第22話 ロリッ娘と ”世界の核心”

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「はぁ、はぁ、はぁ……」


「――マスターナイト、大丈夫か?」


「ああ……問題ない……よ」


 呼吸、心拍、血圧、体温、そして体内水分量、すべて

 だけど言ってもどうにもならないので、問題はない……のと変わらない。


「わたしに嘘を吐いても意味はないぞ……わたしたちは繋がっているのだからな」


 相変わらずの無表情。

 でもその黒い瞳は、気遣わしげに揺れている。


「……わかってるよ、ディーヴァ」


 こめかみに走る鈍痛が、激痛に変わりはじめている。

 そろそろマジでヤバいかもしれない。


「早くここを抜けてしまおう……ここを抜ければきっと水を見つけられるから」


 俺たちは未だに、無数の ”騎士の鎧ナイト・メイル” が隊伍を組む墳墓から抜け出せずにいた。

 人型だけでなく、竜型や巨人型、猛獣型、昆虫型、鳥形、悪魔型と、古典ファンタジーに出てくる魔物は、おおよそ網羅もうらされている。


(王だか皇帝だか知らないけど、この墓の主が生きていたら俺と話が合っただろうなぁ……この光景を見てると、ヒューベルムが見つけたとかいう過去最大級の遺構リメインズの話が真実に思えてくるよ)


 あの噂が、そもそもの発端だった。

 マキシマムの属する神聖イゼルマ帝国は、ライバル国であるヒューベルム諸公連合王国が発見したという超文明の遺構に脅威を感じ、出兵を決意したのだ。

 正直、何千騎もの ”鎧” が眠っているという遺構の話は、眉唾だったのだけれど。


(もしヒューベルムがこの墳墓と似たような遺構を見つけたのだとしたら、イゼルマどころか、ハイセリアの有り様が大きく変わるな……)

 

 無限に群立ぐんりつしているかのような、装甲の従士たち。

 その間を碁盤の目のように整然と区切る通路を、俺とディーヴァは進んでいく。

 いつまた、あの亡霊スピリットたちが襲ってくるとも限らない。

 意識を集中して警戒を怠らないようにはしているけど……。


(正直頭が痛くて、もうそれどころじゃない……)


 すでにバリバリの中度の脱水症だ……。

 このまま水が見つからなければ重度に進行……意識障害に陥るはず……。


 ……俺はただひたすら目の前を行くディーヴァを見つめて、その背中を機械的に追った。



 コツン、


 いつの間にか立ち止まっていたディーヴァに、俺はぶつかっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……?」


「マスターナイト」


 頭ひとつ以上低いディーヴァが、何かを見上げていた。

 その角度からしてかなり高い、あるいは大きな何か……。


「……なんだ、あれは……?」


 戦慄が身体を貫いた。

 霞む視界に飛び込んできたのは巨大な……とてつもなく巨大な……。


「……あれはゲート?」


 それは一〇メートルを優に超える高さの、両開きの門だった。

 大きさといい、表面に施された禍々しい意匠といい、さながら地獄に通じる門―― ”地獄門” だ。

 少なくとも激しい頭痛に苛まれる俺の頭は、そう認識した。

 だがディーヴァの見立ては違った。


ノーだ。似た形状だが違う――あれはコフィンだ」


「…………棺だって……?」


 あれが棺なら、中で眠っているのは魔王クラスのなんかだぞ……。

 だとするなら、すでにしてここは魔界…… ”地獄” ということになる……。


 どちらにせよ……。


「…………ディーヴァ……俺たちはこの世界の真実に辿り着いたのかも……」


 かつて世界に存在した、”顔と名前のない人々オールド・ハイセリアン” たちの文明。

 これまで発見されてきた遺構の中でも、ここはその核心に最も近いものだろう。

 長く滞在する装備と、深く調査する知識と、強い野心さえあれば、世界を支配することもできる。

 この馬鹿でかい棺の中に、その力が眠っている。


 テンプレ無視無視……。

 第一巻の半分くらいでラスボスの前に着いちゃったよ……。


「…………最終決戦には早すぎるな……他の道を探そう……」


 もちろん俺の判断は『回れ右』……。

 生命力ヒットポイント 残り一桁で、そんな無茶はできません……。


「マスターナイト、あれを見ろ!」


 その時、ディーヴァが鋭い声を発した。

 頭痛と吐き気と断続的に痙攣する筋肉に耐えながらゆるゆると、彼女が指差す先に顔を向ける。


 そこにあったのは一体の……むくろだった。


 カサカサに干からび、文字どおりミイラ化した死体。

 あまりにも巨大な棺に意識が行きすぎて、今の今まで気がつかなかった。

 遺骸は棺に向かってまるで祈り、ぬかずくような姿勢で息絶えている。


(……この墳墓を守るために司祭が生入定いきにゅうじょうしたのか、単なる人身御供ひとみごくうか……)


 湿度〇パーセントの環境のせいだろうか。

 身につけている豪奢な衣類には、汚れも劣化もほとんど見られない。

 

C14炭素14の測定完了。あの死体は死後約二年が経過している」


「……二年!? そんなに最近なのか!?」

 

 これはいったい、どういうことだろう……?

 そんな短期間のうちに、俺たち以外にもここを訪れていた人間がいて、しかも死んでいる……。


「……とにかく、調べてみないと……」


「よせ、マスターナイト!」


 よろよろと近づきかけた俺を、ディーヴァが制した。


(……そうか……そうだな……)


 ああいった死体には罠がつきものだ。

 下手に触れてでも目覚めさせたら、今の俺じゃ象の前の蟻よりひ弱だ。


(……駄目だ、頭がまるで働かない……ごく当前の危機管理すらできてない……)


「あの死体については走査スキャンした情報を保存しておく。安全な場所に移動してから分析すればいい」


 ディーヴァが慰めるように言った。


「……うん、そうだね」


「続いて棺の周辺を走査。棺の左右に通路らしきものを確認した」


「…………DEAD or ALIVE……か」


 今の俺の状態では外れを引いても、もう片方を調べには戻れない気がする……。

 すなわち ”生か死” か……だ。

 もちろん、どっちも ”死” の可能性もある……。

 っていうか、そっちの方がずっと高い……。


「マスターナイトは譫妄せんもう状態に陥っている」


 そのとおり……脱水がすぎて、俺は意識障害に陥りつつある……。

 だから……決断しなければならない……。

 俺が……俺自身が……決めなければならない……。


(だって……ディーヴァに決めさせて、もし外れだったら……そんなの……)


 そして、俺は決断した。


「…………ディーヴァ…………に行こう…………」


 その時。

 霞む視界の中で干涸らびた司祭が身を起こし、冥く落ちくぼんだ眼窩がんかをゆっくりと、俺とディーヴァに向けた。


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