第7話 いきなり ”大ピンチ”
「――アスタロテ!?」
一か八か、のるかそるかの、決死の敵中突破を敢行中のイゼルマ軍捨て石部隊。
その最後尾を守っていたアスタロテが、自身の ”
苦痛に歪んだ
見れば彼女の ”
「防御陣形! アスタロテを守れ!」
青い ”鎧” がアスタロテとライオネルを背後にかばうと、周囲の味方に命じた。
ロイド・ロウの ”騎士の鎧” ――通称 ”蒼のアルタナ” だ。
ロイド自身もアスタロテをかばい、彼や彼女の従士がさらに壁を作った。
「アスタロテッ!」
「馬鹿な、なぜ戻ってきた!? おまえの役目は先陣を切ることだろう!」
俺の姿を認めたアスタロテが、殴りつけるように言った。
「先頭は敵中を突破したよ。今は ”塩の原野” を目指してひた走ってる」
「そ、そうか……突破できたのか――ぐっ!」
一瞬の安堵が、彼女に激しい苦痛をもたらした。
「……不覚をとった」
アスタロテが苦悶に呻いた。
”鎧” が受けた衝撃は、操者である騎士に
反応速度を最大まで高めているとまるで自分の身体のように操れるが、損傷を受けた際にはその衝撃がまともに跳ね返ってきてしまう。
逆に反応速度を抑えめにしておけば動きは鈍くなる反面、騎士本人にダメージが伝わるまでに
優れた騎士は状況に応じてこの切り替えを、無意識のレベルで最適にやってのけた。
「この混戦だ。無理もないよ」
俺は慰めた。
”鎧” と自分の身体。
両方を操らなければならない騎士にとって、混戦に巻き込まれるのは本意でない。
通常は安全な後方で ”鎧” の操作に専念する。
それも周りを信頼できる従士に守らせたうえで。
それが ”
自分も含めて敵味方が入り乱れるこの状況は、騎士にとって過酷すぎた。
「気休めなどいらぬ……!」
「話し込んでいる暇はないぞ!」
ロイドが苛立ちを隠さない声で怒鳴った。
ヒューベルム兵は凍土に足を取られながらも、徐々に包囲の輪を狭めてきている。
「アスタロテはマーサで運ぶ! ロイドは敵を寄せ付けないでくれ! 全力で走るよ!」
「ま、待ってくれ! ライオネルは置いていけない!」
俺の判断に自分の ”鎧” が含まれていないことを察して、アスタロテが狼狽えた。
「アスタ、ライオネルはもう無理だ。腰部に深い傷を負っている」
死刑宣告をしたのは俺ではなく、幼なじみのロイドだった。
アスタロテのライオネルは左の脇腹から腰に掛けて、大きな被害を受けていた。
この損傷では、もはや下半身が機能していないだろう。
立っているのが不思議なくらいだ。
(……まるで主を守って立ち往生した武蔵坊だよ、おまえ)
「嘘だ、ライオネルはまだ動く! 戦える! 頼むこいつを置いていかないでくれ! わたしには――テレシア家には、この ”鎧” が必要なのだ!」
哀願するアスタロテ。
騎士が騎士たる
”鎧” を失った途端、騎士は騎士でなくなる。
裕福な貴族なら大金を積んで、新たな騎体を買い求めることもできる。
だが俺たちのような下級騎士には不可能な話だ。
領地もせまく、税収なんて微々たるもの。
年々数を減らして価値が青天井になっている ”鎧” を新調するなんて、無理な相談だ。
「アスタ、諦めろ! おまえまで死ぬぞ!」
「ならばわたしのことは捨てていけ! 騎士でいられなくなるなら死んだ方がマシだ!」
「ライオネルは、俺のマーサで運ぶよ」
「「マキシマム!?」」
ロイドとアスタロテが、同時に瞳を見開いた。
周りにいる俺たちの従士もだ。
「マキシマム様」
「いいんだ、モーゼス。ここで言い合いをしてるより、その方がはやい」
俺は
レンジャーロールならぬ、ナイトロールだ。
「……すまぬ」
従士に両脇を抱えられたアスタロテが、顔をうつむかせて謝った。
俺はそれには答えず、指示を出す。
「ロイドは敵の ”鎧” を近づけないで――よし、逃げろ!」
三人の
凍った地面の足を取られていた敵も、すぐそこまで迫っていた。
包囲の輪が閉じられる前に、先行するボーランたちに追いつかなければ――。
だけど、そこまで都合よくは運ばなかった。
「――矢!!!」
次の瞬間には混乱が拡がり、叫んだのが誰だったのかもうわからなかった。
わかったのは
バタバタと射倒させる、俺やアスタロテやロイドの従士たち。
これじゃ射的の的よりもなお酷い!
(駄目だ! このままじゃ全滅する!)
「南へ! 森に逃げ込め!」
そこからは、すべてがあやふやだった。
記憶が曖昧で、断片的な映像しか覚えていない。
とにかく俺たちは先行するボーランやカリオンたちに追いつくのを諦め、”
そして気がついたときには、俺の周りにはマーサとライオネル、そしてアスタロテしかいなかった。
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