おとなって理解できない
「オイ、糞爺」
聴き慣れた声。
でも激昂しているように声が低い。駅前の道で〝彼〟とはぐれた時、変な人に絡まれたところを助けてくれた、あの声によく似ている。
視線を下げ、声がした方へ向けると、閉まっていた筈のドアが開いていた。
そこには、殺意を抱いているかのように気色ばんで立つ
一方、
「あ、あれ? もうコンビニに行ってきたの? なんか早くない?」
オロオロするshow先生。先程までの余裕は何処へやら。
「行ってない。つか、しほりさんから手を離せ、糞爺」
「先生に向かって糞爺はないだろ!」
「じゃあ、クズ」
「酷いっ」
show先生は目を合わせようとしない
先生の手が離れた瞬間、私は駆け出した。
「
飛び込むように抱きつく。
「ちょ、しほりさん⁉︎」
「おこらないでっ。先生が暑そうだから脱いだらって言ってくれらの」
私は酔っ払いながらも
「あああああ⁉︎」
すると油を注ぐ形となってしまったようだ。
おかしいな。失敗、失敗。
「どんだけ女に手を出してんだクソが」
言葉が汚い
「あ〜〜〜〜勘違いだよー? お酒で苦しそうにしていたから、ちょっっっっとファスナーを緩めてあげようかなと思っただけで」
両手を合わせて、必死に弁明という嘘を並べていく。その必死さといったら、
そんな時に私は「あ!」と思い出し、
「先生、すごいんだよ? すっごくおとななの!」
「大人?」
「
満面の笑みを浮かべた。純粋に先生の大人っぽさを尊敬する眼差し。
「ちょっと誤解を生むような言い方はしないでおくれよ! しほりぃ!」と悲鳴に似た叫び声の先生を完全に無視する。
すると
「それは大人じゃなくて、クソエロジジイだから尊敬したり、覚えちゃ駄目ですよ?」
「んー?」
小首を傾げる。大人じゃなかったの?
「しほりさんはまずお酒を抜きましょうね」
「はーい」
離そうとする彼の体をガッシリと抱き締めた。
「しほりさん? 俺は糞爺を説教したいんで、水を飲みに行ってもらってもいいですか?」
「うーん」
「そろそろ離してくれません?」
「やーねぇ〜」
「……じゃあ、まずはファスナーを締めましょうか」
力を入れて体を離そうと焦る
仕方がないので、くるりと身を翻し、横に流した後ろ髪を持つ。「ファスナーをつまめないのでお願いします」
不器用な手付きで、彼がファスナーを締めてくれている時、
「ちょっと! 年増!
剥がそうとする
「ヤダ!」
「子供みたいなこと言わないで! 年増!」
「いや!」
「ババア! 離れろ!」
「ババアじゃないもん!」
「『もん』⁉︎ キモいんだけど!」
「離れないもん!」
そんなやりとりを苦笑しながら彼は、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「ファスナーが上がらないから、じっとしてて」
「だってあの子、いじわるを言うんだもん!」
ここに来るまでに散々言われた「年増」。言われて悲しくないわけではない。ずっと我慢していたのだ。大人だから。
しかしお酒で我慢という機能を失い、子供のように言いたいことを口にする。
私と
更に、覗き込んでいたshow先生は、
「布を噛んで上がらない時は、一回下げるといいよ」
と、囁く。
きっと他の人が言ったなら助言と受け取れるのだが、先生が言うと不思議なものでエロを助長させる。
彼の額の青筋が増えた。それをきっかけに堪忍袋の緒が切れる。
「お前ら、出てけッ‼︎‼︎」
「え、あたしも⁉︎」
湊くんはshow先生と
ぽつんとに残される私。瞬きを繰り返しながら、怒りを表す彼を眺めていた。
彼は赤面しながら、自らの黒いティーシャツを脱ぎ、そのまま私の胸元に当てる。
「前、これで隠してて。念の為に」
いつもの敬語は消え、彼は赤面しながら言った。
「
「しほりさん……頼むから匂いは嗅がないで」
彼は耳まで赤くなっていた。
私をソファに座らせると、再びファスナーを締めようと試みる。が、やはり布を噛んでいるようで上がらないらしい。「一旦下げますね」と言うと、ファスナーを思い切り下げた。
「ふわっ!」
背中が空気に触れ、声が漏れる。
「あ、すみません」
「へへへ〜涼しい」火照った体には気持ち良い。
「私ね」
ジーと微かに音を鳴らしながら、ファスナーは上がっていく。
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