本音
「
酒で制御を失ったから、話したいことを話すんだ。
「でも、バイバイしなきゃと思って、
「お別れ会?」
「だって、もう会えないでしょ? 会う理由もないでしょ? それに私は大人で、
私の本音。酒によってダラダラと漏れていく。水が流れていくように、堰き止めるものはなにもない。
「でもね、本当はね、お別れなんかしたくない」
ぎゅっと、また彼のティーシャツを抱きしめる。
「ずっとそばにいたい」
私の願望。
「例え、
本当は独り占めしたい。
でも、それよりも大切にしたい想いがある。
「
このティーシャツだって、両親がいない間はずっと彼が洗っていたのだろう。
「私に甘えていいよ」
振り返りたいけど、自分に自信が持てないから振り返れない。
「こんな私じゃあ無理かもしれないけど、年上だから……もっと、もっと頑張るから。
すると、頭になにかが乗る——
「これはお酒の力なんですかね」
「んん?」
頭に乗っていた顔はなく、今は彼の吐息を首元で感じる。そして後ろから優しく抱きしめられた。
「俺、どうやって人に甘えたらいいのか、わからないんですよね」
「それは、えっと……自分の欲望に忠実になること、かな?」
首を傾げる。こんな回答で良いのだろうか。
「じゃあ、もう十分しほりさんに甘えてますよ」
その意味を示すように、抱きしめる両手に力が入ったのを感じた。
「だから。しほりさんの話だと俺はもう甘えてるから、一緒にはいられませんね」
「イヤですっ」
そんな言葉は聞きたくない。自分で言っておいて矛盾してることはわかってる。だって君を繋ぎ止める為だけの言葉だったから。
でも実際に、彼の生の声で「一緒にはいられない」と聞くと、悲しくて、身を切り裂かれそうな気持ちになる。
声が震えていることに気づき、下唇を強く噛んで、涙が溢れないように堪える。
「ごめん」
「イヤで——」
強く、更に強く抱きしめられた。苦しくなるくらい。
「意地悪を言って、ごめん」
「……え?」
聞き返すと、彼の笑う吐息が首元にかかる。
「これからもちゃんと一緒にいられますよ」
心臓が鳴る。
高鳴る。
聞きたい。次の言葉を聞きたい。
彼は大きく深呼吸をした。何度も。
「これからも一緒に演奏したいですし」
「うん……」
心臓が煩いくらいに鳴る。そのまま胸を突き抜けて、飛び出すんじゃないかと思うくらいに。
「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」
時間が止まったようだった。
耳をくすぐる彼の優しい声。
温かい腕の中。
ずっとこのままでいさせて。
時間よ、どうか止まって。
世界よ、どうか閉じ込めて。
「
「謝ることじゃないでしょ」
私の突然飛び出た言葉に、彼は苦笑した。
「だって、私は——」
そこまで言いかけた時、急にドアが開く。show先生と
「お邪魔させてもらうよ〜!」
「……失礼します」
show先生は両手に酒の瓶を持ち、「ワーイ!」と楽しそうにする。
一方、
「早く離れなさいよッ! 変態年増!」
「というか、なんで
彼女はいつになったら名前で呼んでくれるのかな。
それを受け取った
「妙なことで先生と結託するなよ。お酒に溺れさせるなんて、卑怯だろ」と注意した。
ソファに座り直し、天井を仰ぐ。
すっかり酒が冷めたなぁ、なんて思いながら。
そこに肩がどさっと重くなる。私の肩に
「後で、ちゃんと返事をするから」
耳元でそう言うと微笑み、離れた。show先生を部屋から引きずり出し、どこかへ行ってしまう。
そうだった。
面と向かっていないとはいえ、私は
「高校生に告っちゃったなぁ」
告白の返事が「そばにいたい」だと思っていたけど、違うみたい。
そばにいたいとは願望であって返事ではないから、後でちゃんと答えるよという意味なのだろうか。
「それって、まさか返事は願望の反対?」
現実的には、そばにいられないってこと?
そばにいられない理由なんてあるじゃないか。
「年齢差の壁は、高いなぁ」
好きになってごめんなさいと謝った後、私が言いかけた言葉は——「だって、私は大人で、
心の奥がモヤモヤする。
どうして私に願望を伝えたのだろう。後で返事をするっていう言い方をしたのだろう。
もし私の予想通りなのだとしたら……でも抱きしめてくれたし、一緒にいるって言ってくれた。
そうだ。
彼は「これからもちゃんと一緒にいる」って言ってくれたじゃないか。なのにどうして「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」て言ったの?
「あ〜〜〜〜〜〜〜」
肺に溜まっている空気を吐き出した。
頭の中がゴチャゴチャしてる。もうわからない。考えたくない。
とても疲れた。
少しここで休ませてもらおう。
瞼がゆっくりと落ちた。
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