第36話 人形と ”笑顔”

「サイモン・ロートレックだ。”騎士の鎧ナイト・メイル” の登録にきた」


「ロートレック、ロートレックと――出身は?」


「セントール」


 帝覧ていらん闘技トーナメントの受付は名簿をめくって、先だって出場者登録した俺のを探した。


「セントールのロートレック、と――これか? 自由騎士、歳は四〇」


「ああ、それだ」


 俺はうなずき、それから背後に立つ ”鎧” をツイと親指で示した。


「相棒の ”ディーヴァ” だ。あいつと出場する」


兵士ソルジャー。色は黒――いや濃緑か。随分と使い込んでるな」


 兵士とは ”騎士の鎧” のタイプのことだ。

 もっとも発掘数が多いポピュラーな型で、下級騎士の所有する ”鎧” のほとんどがこれだ。


「貧乏騎士の悲しさでね。でもこのトーナメントで優勝したら、賞金と褒美で天使エンゼルを買ってみせるさ」


 天使とは主に上級騎士貴族たちが使う ”鎧” で、背中に飛翔用の翼があることからこう呼ばれている。

 口さがない下級騎士からは羨望とやっかみを込めて、 ”翼人ガーゴイル” とも呼ばれている。


「へいへい、せいぜい ”切断” が遅れて自分が昇天しないようにな」


 平民出らしい受付は軽くあしらうと、『次』と俺の後ろの騎士を呼ばわった。

 登録はあっけないくらい簡単に済んだ。


 ”ディーヴァ” は、このまま俺が連れ帰ることになる。

 ”騎士の鎧” は所有する騎士本人が管理するのがしきたりだ。

 試合まで一箇所に集めて保管などしない。


 敗者が『”鎧” に細工をされた!』と騒ぎ立てるのはトーナメントの風物詩だし、運営も管理義務を負うつもりはない。

 実際に妨害工作サボタージュをされる危険もある。

 さらに自慢の逸品が、下賎な騎士たちの ”鎧” と同列に扱わわれるのは、栄えある上級騎士たちが我慢ならない。


 どちらにせよ 、”鎧” を自らの目の届く範囲に置くのは騎士のたしなみであり、これはトーナメントに限ったことではない。

 騎士にとって ”騎士の鎧” は剣であり盾だ。他人に預ける馬鹿はいない。

 だからもし ”鎧” に悪戯をされるようなら、それは持ち主が間抜けなのだ。


「――待て」


 立ち去りかけた俺と ”ディーヴァ” を、受付が呼び止めた。


「おまえの ”鎧” 、やけに静かじゃないか?」


 受付の係官はいぶかしげな顔で、”ディーヴァ” を見た。

 どうやら駆動音がしないことを気がついたらしい。


「そうか? 気のせいだろ」


 途端にギギギッ! と、装甲の擦れる耳障りな音をあげる濃緑の ”騎士の鎧ナイト・メイル”。


「ただガタピシなだけか――予選までに油ぐらい差しておけよ」


「了解~」



「あの担当官、こともあろうにわたしをガタピシと言った。ガタピシとはの同義語だと理解している。最新最良の汎用量子オートマトンであるわたしをと言ったのだ。ゆるせん」


 受付会場から出て人目のない裏路地に入ると、”ディーヴァ” が偽装を解いてディーヴァ少女に戻った。


「それだけディーヴァの演技偽装が上手かったってことさ」


 無表情に憤慨プンスカするディーヴァを、穏やかになだめる。

 無表情ではあるが、決して無感情ではないのが彼女だ。


「マスターナイト、これでトーナメントに出場する手続きは完了したのか?」


「うん。あとは組み合わせをして予選。それから本戦だね。皇帝が観覧する決勝までだいたい一ヶ月くらい続くよ」


「ふむ、その間に並行して例の ”計画” も進めるのだな」


「頼んでおいた物の設計はできた?」


「無論だ。すべてわたしの基本機能に含まれている品だからな。理論も構造も完璧に理解している」


「宿に帰ったら創造クリエートしよう」


 ディーヴァは設計はできても、ナノマシンを使った創造はできない。

 基本記憶力領域に保存されていた唯一のナノマシンは、瀕死の俺を助けるために使ってしまった。

 拡張記憶領域にはまだ複数のアーカイブが保存されているらしいけど、アクセスが出来ない以上いかんともし難い。

 だから今のところはディーヴァが設計を行い、”接続” している俺がそのイメージを共有して顕現化ナノ・クリエートするしかなかった。


「この都は広大だ。全域にわたって火を着けるには、相当数のが必要だろう」


「これからコツコツ創るさ。ディーヴァは人の流れを分析して、一番人が集まるもっとも効果的な場所に仕掛けてくれ」


「了解した」


「細かいところは宿に戻ってから、アスタロテを交えて詰めよう」


「……」


「? どうしたの?」


「わからない……わからないが、あのマスターナイトとあの女が一緒にいるところを見ると、わたしの情緒機能が不安定になる」


 ディーヴァはうつむき、沈んだ口調で呟いた。

 それをヤキモチジェラシーと指摘するのは簡単だろう。

 でも今のディーヴァに、それは意味を成さない言葉だ。


 今このは、少しずつ人としての感情を学んでいる。

 感情プログラムの ”プラグイン” ではない、本物の感情――心を。

 初めて会ったときに彼女の自身が語ったように、ディーヴァにも ”想い” が宿りつつあるのだ。


「俺も同じだよ」


「……同じ?」


「俺もディーヴァが俺以外の男と話をしていると、ムカムカしてくる」


「それは本当か、マスターナイト!?」


「ああ、本当さ」


「それはなぜだ、マスターナイト!?」


「それは……」


「それは!?」


「それは……」


「そ、それは!?」


「それは――こんなムードのない場所で言うことじゃないな、うん」


「ファアァァァッ!?」


 はぐらかした俺に、目を剥くディーヴァ。


「それは欺瞞ぎまんだ、マスターナイト! 卑劣な詐欺的行為と断ぜざるを得ない!」


「ははは、大切な言葉には、それに相応しいき場所。ふさわしい時があるんだよ」


「ムスゥッ」


「ほらほら、そんなにむくれないの。可愛い顔が台無しだよ」


「ならば教えてほしい。こういう場合わたしはどのような反応を返せばいいのだ?」


「そうだな」


 俺は少し考えてから、ニヤリと答えた。


「笑えばいいと思うよ」


「……」


 クワッ!



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