第38話 人形と ”怪進撃”

 帝覧ていらん闘技トーナメントでの ”ディーヴァ” の進撃は続いた。

 予選一回戦を思わぬ悪運デビルズ・ラックで突破した彼女は、その後も、


 二回戦。

 対戦相手が一回戦で満身創痍になり、修理も代替騎の用意も間に合わずボロボロの状態で出場。

 リタイアこそしなかったものの、対峙する ”ディーヴァ” に一歩また一歩と近づくごとに分解していき、あと一歩のところであえなくバラバラになってしまった。


 三回戦(最終予選)。

 対戦相手の ”鎧” が一、二回戦の損傷で起動しなくなり、不戦勝。

 騎士本人が生身で出場しようとしたが当然認められず、係員総出で抑えつけられて兵営の外に連れ出された。


 結局相手に触れたのは一回戦の『股間への一撃』だけで、俺たちは本戦への出場を決めてしまった。


 結果だけ聞くと、なんとも間の抜けた印象を受ける。

 だが二回戦・三回戦とも、相手は下級騎士だった。


 予選の組み合わせは上級騎士貴族 vs 下級騎士になるのが暗黙の了解だ。

 これはトーナメントの早い段階で、強者である上級騎士同士が潰し合わないようにとの運営側の判断、そして貴族への忖度そんたくだ。


 飛翔能力を持つ天使エンゼル型と持たない兵士ソルジャー型では戦力差は歴然で、少々の技量差など簡単に覆してしまう。

 ”ディーヴァ” の対戦相手はそれ以前の試合で優勢な上級騎士を撃破、番狂わせと引き換えに ”騎士の鎧” と、その先の勝利の可能性を失ってしまったのだ。


 彼らがこれから新しい ”鎧” を手に入れて、騎士を続けられるかはわからない。

 全てを得るか、失うかオール・オア・ナッシング

 トーナメントは貧しい騎士にとって、伸るか反るかの大ばくち。

 それでも多くの騎士たちが自らの技量と ”鎧” に夢を託して、破れていく。


 敗れた上級騎士も名誉を失い、満足するのはそんな貴族たちを見て溜飲をさげる平民観衆ばかりだった。

 帝覧闘技に限らず闘技とは、名目はどうあれ大衆のガス抜きのために行われるのが常なのである。


◆◇◆


「……ふぅ」


 六つ目の顕現化ナノ・クリエートを終えると、俺はトントンと肩を叩いて一息吐いた。

 ディーヴァがと呼んだ仕掛けが、半ば朽ちた机の上にチョコンと並んでいる。

 ナノマシンを使っての創造は、ヤスリをかけられるように集中力を削られる。

 寝落ちして机に突っ伏したくなければ、適当に休憩を挟むしかない。


 時刻はちょうど、今日が昨日になった頃だろうか。

 ヴェルトマーグ帝都郊外の廃農場は、虫の音の大合唱に囲まれていた。


 ”女神の口づけ亭” は、トーナメントへの出場が決まった直後に引き払った。

 ソバカス顔の女給はチップを弾んでくれる客に逃げられ残念がっていたが、今後を考えれば彼女らのためにも逗留はできない。


 計画が成功すればした、しないならしないで、帝国の詮議は厳しいものになる。

 その際に真っ先に取り調べられるのは宿の人間だ。

 勝ち進むにつれて寝首をかかれる危険も無きにしも非ずで、襲撃を受けた際に巻き込んでしまう可能性だってある。

 早めに身を隠しておくべきだった。


「……夜になると秋らしくなるよね」


 母屋だった廃屋に吹き込んでくる夜風は、肌に心地良かった。

 こよみの上では間もなく晩秋だというのに、今年はどういうわけだか夏が続いているような暑さだった。

 日射しは厳しく連日、石畳に覆われた帝都を灼いている。


「……」


 休憩がてらふとHUDヘッド・アップ・ディスプレイを表示して、最小縮尺でヴェルトマーグの全域図を映し出す。

 帝都に着いて以来昼夜を問わずディーヴァがマッピングしていたので、今では都のほぼすべてが可視化されていた。

 睡眠の必要のない彼女は夜は夜で、部屋に引き上げてからコッソリ抜けだしていたわけだ。


 そのディーヴァを示すシンボルマークが、マップ上を移動している。

 彼女は今、ここにはいない。

 ある任務を帯びて、ヴェルトマーグの夜陰に乗じている最中だった

 彼女の心配をする必要はないので、意識を都の方に集中する。


(……それにしても広いな。急がないと決勝までに間に合わないかもしれない)


 地図上のマーキングをひとつひとつ確認しながら、考え込む。

 点在するマークはディーヴァが調査した、人の流れの特に多い場所だ。

 ヴェルトマーグを満遍なく燃やすには大路や広場、公園、市場などに的を絞ってもかなりの数の仕掛けが必要だった。

 仕掛けは俺が命じれば、ディーヴァを通じて遠隔操作で作動する。

 業火に焼かれたタイベリアルや他の騎士領のことを思えば、容赦は出来ない。

 出来るわけがない。


 仕掛けのナノコストは2(パーセント)。

 構造自体は単純でサイズも小さい。

 ひとつひとつのコストは大したことはないが、数が数だけに塵も積もれば――だ。


(設計自体はディーヴァが、サクサクッと出来るんだけどな)


 頭の中身がスーパーコンピューターどころか量子コンピューターな彼女だ。

 その手の作業はお手のもの。

 だけど自身が理解している構造や機能、理論の品でないと設計イメージは出来ないらしく、現在のところは基本記憶領域にある情報に限られてる。


(拡張記憶領域にアクセス出来ればなぁ、もっと創り出せるかもしれないのに……)


 拡張記憶領域には基本記憶領域とは比較にならない、膨大な情報が保存されているらしい。

 そこにはもしかしたら、自動車や飛行機の情報だってあるかもしれない。

 ディーヴァが思い出せさえすればな。


 そういえば……。

 仕掛けの設計を共有したとき、ディーヴァとこんな会話をしたっけ。


◆◇◆


『ディーヴァの記憶力が羨ましいよ。俺にはこんな簡単な構造も覚えきれない』


『そんなことはない。人間の記憶能力はわたしを遙かに上回って優秀だ。容量も無限で、記憶が消去されることもない』


『無限?』


『イエスだ。ただ人間は忘れるという機能が働くため、


『それって機能なの?』


『無論だ。人間のように情緒を持つ有機情報体にとっては、何よりも重要な機能だ。この機能がなければ何十年も前の記憶に苛まれ続けることになる。マスターナイトが幼少期にした失敗を、一分前の出来事のように思い出せたらどうする?』


『それは……確かにキツイかも。黒歴史が頭から離れないようなものだから。何かのおりに思い出すだけでも辛いのに、その記憶が薄れていかないなんて辛すぎる』


『障害によって ”忘れる” ことができない人間もいる。あるいは必要なときに最適な情報を引き出せるように、記憶を制御する訓練もある』


『障害は嫌だけど、その訓練はいいな。ディーヴァに接続していなくても、複雑な顕現化ナノ・クリエートが出来るようになるかもしれない……』


◆◇◆


 ――まあ仮に思い出せたところで、部品をすべて顕現化して組み立てるだけで何年かかるか。

 組み上げられたとしても、そもそも燃料がないし。


 やっぱり机上の空論だな。

 魔法のように見えても、科学は科学。

 神の御業のようにはいかない。


 俺が子供っぽい夢想から覚めたとき、ギイッ……と廃屋がきしんだ。


 机に立てかけてあった剣を手に取り、立ち上がる。

 壁に空いた穴から外を覗くと、月明かりの下、母屋から出て行くアスタロテの姿が見えた。


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