どっちが好きですか?

 あれから数日が経ったが、未だに映画の件を椎名に話せていない。

 当然、染井さんにも返事出来ていない。

 いや別に怖気づいたとかそういうわけではないのだ。ただ話すタイミングがなかっただけで……ってこんなこと言っても言い訳にしかならないか。

 そもそも付き合ってない相手にそこまで気を遣うのもおかしな話なのだが。


「おい八神、お前なにボーっとしてるんだよ?」


 考えごとをしていると、横から宇多野に話しかけられた。


「いや別に、ただ考えごとしてただけ」


 放課後、用事があるからちょっと付き合ってくれ、と宇多野にせがまれて二人で駅前の図書館に赴くことになった。

 しかし辿り着いて奴がここに来た目的を知ると、途端に後悔に襲われる。


「それよりおい、見ろよこの巨乳。こんなのどこ探したらいるんだろうな」


 宇多野が手にしているのは、グラビアアイドルの写真集。

 これが今日、彼がここに来たがった理由である。

 好きなアイドルの写真集がいくつか発売されたから、本屋で立ち読みして気に入ったものをネットで注文するつもりらしい。

 こんなしょうもない目的の為に、なぜわざわざ俺まで連れて来たのかが解せない。


「なあ俺まだここにいなきゃダメか? そろそろ晩飯の支度しなきゃいけないんだよ」

「もうちょっと待ってくれ。お前の意見も参考にしておきたいんだよ」

「俺の意見は『そんなくだらないこと自分で決めろ』だよ」


 そんな理由で俺を連れて来たのかと思うと、正直コイツを殴り飛ばしたくなる。


「冷たいこと言うなよ。そのうちお前にも貸してやるからさ」

「いらねえよ」

「あそうか、お前には椎名凛音がいるもんな。いいよな、顔つきは幼いのに胸はグラドル並みのロリ巨乳だもんな」

「おい、変なこと言うんじゃねえ。そもそもアイツとはそんな関係じゃないし」

「でも向こうはお前に気があるような感じじゃね? お前も思い切ってアプローチしてみろよ。上手くやればあの美少女とあんなことやこんなことをするのも夢じゃないぜ」

「適当なこと言いやがって」


 まあ交際相手にルックスだけを求めるなら、椎名は最高の相手かもしれない。問題は中身が少々残念なところか。

 しかし姉も以前、似たようなことを言っていたが、実際に椎名は俺のことをどう思っているのだろうか。

 友達以上恋人未満?

 それともただの都合のいい知り合い?

 ……わからん。アイツの本心は一体どこにあるのだろう。


「もしお前が椎名凛音と付き合ったら学校中の男子の嫉妬の的になるだろうな。まあ例えそうなったとしても俺は助けないからよろしくな」

「マジで最低な奴だなお前……。というか皆アイツの見た目に騙されてるんだよ。実際話してみればわかるよ。色々と面倒臭いところがいっぱいあるから」

「誰が面倒臭いんですか?」


 ――ッ!?

 いきなり後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 しかも今一番、聞きたくない人物の声。


「し、椎名……?」


 振り返るとそこにはキョトンとした表情の椎名が立っていた。

 一瞬、今の会話を聞かれたのではと、背筋が凍りついた。が、この様子だと幸運にも聞き逃したようだ。


「な、なんでここに?」

「本屋に入ったらたまたま先輩を見かけたんですよ。で、面倒臭いって誰のことです?」

「あいや、それは……お、俺らのクラスにいる奴のことだよ。お前とは全然関係ないことだから、な?」


 そう言って隣で俺と同じように固まっている宇多野に同意を求める。


「あ、ああ……そうなんだよ!」

「ふーん……まあいいですけど……」


 まだ完全には納得してないのか、訝しげに目を細める椎名。

 だが興味が失せたのか、それ以上追及してくることはなかった。

 とりあえずこれで一安心か、と思いきや――


「それより私はお二人が見ている本に興味があるんですよねえ……」


 新たな問題が発生した。

 椎名が指差しているのは、宇多野が手に持っているグラビア写真集。

 まずい。思春期男子が女子に見られたくない場面ベスト10に入る状況だ。


「い、いや違うんだよ。コレは八神が買いたいって言うから!」

「はあお前なに言ってんだよ! お前が強引に連れて来たんだろ!」


 突然、宇多野がとんでもないことを言い出す。

 コイツ無関係の人間になすりつけやがって。


「別にどっちでもいいんですよ。男の人ならそういう欲求を持っているほうが健全だと思うしぃ。先輩がどんな趣味持っていようが私には関係ありませんから」

「だから俺のじゃねえって! 俺がこんなの欲しがると思うか!?」

「じゃあ先輩ならどんなのが好きなんですか?」

「えーと、それはだな――」


 そう言いながら、後ろの本棚から良さそうなのを選びかけたところでやめた。

 なんだか誘導尋問にはまっているような気がする。これ以上答えたらダメだ。


「……って素直に答えると思ってるのかよ」

「なーんだ残念っ。もし教えてくれたら先輩の誕生日に一番好きな女の子の写真集を買ってあげようと思ったのになー」

「それってただの公開処刑じゃね?」


 女子にグラビア本をプレゼントされるなんて、想像しただけで死にたくなってくる。


「ねえねえそれより椎名さん。こんな奴ほっといて俺とお話しようよ」


 急に宇多野が出しゃばり始めた。


「あなた、確か八神先輩の友達の……」

「そう、宇多野って言うんだ」


 いや、断じて友達ではない。

 よく言ってもたまに教室で会話したり、帰りに一緒にどこかに寄ったりする程度の仲である。

 まあそれで十分、友達の範囲に入ると言われればそれまでだが。


「そうですか。じゃあ宇多野先輩、一つお願いしてもいいですか?」

「は、はいなんでしょう?」

「私、八神先輩とお話ししたいので邪魔しないでくれます?」

「は?」


 言われた途端、宇多野は魂を抜かれたように動かなくなった。

 ぶっちゃけ声に出して言えないが「ざまあ(笑)」と思ってしまった。




「ねえ先輩。いい加減答えてくださいよ」


 宇多野と別れて家路を歩く途中、椎名が


「おっぱいの大きい女の子と小さい女の子ならどっちが好きですか?」


 でも、椎名は先ほどの本屋での出来事を蒸し返してくる。

 俺の反応を見てからかっているようだ。


「なあもう勘弁してくれよ」

「いいじゃないですか。先輩の好みを知っておけば後々役に立つかもしれないでしょ?」

「なんの役に立つんだよ。絶対からかいたいだけだろ」

「んーまあそれもありますけどぉ」

「オイ」

「だってぇ、先輩って反応が可愛いから虐めたくなっちゃうんですよねぇ」

「性格悪いなお前……。こっちはいい迷惑だよ」

「それにぃ、もし大きいほうが好きなら私が先輩の願望を叶えてあげられるかもしれませんよ……」

「なんの願望だよ!」


 突拍子もない提案に、思わず声を荒げてしまう。


「えーここで言っちゃっていいんですか? 先輩が女の子にして欲しいと思っていることですよ」

「デカい声でなに言ってんだ!」

「私はいいですよ。先輩の為なら少しくらい恥ずかしいことでも」

「お、お前なあ……」


 俺が一瞬、動揺する素振りを見せた途端、椎名はしてやったりといった感じの笑顔を作って――


「ほーら照れてる照れてるっ。そういうところが可愛いから、からかうのをやめられないんですよねえ」

「ぐぅ……テメエろくな大人にならんぞ……」


 心の底から楽しんでいるのだろう。俺をからかうときの椎名は目が輝いている。


「ああそうだ先輩。もしよかったら今度の週末また先輩の家にお邪魔してもいいですか?」


 しばらく無言で歩いていると、ふいに椎名がそんなことを言い出した。

 今度の週末……。その日はちょうど染井さんと約束した日だ。

 これは椎名にそのことを話すタイミングなのではないか。

 というかここで言わなきゃいつ言うんだ、っていう話になる。


「あー実はな……その日は知り合いの人と映画を見に行くことになってるんだ」

「……ハァ?」


 これまで聞いた中で、もっとも綺麗な「ハァ?」の発音だった。


「え、なに? なんでそんな驚いた言い方するの?」

「いや別に……誰と行くんですか?」

「その……この前言ってた部活の先輩なんだけど……」

「へぇー……」


 予想以上に冷たい声に、思わずビクッとしてしまう。

 なんで? なんでこんなに椎名は不機嫌になっているんだ?

 自分よりも知り合いを優先したから?

 でもここで椎名に気を遣って行くのをやめるって言うのもおかしな話な気がする。


「で、どうかな? 一緒に行ってもいいと思うか?」

「なんで私に訊くんですかぁ。先輩の自由にすればいいじゃないですか」


 ですよね。

 しかし言葉とは裏腹に、椎名は不満たらたらな態度を隠そうともしない。

 やはり彼女の本心がどこにあるのか全くわからない。

 一番いいのは椎名に直接訊くことなのだが……。「お前って俺のことどう思ってんの?」と。

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