そういうとこもだーい好きっ!
Wデート当日、椎名は盛大に遅刻した。
まず、事前に打ち合わせしておいた待ち合わせ場所である駅前の広場に、俺が一番乗りして待つこと十数分、葦原とその彼女はすぐに到着したが、椎名だけは約束の時間を過ぎても一向に現れなかった。
心配になってスマホにメッセージを送ってみると、「支度に手間取っていて今家を出たばかり」だとの返信が来て愕然とした。
「あのバカ、なにしてんだよ……」
自分から彼女役を名乗り出ておいて初っ端からやらかした椎名に、俺は軽く苛立ちを覚えた。
早く来てくれないと葦原達になにを言われるかわかったものではない。
「おーい八神、お前の彼女はいつになったら来るんだよ?」
案の定、背後から不快な笑みを浮かべながら葦原が近づいてきた。
「うるせえなぁ、さっきメッセージ見せただろ。ちょっと遅れてるんだよ」
「ふーん、まあ別にいいけどさあ、今更になってこれまでのことは『全部嘘でした』なんて言うのは勘弁してくれよ」
未だに俺の話が嘘ではないかと疑っているらしい。
今回のWデートも、どうせそれを証明する為に仕組んだのだろう。
「なに言ってんだ。ここまで来てなんでそんな嘘つかなきゃいけないんだよ」
「見栄を張り過ぎて引っ込みがつかなくなったって可能性もあるだろ? まあいいや、どうせあと少し経てば本当かどうかわかるんだから」
「つーかどうでもいいけどさ、いつまで待たせるワケ? こっちは部活とかで忙しい中来てあげたのに何様のつもりだっての!」
と、葦原の後ろでギャルっぽい外見の女子がスマホをいじりながら悪態をつく。
葦原の彼女で名前は確か祐奈と言ったか。苗字は覚えていない
けばけばしい容姿といい、高圧的な態度といい、クラスで女子のトップに立って威張り散らしてそうなタイプだ。
その分、葦原との相性は良さそうだが。
「悪いな、祐奈はテニス部のエースだからお前らとは違って暇じゃないんだよ。あんまり時間を取らせるようだと俺達だけで先に行くからな」
さり気なく彼女自慢を差し挟む。
これから椎名が来るまでこの調子が続くのかと思うと死ぬほどうんざりする。
やっぱり来たのは失敗だったか。
『家を出た』というメッセージを受け取ったのが十分くらい前だから、早ければもう少しで着くはずだが。
「まあいいや、もし八神の彼女が来なくてもデートは続けさせてもらうから、俺達は勝手に楽しんでるから、お前は存分に悔しがってくれ(笑)」
「……おい、冗談もいい加減にしろよ」
流石に今のは笑えない。
お返しに一発殴りつけてやろうかと考えたその直後、遠くから快活な声が聞こえてきた。
「遅くなってごめんなさーい!」
見ると遠くの方から、ようやく到着した椎名が手を振りながらこちらに走り寄ってきた。
――その姿を見て、俺は息を呑んだ。
俺だけではない。
葦原やその彼女、そして道行く人々の多くが、突然現れた美少女に目を奪われていた。
椎名は元々、優れた美貌の持ち主であることは間違いない。だが今日の彼女はフリルを沢山あしらったガーリー系のファッションに身を包み、入念な化粧をしていて、普段の数倍は魅力が増しているように思えた。
「本当にすいません……準備に時間をかけてたら遅れちゃって。ゆうくんの彼女で椎名といいまーす!」
息を切らしながら笑顔で自己紹介する椎名。
家からここまで走って来たせいか、頬がほんのりと紅潮していて、そこがまたなんとも言えない色気を醸している。
葦原とその彼女はと言えば、まさかこんな美少女が来るとは思いもしなかったようで、啞然とした表情で立ち尽くしている。
特に彼女のほうは、どうせ自分より可愛い子は来ないだろう、とたかをくくっていたのか、かなり同様している様子。
「待たせちゃってごめんね、ゆうくん。怒ってる?」
「あ……えっと……」
上目遣いであざとく小首を傾げる椎名に、俺は咄嗟に言葉が出てこない。
どうやら椎名は、俺の呼び名を「ゆうくん」という設定にしているらしい。
和美と付き合っていたこともあって、それまで椎名を異性として意識したことはなかったが、今の彼女は見ているだけで終始ドキドキした。
正直こんな可愛い子は見たことがない。
芸能人でもこれほどの子は、そうそういないんじゃないかと思わせるくらいだ。
そりゃこんなにめかしこんでいれば遅刻するわ。
偽物のデートでここまで本気を出すとは、いやはや恐れ入る。
遅刻したことへの怒りも忘れて、俺は椎名に畏敬の念を覚えた。
「お詫びにゆうくんの好きなことなーんでもしてあげるから、遠慮なく言って?」
「ぶっ!? お、大声でそういうことを言うんじゃない。周りの人が見てるだろ……」
「じゃあ……誰も見ていないところでゆうくんがいつも好きだって言ってるヤツいっぱいしてあ・げ・る……」
「な、馬鹿! 誤解を与えるようなこと言うんじゃねえ!」
「もーゆうくんのえっちぃ。でも仕方ないか。二人きりの時はいつもゆうくんのほうが積極的だもんねえ」
「――ッ!?」
こんな台詞、台本にあったっけ?
葦原達に恋人だと思わせる為の演技なのだろうが、さすがにやり過ぎでは?
ふと周囲から冷たい視線を感じて、辺りを見渡すと全く関係のない通行人が、物凄い形相で俺を睨んでいた。
睨んでいるのは主に男で、その視線には、なぜお前程度の男がこんな美少女に……という嫉妬の意思が明らかに含まれていた。
「も、もういい。怒ってないから大人しくしろ」
「本当に? あはっ、やっぱりゆうくんって優しいねっ。そういうとこもだーい好きっ!」
「――ちょっ!? いきなり抱きつくな!」
あろうことか椎名は、なんのためらいもなく腕を絡めてきた。柔らかい胸の感触がはっきりと伝わってくるほど強く抱きつかれる。
普通、演技でここまでするか? というか椎名って背が低い割に結構あるんだな。
次第に周りからの冷たい視線が殺意のようなものに変化するのを感じる。
まあ仕方ない。傍から見れば俺達のやり取りは完全にバカップルのそれだ。
身の危険を感じた俺は、こっそり椎名に耳打ちして真意を確かめた。
「おい、どういうことだよ椎名。ここまでする必要あったのか?」
「……なに言ってんですか。こうでもしなきゃ怪しまれるでしょ。ホラホラ先輩も私のことギューってして?」
「するか! 同じ学校の奴に見られたらどうすんだ!」
これ以上付き合っていると俺の理性がもたないので、なんとか強引に引き剝がそうとする。
「な、なあ八神……本当にその子がお前の彼女なのか?」
するとそれまで呆然としていた葦原がハッと我に返って疑わし気に訊ねてきた。
「あー……まあ一応」
「正真正銘ゆうくんの彼女ですっ。なんなら今ここでキスでもする?」
「しねーよ!」
こ、コイツ……本当にすることになったらどうするんだ。
羞恥心というものが欠如しているのか。
「と、とにかく、お前が遅刻したせいで予定がだいぶ遅れてるんだから早く電車に乗るぞ!」
「はぁーい」
予定ではこの後、電車に乗って二つの駅をまたいだ所にあるアミューズメントパークに行くことになっている。
遠い場所を選んだのはもちろん、同じ学校の連中に発見されるリスクを減らす為だ。
切符を買い、電車に乗り込む間も、葦原達は未だに現実を受け入れられないのか、探るような目をこちらに向けていた。
椎名は終始ハイテンションで、俺の腕にしがみついたまま、ぴょんぴょん飛び跳ねたりベタベタとスキンシップをとってくる。
「お前なぁ、初っ端からそんなにはしゃいでたら途中でバテるぞ」
「いいのっ、その時はゆうくんに抱っこしてもらうもーん!」
「……あ、あれ? そんな約束してたっけ?」
椎名の演技が迫真過ぎて、本当に恋人同士なのかと錯覚してしまいそうになる。
その後も椎名の進撃は止まらなかった。
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