第45話 人形と ”運命のプロローグ”

 辻斬つじぎりのような光景だった。

 

 土埃をあげて、最強の ”騎士の鎧ナイト・メイル” が倒れた。

 無残に破壊された四肢からは ”鎧” の血液ともいえる反応剤が噴き零れ、炎天下に灼ける砂利アリーナは、露出した精核コアに触れて真っ白に凍り付いている。


 大闘技場に詰めかけた一〇万余の観客からは、歓声はおろかしわぶきひとつ漏れない。

 ただただ倒れた ”鎧” と、それを見下ろすもう一騎の ”鎧” を見つめていた。

 片や鬼畜騎士マキシマム・サーク亡き後、帝国最強とうたわれる近衛騎士の ”鎧”。

 片や運と偶然だけでトーナメントを勝ち進んできた、無名の放浪騎士の ”鎧”。

 誰も予想しなかったまるで辻斬りにあったような大番狂わせが、闘技場から時間を奪っていた。


 だがそれも永遠ではない。

 直後、怒号のような大歓声が爆発した。

 当然だ。

 オッズは〇.三対一〇〇〇以上。

 小遣銭程度でも一財産になる賭け率だ。

 まして相応の金額をぶち込んでいたら、人生が変わる。


 貧乏人は夢を求めて、はした金を無名騎士に。

 金持ちは投資目的で、大金を最強騎士に。

 歓喜と失望と羨望と怨嗟が、円形闘技場を沸騰させた。


 ジャーンッ! ジャーンッ! ジャーンッ!


 静粛を命じる銅鑼タムタムが打ち鳴らされる。

 それでも熱狂は鎮まらず、皇帝が勝者を称えるセレモニーのために、衛兵は総出で観客を小突き回さなければならなかった。

 暴動に発展しなかったのは帝覧闘技ていらんトーナメントで警備が厳重だったことと、なによりも運がよかったためだ。


◆◇◆


 ”栄光のテラス


 市民の身分ごとに五段に分けられた観客席のうち、最も舞台アリーナに近い貴族席の一画に設けられた勝者を讃えるための空間に、一〇万の観客の視線が注がれていた。


「――見事だ、自由騎士サイモン・ロートレックよ」


 新皇帝ルシウス五世が苦々しげな口調を隠そうともせずに、目の前で跪礼きれいする俺を形ばかりに労う。

 自由騎士とは、領地をもたない流浪の騎士を指していう言葉だ。

 そのような下賎の俺に自身の筆頭騎士が完膚なきまでに敗れ、無残に果てたのだ。

 面白かろうはずがない。


 三〇代半ば。痩身。総髪。

 髪と瞳は黒く、肌も浅黒い。

 彫り深く眼光の鋭い容貌から、猛禽のような印象の男だった。


「望みの褒美を取らせよう。何なりと申してみよ。領地か、宝石か、女か」


 鷲鼻わしばなを向けて、ルシウスが訊ねる。

 眼前で臣下ラファエル・タークの ”頭” を潰されて内心は煮えくり返っているだろうが、辛うじて皇帝としての威厳は保っているようだ。

 自制心を失うまで、もう一押しといったところだろう。


「いえ、そのような大それた物は望みませぬ」


 俺はうやうやしくこうべを垂れたまま答えた。


「では何を望む? まさかおまえのような身分で、何もいらぬとは申すまい」


 不快げだったルシウスの声が、わずかに変化した。

 いささか感興かんきょうを催しようだ。

 領地でも財貨でも肉欲でもなく、このみすぼらしい騎士が望むものとは何なのか――と。


「いえ実につまらないものですが、わたしにも望みはあります」


「聞こう」


「ではおそれながら申し上げます。わたしが望む物、それは――」


 そして。


「それは?」


 ついに。


「――あんたの首ですよ、皇帝陛下」


 その時がきた!


 無作法にも顔を上げると、俺はニヤリと笑った。

 そうだ、この時のために、この瞬間のために、この一言をいうために、俺はここまできたんだ。


「なに?」


「俺が欲しいのはあんたの首です。実に矮小でつまらない望みでしょ? 牛の糞の方がまだ畑の肥料こやしになる」


 くくくっ、と最大限のあざけりこめて俺は笑った。

 息を吸うように他人を見下してきたルシウスが、絶対に耐えられないこと。

 それは俺のような下賎の者から嘲笑されることだ。

 呆気にとられていたルシウスがようやく我に返り、顔面を朱に染める。


「痴れ者が!」


 身辺警護の近衛騎士が抜剣して群がり寄り、赫怒かくどする皇帝と俺の間に割って入る。

 皇帝に拝謁する俺は、当然帯剣を許されていない。


「剣も持たずに、どうやって予の首を取るというのだ? 浮浪の騎士よ」


 俺が重装備の騎士たちに取り囲まれてたのを見て、ルシウスに余裕が戻った。


「武器ならあるさ」


「ふははははっ! あのくたびれた ”鎧” のことか! 後ろを見てみよ、貴様同様、すでに幾重にも囲まれておるわ!」


 振り返らなくても ”接続” している俺には見えていた。

 舞台の中央に立つ濃緑の ”騎士の鎧” が、近衛騎士たちの ”鎧” に取り囲まれている光景が。

 もちろん俺は怯まない。

 なぜなら――。


「あんたの方こそ、よく見てみろ――ディーヴァ、光学偽装解除」


『イエス、マスターナイト』


 無感情なその声が響いた瞬間、イヤリング型の投影機が停止し、ルシウスの前から俺の姿が消えた。

 正確には、サイモン・ロートレックではなくなった。

 一秒前までサイモン・ロートレックがいた場所に立っていたのは――。


「き、貴様は、マキシマム・サーク!」


 驚愕に凍り付く、ルシウス・イゼルマ。


「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極です、陛下」


「これはなんのまやかしだ? なぜ貴様が生きている!?」


 驚きと怒り。

 混乱と憎悪。


 皇帝ルシウスの感情が、嵐の海の小舟のように揺れる。


「説明すると長くなるんで、その質問は却下です。どのみち首になってしまえば関係なくなるでしょ?」


 さらに揺らす。

 自制心のたがが完全に弾け飛ぶまで、さらにルシウスの精神を揺さぶる。


「なにをほざくか! やはりマキシマム・サークはマキシマム・サークよ! 剣の腕ばかりで頭の方は相変わらずからっきしとみえる! この状況でどうやって予の首を取るというのだ!」


「あんたの首を取るのは俺じゃない。彼女だ」


 冷厳に変わった俺の声に、ルシウスはようやく気がついた。

 舞台で取り囲まれていた濃緑の ”鎧” が、いつの間に消えていたことに。

 全高二メートルの無骨な魔導人形がいつの間にか、熱風に黒髪をなびかせる華奢な少女に変わっていたことに。


 さあ、仕上げだ!

 これまでの鬱憤をまとめて吐き出せ!


「やれ、ディーヴァ」


『イエス、マスターナイト』


 そして少女は無双する。

 駆け、跳ね、残像を描いて五〇体を超える ”騎士の鎧魔導人形” の真っ直中に飛び込めば、自分よりも遙かに巨大な ”鎧” たちを次々になで斬りにしていく。

 

「ば、馬鹿なっ!? あんな小娘に!?」


「小娘だって? 陛下、あんたにはあいつがそんな可愛らしいものに見えるのかい? あいつは一〇〇〇世代先の未来からきた最新・最強の ”騎士の鎧ナイト・メイル” 。 騎士を粉砕する戦鬼にして戦場を魅了する戦姫。ナイツ・デストロイヤー、バトリング・ディーヴァだ」


駆逐完了デストロイ・コンプリーテッド


 瞬きの間の盗むように俺の背後に着地した少女が、無表情に告げる。


「さあ、の時間ですよ。皇帝陛下さま」


 そう。俺はこの瞬間のために、ここまできたんだ。


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