私の知らない一面
会話をするような雀の鳴き声が、朝の到来を感じさせる。
この家の一階には、レッスン室、トイレ、お風呂など。そして昨夜、家に来た時、
二階には居住スペースがある。私が寝た寝室、
私は一人キッチンにいた。クリーム色を基盤としたシステムキッチンに、レンガ調の壁。
冷蔵庫の中にあった卵でスクランブルエッグを作り、ウインナーときゅうりを添えて、簡単なワンプレートの朝食を作る。大根とじゃがいもを使った味噌汁も作ってみた。
「……スクランブルエッグの洋食と、味噌汁の和食か……合うかな」
正直にいうと、私も料理が得意ではない。それを示唆するように、レパートリーが少ない為、洋食と和食の朝食を作ってしまった。
しかも、簡単過ぎて料理といっていいものか悩むが、なにも作らないよりマシだろう。それに年上の威厳というか、できるというところを示したい。
しかし、どうしても一つ気になることがある。
冷蔵庫やトースター、電子レンジはあるのに、
「なぜ炊飯器はないんだろう」
最大の謎である。
顎を指で摘み、首を大きく捻る。
棚の中に、電子レンジで温めるパックのご飯があったので困りはしなかったが、炊飯器だけ電化製品がないことにしっくりと来ない。
リビングのテーブルにお皿を並べて、席に着く。
「食べてくれるかな」
ドキドキ。心を躍らせながら、膝の上に両手を乗せて待った。だが、待てど暮らせど来る気配はなく、和室から物音すらしない。
なかなか起きてこない
「
声を掛けても、三度戸を叩いても、中からの反応はない。
「開けますよー」ゆっくりと引き込み戸を引いてみると、私が寝る前に見た体勢と変わらない
実は今日の朝、私は目を覚ますと、元の部屋に戻っていた。
寝ぼけて戻ったのなら良いが、恐らく彼に布団まで運んでもらったのだろう。本当に申し訳ない。
「
口にする言葉とは違って、忍び込むように、そっと近づき、声を顰める。
私と違って筋肉のついた腕。この両腕に抱えられたのかもしれないと思うと、急に恥ずかしくなって、邪念を消すように首を大きく横に振った。
私の体重が重かったらどうしよう。今更そんなこと考えたって仕方がないけど。
「
控え目に体を揺さぶってみるが、起きる気配はない。
「朝ご飯、できたよ。起きて〜」
可愛い顔で眠る頬をつついても、ピクリともしない。だんだん湧き上がってくる悪戯心が、私を誘惑する。
「
今ならなんでも言える。こんなに深い眠りについているのなら。
「
名前呼びだなんて、まるで彼女みたい。
自分で言っておいて恥ずかしくなる。照れ隠しのように顔を両手で覆って、顔を左右に振りまくった。誰にも見られないのに私は照れ笑いを隠す。
「うん」
「うひゃああああああ!」
まさかの返事に心臓がキュッとなり、奇声が漏れる。
暫く様子を伺っていると、彼は首を反対に動かした。腕に当たっていた頬が赤くなっている。目はまだ閉じているようだ。
「起きて、ない?」
もう一度頬をつついてみる。
柔らかい。ぷにっと感が気持ち良い。肌がさらさらしていて、テンションが上がる。若いって素晴らしい。若いって罪。
そしてそれは、再び私の悪戯心を刺激した。
「…………起きてない、よね」
よく漫画で新婚夫婦が言うようなセリフが、頭の中に浮かぶ。現実に口にするのは非常に恥ずかしいことだが、まだ彼は眠っている。きっと聞かれはしない。
「朝ご飯にする? 朝シャンにする? それとも、わ・た・し? なんちゃって! ひゃああああッ」
変にテンションが上がって、口に出した直後から照れちゃった。また手で顔を隠す。
「シャワー」
「へいいぃぃ⁉︎」
まさか、また返事があるとは思わなくて、妙な言葉が口から漏れ出る。
恐る恐る顔を覆う手の指を広げて、その隙間から見てみたら、彼は顔を上げて、私を見ていた。
重たそうに開ける瞼。何度も瞬きをして、目を擦る。
「しゃ、シャワー? じゃあ、バスタオルを用意しておくね」
もしかして、今まで言った言葉もちゃんと聞いていたのかもしれない。そう思うと居た堪れなくなって、逃げるように立ち上がろうとした時、
「パンツ」
「ん?」
彼の口から聞くことになるとは思っていなかった単語が耳に入り、くるりと踵を返す。すると口は更に動いた。
「パンツ、いちまい」
「ぱ、パンツ?」
首を傾げる。
「えっと、わかった。じゃあ、パンツも用意しよっか。
辺りを見回すと、木目が綺麗な古びた和箪笥があった。その中にあるのかと思い、黒い引手に手を掛け、引っ張る。
「ぱ、んつ? いちまい?」
彼の戸惑うような声。そして——
「
「は、はい!」
突然の大声に、背筋がピンッと伸びる。引手を引く手を止め、体の横に付けた。
振り返ってみると、顔を真っ赤にして、慌ててこっちに来る
彼はそのまま和箪笥の前に来ると、開き掛けていた引出しをそっと閉じる。
「今の忘れてください」
「今の、て?」
「パンツ……の話」
顔から火が出る思いなのだろうか。横の壁に視線をずらし、ハーフパンツのポケットに手を突っ込んでいる。
「もしかして、寝惚けてた?」
そう訊くと、彼は素直に首を縦に振る。
しっかりしている彼にも、こんな一面があるんだと知ると、ちょっぴり距離を近くに感じた。高校生らしいところを見られて安心したというか、可愛らしいと思う。
いや、可愛すぎる。
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