第32話 人形と ”無理難題”

 翌朝。

 俺は目覚めると一階の酒場で軽めの朝食を摂り、”女神の口づけ亭” を出た。

 ソバカス顔の女給が恨めしそうな顔をしていたけど、昨夜に限って可愛い娘が眠るすら見せなかったので、本当にごめんなさい。


「それじゃ、頼んだよ」


「任せてくれ、マスターナイト。情報収集と地形偵察もわたしの重要な任務と理解している」


 今日はこれから俺とディーヴァは、別行動を採る。

 それぞれヴェルトマーグに散って、パトリシアの消息を探るのだ。

 同時並行で、帝都の地理も把握する。


 ディーヴァのいうところの情報収集と地形偵察なわけだが、彼女の場合だとすべて録画・録音で済むし、地理の把握に関してはオートマッピングだ。

 ”接続” している俺はデータリンクで、それらの情報を共有できる。

 いやぁ、チートですなぁ。


「それじゃ、気をつけて行くんだよ」


『以前にもいったと思うがわたしを人間扱いしないでくれ。わたしは――』


『わかってるよ。でも今は俺の娘さんロールプレイ中でしょ? 人間に混じって行動するんだから、お互いに人間と思って行動しないとね』


 頭の中に直接抗議してきたディーヴァを軽くいなす。

 傍から見たら父娘が、宿屋の前でにらみ合っているように見えるだろう。


『……マスターナイトの意見は論理的だ。確かに任務の性格上わたしは人間としての立ち振る舞いを学習する必要がある』


 量子脳で数秒の演算をし終えたあと、ディーヴァが折れた。


『そうそう、”郷に入っては郷に従え” さ』


 ディーバはそれでも ”……ぐぬぬぬ!” 的な顔をしていたが、笑顔で送り出す。

 うん、これぞシングルファーザーの朝の風景だな。


 HUDヘッドアップディスプレイを出して地図を開いてみると、おお! ディーヴァが歩いた場所が着々とマッピングされている。

 彼女の頭の中でもこれから俺が歩いた場所が、歩々ほほ記録されていくだろう。

 もちろんお互いの位置も分かるので、いざというときの合流も容易だ。


「――さて、それじゃお父さんも仕事に行きますか」


 リンクが正常に機能しているのを確認すると、俺も行動を開始した。



 情報収集と地形偵察はひとまずディーヴァに任せて、俺が向かったのは帝覧ていらん闘技トーナメントの受付だった。


 この世界ハイセリアでいうトーナメントとは馬上試合のそれではなく、”騎士の鎧ナイト・メイル” を使った一対一の実戦形式の試合のことだ。

 ここで名を上げることができれば領地を持たない流浪の騎士でも、貴族への仕官や正規軍への任官の芽も出てくる。

 野心を抱える騎士たちにしてみれば、一旗揚げる絶好の機会だ。


 しかしトーナメントで負ければ、なけなしの ”騎士の鎧” を失う可能性もある。

 貧乏騎士に新たな ”鎧” を調達する金があるはずもなく、そうなれば騎士は廃業。

 ハイリスク・ハイリターンな催しだった。

 それでも無名騎士が世に出る千載一遇の好機であり、開催を熱望する草莽そうもうの騎士は多い。


 逆にすでに名誉を得ている上級騎士貴族たちからしてみれば、旨味のない話だった。

 上級騎士が名もない貧乏騎士に敗れたりすれば、家名を汚すことになる。

 だからトーナメントに出場するにしても、たいがいは貴族だけが出場できる試合に限られていた。


 だが――。


 皇帝が主催・観覧する帝覧闘技は別だ。

 参加資格はオープンであり、得られる富と名誉も桁違い。

 皇帝が催す以上、貴族たちも尻込みはできない。

 内心はどうあれ、奮って参加してくる。


 帝覧闘技は、頻繁に開催されるものではない。

 帝室に慶賀があったときに限り、皇帝の意思で開かれる。

 前回は、前皇帝の即位三〇年を祝って催された。

 そしてその優勝者が、鬼畜騎士マキシマム・サークだった。


 次の開催がいつになるかわらない以上、この機会を逃すわけにはいかない。

 なぜなら、

 

(勝者には、皇帝から直々に言葉を賜る栄誉が与えられるのだから――)



 トーナメントの受付は案の定、出場を希望する騎士で鈴なりだった。

 自分の記憶ではないのに、なんだか懐かしい感覚に囚われる。


 騎士士官学校を放校になったあと、マキシマムは亡くなった父親の葬儀もそこそこにマーサを連れて、勇躍帝都に乗り込んだ。

 まだ無名の悪童にすぎなかった若き騎士は、帝覧闘技に出場するや鬼の如き強さで勝ち進み、ついには優勝をさらった。

 この時の決勝の相手が、文武に秀で一〇年にひとりの天才と謳われていた騎士学校時代の同期生だったのは、なにやら因縁じみている。


(……っていうか、すげー美男子だったよな、あいつ)


 それにしても長蛇の列だな。

 並んでいる他の騎士たちも、いい加減れている様子だ。

 なにか問題でも起きてるのだろうか?

 俺は列からヒョイと顔を出して、先頭の様子を覗いた。


「――だから賞金の前借りをしたいと言っている! その金で ”騎士の鎧” を買えば出場できるだろう! なぜこんな簡単な道理がわからないのだ! わたしは必ず優勝するのだから問題はなかろう!」


 前方から轟く怒声に、俺は強い目眩に襲われて立っていられなくなった。

 懐かしさと安堵からくる、激しい目眩。


 列の先頭では美貌の女騎士が、受付係に無理難題をふっかけていた。


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