第24話 ロリッ娘と ”決戦の大魔王②”

 それは巨大な甲鎧で模された、異形の魔神だった。


 たくましい上半身。

 強靱な下半身。

 長く太い尾。

 四肢の先に伸びる、鋭いかぎ爪。

 背には蝙蝠のような羽。


 そして、頭。

 ねじくれた太い雄牛の角が生える、哺乳類にも爬虫類にも鳥類にも見えて、見えない頭――異相。


 恐怖という感情を想像力で無理矢理に形作れば、こんな造形になるのではないか。

 悪夢が具現化したら、こんな姿を取るのではないか。


 独特の駆動音が轟き、そこに装甲の擦れる耳障りな音が混じった。

 復活した魔王が棺の両脇に手を掛け、一歩前に踏み出した。


「……これは見るからに……魔王だ……」


 腹の底に響く足音に目眩と吐き気を激しく刺激されながら、呻いた。


 俺にはこの場所が本当に墳墓トゥームなのか、わからない。

 だがもし墳墓だとするなら、ここに葬られているのは人間ではないだろう。

 太古のハイセリアに存在したという ”顔と名前のない人々” とは、人間のではないだろう。


 巨大な装甲の魔神の姿は大いなる畏怖と共に、そのことを直感させた。

 萎えしぼむ戦意。


(……勝てるわけが……ない)


 要するに……俺はほうけた。


 だが、


「ふっ、どうやら少しはになったようだな」


 スチャッ、と俺の横に立った相棒は、俄然やる気を出していた。


「……もしかして、あれとも戦う気?」


「当然だろう。粘菌よりもよほど与し易い相手だ。なにを遠慮する必要がある」


 ディーヴァが怪訝な顔を向けた。


(あら~~、もしかしてワクワクしちゃってる? どこかの戦闘民族みたいに?)


 分かってはいたつもりだったけど……。


「なにか問題があるのか、マスターナイト?」


「いや、外見とのギャップがほんと凄まじいと思って……」


「?」


 バシバシバシッ!


 俺は両手で頬をこれでもかと叩いて、気合いを入れ直した。

 脱水症だろうと、いきなり大魔王だろうと、これが現実だ。

 準備万端、ステータス万全で戦いに臨めるなんてゲームの中だけの話。

 生き残りたければ、”蟷螂の斧で逆転の致命の一撃クリティカル” を狙うしかない。


「マスターナイト、発狂したか!?」


「いんや、正気に戻ったんだ」


 そうだ。

 ディーヴァの言うとおりだ。

 装甲の大魔王の方が、粘菌よりもよほどやりやすい。


 亡霊スピリットとの戦いを思い出せ。

 手こずらされた奴らも、牛人ミノタウルスの甲鎧に憑依した途端に殲滅できたじゃないか。


「ディーヴァ、あの巨体だ。をもらわないように、一当てしてこい!」


「イエス、マスターナイト!」


 次の瞬間にはディーヴァの背中は、視線の遙か先を行っていた。


(冷静に考えれば、あの図体だ。ただの人間相手ならいざ知らず、ディーヴァ相手に対応できるとは思えない)


 全高一〇メートルの甲鎧の魔神は、人間相手なら無敵だろう。

 分厚い装甲と巨体に宿るパワーは、何千何万の軍勢だって蹴散らせるに違いない。

 しかし圧倒的なスピードと攻撃力を兼ねそなえたディーヴァに、それは通じない。

 むしろ最悪の相性だ。


 文字に起こせない雄叫びと共に、魔王のかいなが、急速接近するディーヴァ目掛けて振り下ろされる。

 だか最大戦速の量子オートマトンを捉えるには、その一撃は大きすぎ、鈍すぎた。

 巨大な拳骨が通路を砕いたとき、魔王の眼前には拳を引いた戦姫が跳躍していた。


 眉間に打ち込まれる、必殺の正拳!


(――った!)


 胸奥きょうおうで、戦闘の天才マキシマム・サークの本能が叫んだ。


 あの位置! あの間合い! 本物の魔王だってほふる一撃だ!


 だが――!


 バチッ!


 蒼白い閃光スパークが走り、ディーヴァの華奢な身体は吹き飛ばされていた。


「ディーヴァっ!!?」


 くるくると回転しながら空中で巧みに態勢を整え、着地するディーヴァ。

 ダメージは負っていないようだったが……。


「ディーヴァ、服が!」


 着地したディーヴァは出会ったときと同様に、生まれたままの姿だった。


「ああ、光学投影が掻き消されたようだ」


「い、今のはなんだ?」


斥力せきりょく――いや、電磁気力を利用した防御障壁シールドの一種だろう」


「防御障壁だって!?」


「おそらく瞬間的に接触部の陽子と電子のバランスを崩しているのだ。電子がほんの少しだけ多くなり、わたしを弾き飛ばした」


 それ、どこかで聞いたことがある……。

 人体の電子が一パーセント多くなれば、地球を持ち上げるほどの反発力が生まれとかどうとか……。


「そこまでは多くはないが、あの障壁を無効化しなければ物理的なダメージを与えることはできないだろう」


「ど、どうすればいい!?」


「奴の障壁部の電子量を測定し、わたしも合わせてみる。それでこちらの攻撃は通るはずだ」


「そ、そんなことも出来るわけ……?」


「わたしは最新の汎用オートマトンだぞ、マスターナイト」


 つまり得意分野ってわけね……。

 もはや……慣れた。


「だが測定と計算には多少の時間が掛かる。それに一撃で仕留めなければ、次からはランダムで電子量を変えてくるかもしれない。そうなればもはや対応は不可能だ」


「さすが魔王様だね……図体がデカいだけの鈍チンじゃない」


 だけどあの超電磁バリアーをどうにかしないかぎり、活路は見いだせない。


「やろう、ディーヴァ。しばらく逃げ回って奴の電子量とかを測定した後に――」


 俺が言葉を終わらないうちに、魔神の醜悪な口元に光が集約した。


 さすがラスボス。大魔王。

 防御が硬いだけじゃない。

 それに見合った攻撃力も併せ持っているのが当然で――。


 そして、閃光が網膜を灼いた。


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