第42話 人形と ”決戦前夜”
「……何か手伝えることはない?」
控えの間に戻った俺たちは、第八試合で命を落とした下級騎士の元に
騎士はすでに彼の一党によって、ブースから運び出されていた。
身体に掛けられてた毛布の一部が大量の血を吸って、重く濡れていた。
周囲の上級騎士たちはそしらぬ顔で、俺たちのやり取りを注視している。
従者のひとりが俺とアスタに、頭を振った。
「……彼は、誇り高い騎士だった。残念だ」
それだけを告げると、彼らの元を去った。
「……こんなの酷すぎるっ」
「……ああ」
自分たちのスペースに戻るなり絞り出すように呻いたアスタに、厳しい表情のままうなずく。
そして、こう付け加える。
「あいつは決勝まで来るよ。アスタ」
その言葉に隠された俺の意思を察して、アスタの目がハッと見開かれる。
「マックス……」
「まずは勝ち残ろう」
彼の仇を討つのはそれからだ。
濃緑の装甲に偽装した ”ディーヴァ” は何も言わず、ただ俺とアスタを見下ろしていた。
そして――。
言葉どおり俺たちは、続く二回戦と準決勝を勝ち抜いた。
◆◇◆
「この男が指示を出したのか」
目の前に映し出された顔を見て、アスタの奥歯が鳴った。
隠れ家の廃農場で俺たちは、明日の決勝後の最後の打ち合わせをしていた。
三人が囲む朽ちた机の宙空には、ディーヴァが投影した
「ああ、今日の本戦。お忍びで観覧にきていた――ラファエル・タークを
ラファエル・ターク。
神聖イゼルマ帝国、筆頭近衛騎士。
明日の決勝戦の相手にして、今日の第八試合で、意識を失っていた対戦相手の命を残酷に奪った男。
そのラファエルを焚きつけた張本人こそ、立体画像の男――現皇帝ルシウス五世だった。
「騎士道にもとる行為を! 恥知らずな奴らめ!」
アスタの語気は荒い。
領地を焼かれた彼女に、三〇代半ばの新皇帝への忠誠心はない。
「もう一度この顔を目に焼き付けておいてくれ。明日は成否はこいつに懸かってる」
「わかっている」
やや落ち着きを取り戻して、アスタがうなずいた。
「だが本当に、パトリシアに何も伝えなくてよかったのか?」
「パティはまだ幼い。事前に計画のことを知らされていたら、何かの拍子に漏らしてしまうかもしれない。緊張が顔に出て不審に思われる可能性もある」
明日の決勝戦。
ルシウスがパティを伴って閲覧することは、ディーヴァによる事前偵察で分かっていた。
ここ最近ディーヴァは昼夜を問わず
その際には彼女が設計し俺が
皇城の内情は筒抜けで面識のないアスタも、今は皇帝やパティの顔を覚えていた。
いったいどういう心境からルシウスがパティを側に置いているのかは不明なままだったが、どうやら奴が
奴はパティに指一本触れてはおらず、最悪の事態にはまだ到っていない。
(あくまで、まだだ)
未だ童女のパティが、女になるのを待っているのかもしれないのだ。
だが気になる点もあった。
偵察によると、ルシウスには妃どころか愛妾の類いもいないらしい。
夜も常にひとりで幼女であれ少女であれ大人の女性であれ、寝台を共にさせている様子はない。
そうなると、ますますパティを側に置いている理由がわからなくなる。
単純にパティを助け出すだけなら、とっくの昔に可能だった。
だが、それだけでは駄目なのだ。
それだけでは、アスタやロイドたちの汚名を晴らすことはできない。
俺はパティの安全とアスタたちの名誉を天秤に掛け、ギリギリの妥協をしたのだ。
(ごめん、パティ。必ず助けるからもう少しだけ我慢して)
「ディーヴァ、都の全体図を映してくれ」
俺は心の中でパティに謝ると、次の指示を出した。
ルシウスの顔が消え、代わって帝都ヴェルトマーグの全域図が映し出される。
皇城、大闘技場、複数の逃走経路、落ち合うアジトなどが表示され、ひとつひとつ念入りに確認していく。
「このそこかしこで、明るくなったり暗くなったりしているのが火種なんだな?」
アスタが皇城や闘技場とは別に、ヴェルトマーグ全域で明滅を繰り返すシンボルを見て言った。
「うん」
「わたしには詳しい仕組みはわからないが――これが全部燃えるのだとしたら、都は大変なことになるだろうな。まさしく帝都燃ゆだ」
賛嘆と呆れのない交ぜになった、アスタの表情。
苦心の末に顕在化した一〇〇余りの仕掛けは、本戦の直前に設置が間に合った。
「ほとんどが建物の屋根の仕掛けてある。見つかって外される心配はないよ」
「そう願いたいものだ」
アスタはうなずき、それから俺を見つめた。
「いよいよだな、マックス」
美しい
「ああ、いよいよだ」
「おまえと再会できたことを神に感謝しよう。これでソファイアの無念を晴らすことができる」
「俺の方こそ、君には感謝している。領地を焼き討ちした騎士が分かっているのに、計画を優先して復讐を思い止まってくれた」
「いずれ彼奴の首は必ずあげる。順番が前後しただけで、まずは元凶のルシウスだ」
そして力強く言った。
「共に勝利を、マキシマム・タイベリアル・サーク」
「共に勝利を、アスタロテ・ソファイア・テレシア」
俺も応え、それを最後に打ち合わせは終わった。
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やはり興奮……いや緊張しているのだろう。
虫の音が気になって、なかなか寝付くことができない。
毛布にくるまりながら、寝返りを繰り返す。
外側はハイセリア最強の鬼畜騎士でも、中身はただの小心者。
世界一の大帝国を向こうに回しての大立ち回りを前に、地金が出てしまっている。
「マスターナイト……眠れないのか」
外を見張っていたディーヴァが、声を掛けてきた。
「……うん」
「ならば……少しわたしと話をしてくれないか?」
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