す、好きだよ……

 一通りアトラクションを回った後、小腹がすいたので、どこか手近なファストフード店で昼食をとることになった。

 遊園地を回る最中も椎名のスキンシップは止まらなったが、店内でもそれは続いた。


「はいゆうくん、アーン♪」

「…………」


 自分で注文したフライドポテトを、俺の口元に押し付けて食べさせようとしてくる椎名。

 恋人同士であることを印象付けたいのだろうが、余程のバカップルでもない限り、こんなこと普通はしないと思う。


「ねえホラホラ、アーンってば」

「しない」

「えーどうしてぇ?」

「どうしてって、見りゃわかんだろ。時と場所をわきまえろよ!」


 そう言って俺は店内を一瞥した。

 そこには何人かの客と、向かいの席に座る葦原とその彼女が、ポカンと口を開けながら俺達のことを凝視しているのが見える。

 お前らがアーンしてどうする。


「でもいつもはしてくれるよね」

「え、いやいつもって……」


 その途端、俺は察した。

 いつもやってることなんだから、ここで食べないのは不自然だよね、と遠回しに言うことで、俺に恥ずかしい思いをさせようという魂胆なのだと。

 どの道、俺に選択肢はないようだ。

 仕方なく俺は、「わ、わかったよ……」と口を開けて、差し出されたフライドポテトを食べる。


「美味しい?」

「ん……まあまあかな」

「あ、ホラ、口にケチャップついてるよ」


 そう言って当然のようにナプキンで俺の口元を拭おうとする。


「ちょ、おまっ! いいよ、自分でやるから!」

「遠慮しなくていいのっ、私がしたくてしてるんだから。ゆうくんの唇は私だけのものなのです」

「……どういう理屈やねん」


 よくそんな恥ずかしい台詞を平気で言えるな。


「じゃあ今度はゆうくんが注文したそのレッドホットチキンを私に食べさせて」

「はあっ!?」


 思わず声が裏返った。

 一体どういう意図があって言っているのだコイツは。


「なに言ってんだ。そんなの出来るわけねえだろ!」

「ゆうくん、私のこと嫌いなの?」

「なんでそうなるんだよ」

「じゃあ好き?」

「え、いや……そんなの訊くまでもないだろ」

「ゆうくんの口から聞きたいの。ねえねえ好き?」


 目元をうるうるさせて、懇願するように見つめてくる椎名。

 コイツ、さては俺をからかっているな。

 そうやって逃げ道を塞ぐことで、俺に恥ずかしい思いをさせようという魂胆のようだ。

 Wデートに行くと言った時点で、こういったことを計画していたのか。

 どうりで虫が良すぎると思った。

 しかしもはや俺に拒否権はない。

 拒否すれば葦原達に俺と椎名の関係がバレる恐れがある。

 こんな衆人環視の中で愛の告白をするのは死ぬほど恥ずかしいが……演技だから別に気にする必要もないか。


「す、好きだよ……」

「~~~~~っ!」


 次の瞬間、椎名は今まで見たことないくらい、にへらぁと頬をゆるめた。

 あ、こいつ完全にからかってやがる。

 余程おかしかったのか、顔を耳まで真っ赤にして、手足をパタパタさせている。


「えへへ、嬉しいっ! 私もだーい好き!」

「うわ!? 馬鹿、いきなり抱きつくなって言ってんだろ!」


 ずいぶんと身体を張った演技だ。

 俺に恥ずかしい思いをさせる為なのだろうが、これでは自分も恥ずかしいのでは?


「ねえもう一回言ってもう一回ッ!」

「言わねーよ。いい加減にしろよお前!」

「えっと……椎名さん?」


 それまで押し黙っていた葦原が突然、口を開いた。


「君はコイツのどこに惚れたの?」

「そーですねえ。私、何ヶ月か前に同級生からいじめを受けてたんですよ。その時に助けてくれたのがゆうくんなんですけど、その時の姿が凄く格好良くて、私のほうから告白して付き合うことになったんです」

「へえ……」


 今の対応は見事だった。

 嘘の中に真実を織り交ぜることで、より話に信憑性を持たせている。


「でもね――」


 と、椎名は前置きをした後で、少し間を置いてからこう続けた。


「実はその前から偶然見かけてなんとなく気になってたんです。素敵な人だなーって。その時は他に彼女がいたからなにもしなかたんですけど、もし別れるようなことがあったら絶対に後悔しないように行動しようって……」


 そう話す椎名の演技は、今言っていることが本当のことだと錯覚してしまいそうなくらい真に迫っていた。

 実際は作り話なのだろうが。

 自慢じゃないが俺の顔面偏差値は並レベルだ。

 それに以前話していたが、椎名は男の好みにうるさい。

 これまで数多くの男子が告白してきたが、彼女のお眼鏡に叶った者は一人としていない。

 助けられる前から気になっていた、などということは万に一つもあり得ない。


「おい八神。いい彼女じゃないか。もっと優しくしてやんねえと愛想つかされるぞ」


 話を聞いた葦原も完全に信じ込んでいる様子で、唐突に椎名の肩を持つような発言を始める。


「別に冷たくしてるわけじゃあ……」

「もっと言ってやってください。この人いくら私が好き好きオーラを出しても一度も気づいてくれなかったんですから」

「そんなオーラ出てたっけ?」


 というか好き好きオーラってなんだよ。

 ネーミングセンスが死んでるぞ。


「というわけで……はい、レッドホットチキン食べさせて?」

「なにが『というわけで』なんだ?」


 しかし問答無用で「アーン」してくるる椎名に最終的に根負けしてしまい、食べさせる羽目になった。

 小動物のように小さな椎名の口が、チキンにかぶりつく姿は非常にドキッとする。


「あー辛い辛い! なんかコレ後からジワジワくるね」


 しかもその後、勝手に俺のコップの水を飲んで辛さを和らげようとする始末。


「オイそれ俺の水……」

「ん? なんです?」

「いや……」


 もう怒る気力も失せた。




 なんとか店内を後にする頃には葦原は完全に信じ込んでいたが、椎名に振り回された俺はもうクタクタだった。

 そんな俺の悩みも尻目に、椎名は相変わらずベタベタとスキンシップをとってきて、煩わしいことこの上ない。

 こんな場面を同じ学校の生徒に見られたらどうなることやら。


「あれぇ、お前八神じゃん。こんなところでなにしてるんだ?」


 そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が背後から発せられた。

 その声は普段、学校でよく耳にするものに酷似していた。

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