっていうのは、どこかで聞いたことがあるぞ。

 あれは確か量子コンピューターに関連する用語のひとつじゃなかったか?


「マスターはいったい誰と話をしているのだ? 会話ならわたしとするべきだろう。その方がお互いに情報の欠落を補填ほてんできる」


 腕組みをしてブツブツ言っていると、ディーヴァが髪の毛と同じ色の瞳を向けて、ぐぅの音も出ないツッコミを入れた。


(……そういうときはせめて ”ジト目” になると可愛いよ……)


「ジト目とはなんだ? 情報の提供を求める」


「ね、ねえ、君」


「君ではなくディーヴァだ、マスター。わたしには正式な固有名がある」


「ディ、ディーヴァ」


「なんだ、マスター?」


「ディーヴァは俺の心が読める……んだよね?」


「正確には心ではなく思考だ。イエスだ、マスター。わたしはマスターの思考が読める」


「……やっぱり」


「わたしの母体フレームとなったのは、機能を停止していた旧世代のBDバトリング・ドールだ。このBDはマスターの意識と接続リンクされたままになっていた。だからわたしもマスターの意識と接続している」


「マーサを母体に実体化……いや顕現化したのか」


「そうだ。近くに適当な物質がなかったからな」


「?」


顕現物質化するには莫大なエネルギーが必要なのだ。わたしの身体サイズはSSタイプだが、それでも形を成すには六一〇ミリ口径の量子魚雷フォトン・ピドーの通常弾頭と同程度のエネルギーが必要だった」


 量子魚雷……またまた物騒な単語が。


「それだけのエネルギーはこの周辺には存在していなかった。だから機能を停止したBD――マスターのいうところの ”マーサ” を一度エネルギーに変換して、そこから物質わたしに再変換したのだ」


 エネルギーから物質への変換?

 対消滅からの……対生成?


「マーサにはマスターへの ”想い” が残っていた。”想い” は物質に宿るエネルギーの一種だ。何度変換を繰り返しても残り続ける。結果としてわたしはマスターと接続を保っている」


「それは ”魂” ってこと?」


「その質問には答えられない。わたしには ”想い” と ”魂” を比較するための情報が不足している。トラブルによってわたしの拡張記憶領域は、九八.七五八パーセントにわたってアクセス不能になっている」


「……」


 わかったような……わからないような。

 駄目だ。俺の浅いSFの知識じゃ、やっぱりわからないや。


「と、取りあえず、ディーヴァが俺の心を読めるってことはわかったよ。それでその接続っては切断できるの?」


「可能だ」


「ほっ」


「だが断る」


「えっ?」


 ちょ、なんでそこでそれを言う!?


「今は接続状態の方が情報の収集には有用だ。現状では情報の収集が最優先事項だ」


 ため息を吐くしかない。

 意識というか、感覚のズレが凄まじい。

 これは本当に、少しずつ理解を深めていくしかないようだ。


「ねえ、ディーヴァ。ディーヴァはいったい何者なの? どうしてこんな場所にいるの?」


「わたしはバトリング・ドールの能力も兼ね備えた、最新の汎用量子オートマトン。個体番号コードSY-561-4560189X。個体名 ”ディーヴァ” 。……提供可能な情報は基本記憶領域にあるそれだけだ……それ以外のことはわからない」


 その瞬間、俺の胸に微かな痛みが走った。

 それはディーヴァの痛みだったのだろうか。

 ディーヴァには ”想い” があるという。

 だとすれば過去を思い出せないというのは、ディーヴァのような量子オートマトンでも辛いことなのだろうか。


「知的にはアイデンティティーが必要なのだ。自我エゴだけでは、知的行動体は自分の存在に疑いを持ち始め、やがて崩壊に至る。だからわたしは、わたしの基本情報だけでは顕現化できなかった」


「それって……つまり人間が人間であるという自覚だけでは駄目で、一個人としての存在証明が必要……ってことかな?」


 俺は必死にディーヴァの言葉を反芻し、理解しようと努めた。

 ディーバは、量子オートマトンという自我だけでは駄目ってこと?


「わたしは人の手によって造り出された知的行動体であって、知的生命体ではない。知的生命体が成長の過程において身につける精神的な成熟を、わたしは持ち得ない。わたしには自分を定義する情報が必要だったが、それは拡張記憶領域にありアクセスできなかった。だからわたしは二〇〇〇年の間ずっと待っていた。わたしを何者かにしてくれる存在を」


「二〇〇〇年!?」


「そうだ。わたしがこの空間で自我を目覚めさせてから今日マスターと出会うまで、正確に二〇〇〇年の時間が必要だった」


「……」


「わたしはマスターと出会い、マスターからマスターのスレイブというアイデンティティーを与えられた。これでわたしの精神は崩壊を回避できる」


「……君には最初に女神ゴッデスについて教えてあげるべきだったよ。奴隷スレイブじゃなくね」


 俺は申しわけない思いで、弱々しく微笑んだ。

 二〇〇〇年も待った挙げ句、やっと得られた存在証明が奴隷じゃ、いくらなんでも可哀想だ。


「問題ない。わたしはマスターのスレイブであることに満足している」


「…………ありがとう」


「今度はわたしに情報を提供してもらいたい」


「ああ、俺に答えられることなら」


「わたしにはマスターについての情報が不足している。わたしにマスターについて教えてほしい」


 もう一度今度は小さく息を吐くと、俺は語り始めた。


「俺はマキシマム・タイベリアル・サーク。本当の名を――」


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