第34話 人形と ”アスタロテ”

「誰だ、この女は?」


 突然現れたディーヴァが氷のような表情で、アスタロテを見下ろしていた。


「ディーヴァ! もう帰ったの!?」


「マスターナイトの生命兆候バイタルサインに異常が見られた。心拍が速まり血圧が上昇した。体温もだ。異変があったと判断し帰還したのだ」


「そ、そう」


「それで、このの女は誰だ?」


 再び氷のような表情でディーヴァが、アスタロテを見下ろした。


「マキシマム、この娘は誰だ?」


 ムッとした様子で、アスタロテもディーヴァを睨む。


「わたしか? わたしはディーヴァ。マスターナイトの唯一にして無二の奴隷スレイブ。その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くして守りあう存在。一心同体、雌雄一対、比翼連理ひよくれんり――それがわたしだ」


 ふふんっ、と誇らしげに宣言するディーヴァ。

 ムンクの ”叫び” となる俺。


「ど、奴隷だと!?」


 見る見る顔を赤らめ、ブルブルと震え出すアスタロテ。


「そうだ。そして付け加えるならマスターナイトのの相手を務める唯一無二の存在でもある」


 ムンクの ”叫び” となる俺。


「せ、生殖行為……だと?」


 アスタロテは一瞬、その言葉の意味が理解できなかったようだ。

 ややあって、いきなり俺の胸ぐらをつかんだ。


「――この鬼畜が! 貴様、こんな年端もいかない娘に何をした!」


「してない! してない! 何もしてない!」


「奴隷にして女の尊厳を踏みにじったのだろうが!」


「踏みにじってない! 踏みにじってない!」


「最初の質問にもどる。の女。おまえは何者だ? なぜマスターナイトと一緒にいる? おまえとマスターナイトの関係性を述べよ」


 名前よりも先に俺との関係を訊ねたのは、そちらの方がさらに重要という合理的な思考ゆえか。

 それとも単に機嫌の悪さを当てつけているだけなのか。


(……は、判断がつかん)


「わ、わたしはこの男の――」


 グッと言葉に詰まってしまう、アスタロテ。

 まあ確かに、一言では説明しにくいわな……。

 しかし続いたアスタロテの言葉は、俺を大いに感動させた。


「わたしはこの男の ”戦友” だ!」


 ガーーーッツ!


 あのアスタロテが、ついに俺を認めてくれた!


「――だがわたしは、おまえが大嫌いだ」


 でもすぐに俺に向き直って、念を押すアスタロテ。

 デレてくれたのは一瞬だった。


「そうか。おまえとマスターナイトの関係は理解した。ならばもう用はない。さっさと立ち去れ、の女。ご機嫌よう、さようなら」


「おまえになくても、わたしにはあるのだ!」


「おまえ、マスターナイトとがしたいのか?」


「「……なっ!!?」」


 絶句する、アスタと……俺。


「だが生憎だったな。すでに言ったとおり、マスターナイトのの相手はわたしの役目だ。おまえの出る幕はない。もしおまえが武力に訴えてでも行為におよぼうとするなら、わたしは持てる全戦力を投入しての徹底的かつ殲滅的かつ壊滅的な阻止行動に出るだろう。素粒子ひとつ残さないレベルで駆逐してやる」


「小娘が! おまえごとき細腕で、このわたしがどうこうできると思っているのか!」


「ちょ、ちょっと、ふたりとも落ち着いて! 味方同士で争ってどうするの!」


「……マスターナイト。まさかとは思うが、マスターナイトまでこの女とにおよびたいとは考えているのではあるまいな? もしそうなら――」


「な、なに? ――マキシマム貴様、やはりわたしをその様な目で見ていたのか!」


「考えてない! 考えてない! 見てない! 見てない!」


「……ちょっとお客さんたち父娘おやこじゃなかったの? どおりでいくら待っても部屋にきてくれないと思ったわ」


 ソバカス顔の女給が俺とディーヴァを交互に眺めて、ドン引きしている。

 ムンクの ”叫び” となる俺。


◆◇◆


『全部まとめてまるっと納得させるから、お願いだから黙って付いてきて!』


 ……と、不信感まるだしのアスタロテをどうにか説得した俺は、宿近くの厩舎きゅうしゃで馬を二頭借りて一時間ばかり駈けた。

 やってきたのは帝都の郊外に広がる森。

 そのまま分け入り、進むことしばし。

 視界が開け、ちょっとした広場が出現した。

 

「ディーヴァ、下りていいよ」


 後ろに乗っていたディーヴァが、シュタッと下馬した。


「ここは……」


 アスタロテは馬に跨がったまま、虚を衝かれた表情を浮かべている。


騎士士官学校の近くだよ。なんとなく雰囲気があるだろ? 放校になる前はよくここで剣の稽古をしてたんだ」


 俺は馬から下りながら、説明した。

 騎士学校はここから、鞭をひと当ての距離にある。


「ここなら人目に付かない」


「それでそんな懐かしの場所に連れてきて、なにをどう納得させてくれるのだ?」


 アスタロテも下馬して、油断のない瞳を俺とディーヴァに向けた。

 俺はひとつ息を吸い、そしてディーヴァの肩に手を置いた。


「アスタロテ、ディーヴァは俺の ”騎士の鎧ナイト・メイル” なんだ」


「なに?」


「ディーヴァはマーサに代わる、俺の新しい ”騎士の鎧” なんだよ」


 眉根を寄せたアスタロテに、もう一度言う。


「なにを馬鹿な。わたしをからかっているのか?」


 アスタロテはややあってから、酷く不快げな顔で俺を睨んだ。


「そんなつまらない冗句ジョークを聞かせるために、わざわざこんな所まで連れてきたのではあるまいな? もしそうなら――」


「君をこんな所に連れてきたのはディーヴァと手合わせをしてもらって、彼女の力を知ってもらいたかったからだよ」


 言葉を重ねられ、アスタロテの顔がますます険しくなる。


「わたしを侮辱しているのか? 冗談も休み休み言え。仮にも騎士であるわたしが、そんな小娘と手合わせなどできるか!」


 ヒュンッ!


 次の瞬間俺の隣から掻き消えたディーヴァが、アスタロテの背後に出現した。


「わたしがその気なら、おまえの生命活動は停止していた」


「……………………なっ」


 背中に当てられた人差し指の感触に、アスタロテが絶句する。


「あの原生林で君と別れたあと、迷い込んだ遺構リメインズで俺たちは出会った。彼女は今の世界ハイセリアに存在するどんな ”鎧” よりも優れた、最強の機械仕掛けの戦姫バトリング・ディーヴァなんだ」



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