それだけで有罪確定です
「あれー変だな。見当たらないぞ」
学校から帰宅して、鍵を開けようと鞄の中をまさぐってみると、いつも入れている場所に鍵がなかった。
試しに他の場所も探ってみたが、どこにも見当たらない。
どうやら家を出る際に鍵を忘れたようだ。困ったことになった。
姉はいつ帰るかわからないし、ここでただ指を咥えて待つのも退屈だ。
両親が共働きだとこういう時、大変な目に遭う。
「参ったな……」
俺は途方に暮れて溜め息を吐く。
「どうかしたんですか先輩?」
そこへ毎度のお約束のように椎名がやって来た。
この女は一日でも俺の家に来ないという選択肢はないのか。
「家の前で突っ立ってなにしてるんです? 中に入らないんですか」
「入りたくても入れないんだよ。鍵を忘れてな」
「へえ、それは災難ですね」
「まったくだよ。昼間は学校でお気に入りのシャーペンを失くしたし、今日は悪いこと続きだ」
「そうですか。実は私も今日はとんでもないことがあったんですよ。オムレツを作ろうと思ったのになぜかいつの間にかスクランブルエッグになっちゃったんです」
「……え、それのどこがとんでもないことなんだ?」
「さあ、共感してあげれば少しは気が紛れるかな、と思って」
言いたいことはわかるがズレている。
「そうだ、家に入れないんなら、よかったら私の鍵使いますか?」
「は?」
なんか急に椎名が意味不明なことを言い出した。
と思ったら、自分の鞄に手を突っ込んで一つの鍵を取り出した。それは俺の家の鍵と全く同じ形をしていた。
「って、なんでお前が俺ん家の鍵を持っているんだよ?」
「前にお姉さんからもらったんですよ。いつでも家に来ていいって言われて」
そう言いながら手にした鍵を鍵穴に差し込む椎名。
「マジかよ。俺になんの断りもなしに。合鍵を渡すなんてまるで同棲するカップルみたいじゃないか」
「えーヤダそんなぁ。同棲カップルだなんて、先輩ってば私のことそんなふうに思ってたんですかー?」
「鍵を渡したのは姉さんだから、カップルがいるとしたらお前と姉さんってことになるな。応援するぞ」
「……なにアホなこと言ってるんですか」
まさに二重の意味でどうせいカップルだ。
リビングに辿り着いた椎名は、呆れ顔で荷物をソファに置く。
「じゃあお前にその気はないんだな?」
「あるわけないじゃないですか。なんでそんな話になるんですか」
「そうか残念だな。せっかく姉さんはお前のこと好きなのに」
「え、それって本当ですか?」
「そうだよ。お前はおかしいと思わなかったのか? 性格はともかく、それなりにルックスがいい姉さんが一人も彼氏がいないなんて」
「そんな……そうとは知らないで私ったら、お姉さんに思わせぶりな態度とっちゃって……」
椎名は本気で深刻そうな顔をして俯く。
どうやら完全に俺の噓を信じ込んだようだ。
「馬鹿だな、嘘に決まってんじゃないか」
「は?」
「お前がどれくらい騙されやすいか試したんだ」
「むっかぁー! なんですかそれ。ちょっと酷いんじゃないですか?」
騙されたことに怒った椎名は、癇癪を起してポカポカと俺の胸を叩き始める。
あまり痛くはない。
「いいじゃねえか。いつもはお前が俺をからかっているんだし」
「だーめ! からかうのは私の役目じゃないと」
なんの拘りがあるんだ。
ギャーギャーと騒ぎ立てる椎名を無視して、自分の寝室で服を着替えることにした。
「ああそうそう、失くすと言えば、ちょっと先輩に訊きたいことがあるんですけど」
部屋の外から椎名が話しかけてきた。
「訊きたいこと?」
「ええ先週、先輩の家にお邪魔した時から私がいつも使っているファンデーションがどっかいっちゃったみたいなんですけど、先輩は見てませんか?」
「いや、見てないな。どこか別の場所で失くしたんじゃないか?」
数日前に掃除したばかりなので、もしここにあるったらすでに発見しているはず。
「私もそう思って目ぼしい場所はあらかた探したんですが見つからなかったんです。後はもう探してないのここだけで」
「つってもなあ、ファンデーションなんて見たことないぞ」
学生服を脱ぎ終えてハンガーにかけようとした時、ふとベッドの脇にある衣服の山に視線が引きつけられた。
そういえば面倒臭いからってこの部分は掃除を後回しにしていたのだ。
しかし椎名が俺の部屋に入ったことなんてほとんどないし、探し物がそこにある可能性などほとんどない。
一応、調べてみようかと思って、一歩近づいたその瞬間。
「おっと!?」
靴下を脱ぎながら歩いたのがいけなかったか、ふいに身体のバランスを崩して、衣服の山を思いっきり踏んづけてしまった。
そして――
バキッ。
足元でなにか不吉な音が聞こえた。
「まさか……」
そんなはずはない。
椎名が滅多に足を踏み入れないこの部屋にあるなんて、どう考えても不自然だ。
これはきっと別のなにかに違いない。例えばCDやBlu-rayのケースとか。
そう自分に言い聞かせながら、俺は恐る恐る服の山を一枚ずつめくっていく。
そして発見したのは案の定、無残に破壊されたファンデーションのケースだった。
「な、なあ椎名。参考までに聞かせて欲しいんだが、そのファンデーションってどんな形なんだ?」
「えーと、そうですねえ。色は黒でフリスビーみたいな円盤型です」
間違いない。
このファンデーションと見事に特徴が一致している。
この部屋に鏡はないけど、恐らく今の俺は顔面蒼白になっているはず。
やってしまった。椎名になんと言って謝ればいいのか。
「せんぱーい、まだ着替え終わらないんですか? 終ったら探すの手伝って欲しいんですけど」
考えるのに夢中になっていると、椎名のせっつく声が聞こえて、慌てて着替えを再開する。
「ああ、すぐ行く。そういえば椎名、俺がいない間にこっそり俺の部屋に入ったことってあるか?」
「……いいえ。ないですねそんなことは」
明らかに不自然な間。
その返事を聞いて、椎名が無断で部屋に出入りしていたことを確信した。
一体、彼女は俺の部屋でなにをしていたのだ――コレがこの部屋にあるということはそういうことだろう。
変なものを見られていなければいいのだが。
「ところでそのファンデーションっていくらくらいしたんだ?」
「凄く高かったですよ。ブランド物ですからね。バイト代貯めて三万くらいで買えました」
「へ、へえ……」
駄目だ、高過ぎる。
勝手に部屋に入ったことを責め立てて、壊したことを有耶無耶に出来れば、とも考えたのだが、さすがに三万という金額は重い。
いっそこのまま何事もなかったフリをして黙っていようか。
いや、いつまでも事実を隠して椎名と接していればいつか必ずボロが出る。
指名手配犯も、いつ捕まるかわからないストレスで早死にする確率が高いと聞く。
「もし誰かが壊したりしてたらどうする?」
「ん、なんでそんなこと訊くんです?」
「いや別に、ちょっと気になっただけ。最近どうでもいいことばかり気にする病気になったんだ」
「そうですか……悪化するようならカウンセリングに行くことをおすすめしますけど……」
椎名がどことなく呆れた声で言う。
「まあもし私が苦労して買ったファンデーショを壊したとしたら、その人はこれまで経験したことのない苦しみを味わうことになるでしょうね」
「そ、そこまですることないんじゃないかなあ。その人もわざとやったんじゃないかもしれないし」
「関係ないですね。私の大事なものを壊した、それだけで有罪確定です」
有無を言わさぬ力強い口調。
これは素直に謝っても許してくれそうにないな。
残された選択肢は一つ。こっそりと椎名にバレないように同じものを買って渡すしかない。
ただ現在の俺の持ち合わせでは三万なんて大金、到底出せない。
バイトするしかないだろうな。
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