第9話 いきなり ”鬼畜騎士”

 マーサの鋭敏な聴力集音機能が、接近する複数の足音を捉えた。

 かなり多い。

 ”騎士の鎧ナイト・メイル” の駆動音もある。


 足跡を付けられたか。

 あるいは埋めてきた鎧を見つけられたのかもしれない。

 どちらも斥候スカウト狩人レンジャー出身の兵士がいれば、難しくはない。


「追っ手だ」


「……!?」


 アスタロテの蒼白な顔が恐怖に歪む。


「短剣を貸してくれ! 早く!」


 アスタロテの恐れは騎士として、そして女性として当然の反応だ。

 騎士道精神を発露するなら、ここで短剣を手渡すべきなのだろう。


 でも……。


「呼吸を楽に、身体から力を抜いて洞窟と一体になるんだ。興奮しても恐れても駄目だ。そうすればやり過ごせる」


「マキシマム!」


「俺は良い奴なんかじゃないよ、アスタロテ。だって君に ”望まぬ生” を強制するんだから。だから俺も、せめて君が酷い目に遭わないように全力を尽くす」


 死にたい――とまでは思わなくても、生きたい――とも思わない現実社会は、実際に存在する。

 そういう中で他者が他者に向かって生きることを強制するのは、共感性と想像力の欠如した行為だと思う。

 ましてこれはアスタロテが真実、死を願うほどの過酷な現実状況だ。


 それでも俺は、彼女に死んでほしくはなかった。

 アスタロテに生きてほしかった。

 だから彼女が負うのと同等以上のリスクを、俺も負わなければならない。

 誰かに地獄を生きろというのなら、自分も針の山を歩くべきなのだ。


「アスタロテ・ソファイア・テレシア、最期まで諦めないで」


「マキシマムッ!」


 そうして俺は洞窟を出た。

 背中にアスタロテの悲痛な声が届くが、振り向かない。


「行こうか、赤兎せきと


 格好を付けすぎてしまったので、最高の相棒マーサに照れ隠しに微笑む。

 直後には鬼畜騎士の顔になっていた。


(洞窟に気づかせてはならない)


 必要なのは追っ手の頭から、周辺の探索など吹き飛ばすほどの奮戦インパクト

 全滅させることが出来ればなお良し。

 要するに――。


「ガンガン行こうぜ! マーサ!」


 次の瞬間、俺は剣を手に駈けだしていた。

 苔むしたブナの原生林に溶け込むような濃緑の装甲がすぐさま続き、追い越し、先行する。

 自身の身体と ”騎士の鎧ナイト・メイル” を同時に操っての、単対多の戦い。

 普通の騎士なら絶対に避ける戦いだが、俺の中の鬼畜騎士は燃え盛っていた。

 愉悦にして喜悦。

 まるで危ないクスリをキメたような高揚感が、全身にみなぎっている。

 これこそが異常の騎士マキシマム・サークの望んでいた戦い――戦場だ。


『「ガアアアーーーーーーーッッッッ!!!」』


 突如鬱蒼と生い茂るブナの林間から、雄叫びを上げて二匹の怪物がヒューベルムの追跡隊に襲いかかった。

 奇襲に声を上げるのは素人だが、今回は囮も兼ねている。派手にやるさ。


「オ、オーガ!?」


 重く分厚い段平ブロードソードが、凍り付いた兵士の頭を兜ごと叩き割る。

 常人離れしたマキシマムの膂力に合わせて鍛えられた特注品の前には、一般兵に支給される数打大量生産の兜などブリキ以下だった。


(敵が散開しているうちに、出来るだけ数を減らす!)


 森での捜索は見落としがないように、間隔をあけて行うのが常道セオリーだ。

 驚愕した兵士が呼子よびこを吹き鳴らして周囲の味方に異変を知らせるも、すぐには戦力を集中できないだろう。

 各個撃破の大チャンスだ。


 俺は血刀を振るって、怯えすくむヒューベルム兵をバタバタと斬り倒した。

 マーサも同様に、運悪くこんな原生林の捜索を命じられた兵士たちを薙ぎ払う。


 ひとつの自我でふたつの身体を操る、並行処理マルチタスク能力。

 魔法のような目に見えるチートではないが、マキシマム・サークが最強の騎士と

認められる所以ゆえんだ。


『「鬼畜騎士マキシマム・サーク! これからおまえらを皆殺しにするぞ!」』


 ”鎧” と本体、ふたつの口で、これでもかと叫んでやる。

 怯えろ。狼狽えろ。俺を見ろ。


『ええい! 怯むな! 囲め! 囲め!』


 一〇人ほど斬り伏せたところで、ようやく敵の指揮官が自身の ”鎧” と駆けつけてきた。

 追跡隊は総勢一〇〇人余り。

 ”騎士の鎧ナイト・メイル” は、ちょうど一〇騎。

 兵士の数に比べて ”鎧” の数がやけに多い。

 それだけマキシマムを恐れているのだろう。


『「マキシマム・サーク! おまえだけか? 女騎士が一緒にいたはずだぞ!」』


 指揮官の騎士はいちおう慎重な性格のようだ。

 アスタロテによる奇襲を警戒したのか、訊ねた。


『「知りたけりゃ、俺を殺したあとに腹をみるんだな!」』


『「な、なに!?」』


『「足手まといになったんで昨夜いただいちまったよ! もちろんその前に、あとにな! ハーッハッハ!」』


 俺の言葉の意味を悟り、ヒューベルム兵の表情が凍り付く。


「鬼畜……」


「鬼畜……」


「鬼畜……」


「鬼畜……」


『「こ、殺せっ! 容赦はするなっ! そいつは騎士でもなければ人間でもない! 正真正銘のオーガだ! 八つ裂きにしろ! 一片の血肉も残すな!」』


 恐怖を触媒として、一〇〇人の兵に狂気が伝播した。

 怪鳥けちょうのような絶叫をあげて、ヒューベルム兵が一斉に襲いかかる。

 狂喜の哄笑で迎え撃つ鬼畜騎士。


◆◇◆


 樹間に横溢おういつする狂気が呼び水となったのか、は目覚めた。


 一度として人の目に触れることのないまま、太古の原生林の地底深くに埋もれた超古代文明の残滓ざんし

 ゆっくりと胎動を始めたそれが閃光と共に、人も ”鎧” も、瞬時に己の体内へと連れ去った。


 転移テレポートが終わったとき騎士たちの目の前には、巨大な地下迷宮が広がっていた。


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