曲のイメージ
■ ■ ■
私と
音楽系の学校を卒業したわけではないが、私はフルート奏者として、ピアノ奏者の
特に私は誰かに師事したことはなく、独学と
ちなみに、
フルートは人気が高く、ライバルが多い。ただでさえフルート奏者が音楽の世界で厳しい中、私は仕事をしながら、フルートの演奏活動をしている。
アマチュアであり、独学の私がどこまで音楽の世界で名を残せるか、
私にはフルートくらいしか自信が持てるものはないので、いつか音楽で生活ができたらいいなと思っている。
現在は、秋のコンサートに向けて頑張っている。
『クラシック好きの為のコンサート』をテーマにしている為、有名なものからマイナーなものまで用意してみた。
そして、今から練習する曲は、ロドリーゴの『ある貴紳のための幻想曲 第2楽章エスパニョレータとナポリの騎兵隊のファンファーレ』。
ギターと管楽器のための協奏曲。
初めてこの曲を聴いた時のイメージは
さあ、その希望の光を掴みに行こう。
そう思った時だった。
「しほり」
少しムッとした表情。これは怒られるパターンだ。
「……はい」
「似たようなフレーズを繰り返すでしょ? 同じ吹き方じゃあ、聴いてる方は変化がなくてつまんないよ」
やっぱり、それ言っちゃいます?
「はい、わかってます」
「ピアノも同じリズムなわけよ。こんなに何回も同じメロディがあって、ただ音域が変わっただけじゃあ済まされないでしょうが」
「はい」
ごもっともです。
「イメージ、少し弱いんじゃない?」
「……イメージ、かぁ。大体は決めてるんだよ? ロドリーゴの時代背景から、内紛でつらい思いをしている中、希望の光を……」
「つらい思いって、例えば?」
彼女の追求の眼差しは緩まない。
「えっと、貧困してたらしいから、お腹空いたとか」
「他は?」
「他はー……うーん」
大体のイメージはある。でも、細かいところは決めていない。
言葉に詰まっていると、
「アンタさぁ、本番がもう少し後だからって気を抜かないでよね。生徒みたいに合わせる時間は多くないんだから」
「わかってますよー」
「『アランフェス協奏曲』の方が良かったかなー」とつい呟いてしまい、
「しほり、なにかあった?」
ドキ。
「え、なんで?」
出来る限り平静を装う。だが、
「アンタが悩んでたり、嫌なことがあったら、顔も出るけど、演奏にも出る。素直に出る。誰よりも出る」
「そんなに言わなくても……」
落ち込むから言わないで。
昨日の夜は言わずに、母の小言の話だけでいいや。
「お母さんだよ。いつもいつも彼氏とかいないのか? ていう話。老後の面倒を見なさいよって、勝手に言われちゃってさ。嫌になっちゃう」
「本当にそれだけ?」
「はい」
思わず否定しそうになったが、ぐっと首元まで登ってきた言葉を飲み込む。
「ど、どこでわかったの? その、なにかあったって、気づいたの」
恐る恐る訊いてみると、
「最初のピッチ合わせ」
何度も演奏してきたのだろう。指を動かしたまま、そう言った。
「始めからじゃん」
私はフルートを縦に抱き、
「なにしてんの」
「
「そんな暇ないでしょ?」
「だって、弾いてるからさー」
「あたしはアンタと違って、体を動かしてないと落ち着かないのよ」
「焦ってる?」
「焦り……とは違うね」
彼女はニヤリと笑う。
「アンタの〝本気〟と早く合わせたいだけよ」
上半身を曲の感情に合わせて揺らす。顔の表情も、両腕の力の入れ加減も、曲の構造とフレーズ、そして伝えたい想いを計算して変化する。
彼女のプロとしての顔、それを目の当たりにして少し面食らう。そう言われるとは思わなくて。
こんなプロの演奏家にそう言わせるということは、私の演奏は捨てたものじゃない。そう捉えていいんだよね。
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