なんだかますます先輩のことを……
「あのー染井さん。そろそろ俺の漫画返してくれませんかねえ?」
「待って。まだ途中までしか読んでない」
新聞部の部室にて、自宅から持って来た漫画を熱心に読みふける染井さんを見て、俺は軽い焦燥感を覚えていた。
「漫画持って来た俺が言うことじゃないですけど、そもそもこんなことやってる場合じゃないでしょ。マジで部活どうするんですか。このままじゃ廃部になりますよ」
「それはこの正義のヒーロー『ミストマン』がダーク将軍を倒してから考える」
「あーそれこの巻だとまだ決着つきませんよ」
「……誰がネタバレしていいって言った?」
「あ……す、すいません」
しまった。ついイライラして口を滑らせてしまった。
「まったく空気読めないね君は。今がどういう状況かわかってるの?」
その言葉そっくりそのまま返したいところだけど、また怒りそうなので胸にしまっておく。
「まあそういうワケで、主人公は両親の復讐を決意するんですよ」
「ふーん、なるほど」
なぜこんな話をしているのだろう。
最初は新聞部の今後について話し合っていたのだが、染井さんに他におすすめの漫画はないかと訊ねられ、いつの間にか脱線してしまったようだ。
もうかれこれ三十分くらい、色んな漫画のあらすじを説明し続けている。
わかっている。今すべきはそんな話ではないと。
そろそろ本題に入らなければ。
「中々面白そうだね。今度読んでみようかな」
「それはいいですね。それはそうと、部員集めどうします?」
話が一区切りついたところで、隙を見て切り出してみる。
「そうだねえ……で、その漫画は今、何巻まで出てるの?」
「ええと確か十巻まで……っていい加減にしてくださいよ。廃部になっちゃってもいいんですか? 染井さんは新聞部が大事じゃないんですか?」
「大事だけど……結婚したいってほどでもない」
「そりゃ当たり前でしょ」
染井さんはちょっと天然なところがある。
今のも、彼女の性格を知らない人が聞けばふざけていると思うだろうが、本人は大真面目で言っている。
「なら八神はなにかいいアイデアがあるの?」
「そうですねえ……あ、そういえば知り合いで俺のことをしょっちゅうつけ回すウザイ後輩がいるんですけど、そいつを誘ってみるのはどうですか?」
ウザイ後輩というのはもちろん椎名のことだ。
最近の彼女は、なにをするにしても俺の後をついて来るので、勧誘すれば応じてくれるんじゃないかと考えたのだ。
まあそれでも部活を存続させるには人数が足りないが、いないよりはマシだ。
「……その子ってもしかして女の子?」
「え、ああそうですよ」
「ふーん……八神の彼女?」
「い、いや違いますけど」
……あれ?
なんだろう。なんか染井さんの反応があまり良くない。
なにか失言でもしただろうか。
「まあいいや。とりあえずその話は保留ってことで」
「はあ」
そんな悠長なことでいいのか。
実はこう見えて裏で凄い作戦を考えていた――なんてオチだったらいいんだけど、染井さんはそんな切れ者という柄ではない。
「……で、実際のところ八神って彼女いるの?」
「へ?」
染井さんが唐突にまったく関係ない質問をする。
「えーまあ。ちょっと前まではいたんですけど、こっぴどくフラれたんですよね」
「そう」
「……?」
それだけ言って再び漫画に視線を戻す染井さん。
なんだったんだ一体?
ただの世間話なのか。
それにしても今まで他人に興味を持つことのなかった染井さんにしては少々不自然な気がする。
帰宅後、自分の部屋でのんびりくつろいでいると、ふいに椎名から着信がきた。
『やっほー先輩っ。元気ですかー』
「またお前か。なんの用だ?」
『別に、大した用じゃないんですけどぉ、なんとなく先輩の声が聞きたくなっちゃって』
「……なんだよそれ」
口では冷静に振る舞っているが、内心はかなりドキドキしていた。
こんなの恋人にしか言わない台詞だろ。
『今どうしてます?』
「家にいるよ。これ以上用がないならもう切るぞ」
『えーちょっと待ってくださいよ。せっかくなんだしもっとお話ししましょうよー。私、今やることがなくて暇なんです』
「お前の都合に一々付き合ってたらキリがないだろ」
『そんなこと言わずにさあ、ホラホラ特別に私のエッチな姿を見せてあげますよ?』
「電話越しでどうやって見えるんだ?」
『じゃあ今から見せに行きますね』
「来るんじゃねーよ!」
相変わらずなにを考えているのかよくわからん奴。
『でもなんだか先輩の声聞いてたら安心しました。もっと声聞かせてくれませんか……?』
「……お前なにかあったのか?」
心なしか椎名の声に元気が感じられないような気がする。
なにか嫌なことでもあったのだろうか。
気になって訊ねてみると、「えー別になんにもないですよー」とはぐらかされた。
その口調が妙に弱々しく聞こえたので、間違いなくなにかあったのだと確信した。
もしや以前、椎名に嫌がらせしていた女子達がまた問題を起こしたのか。
「今どこにいるんだ?」
『近所の公園です。ちょっと一人でその辺を散歩してたんで』
外にいる――ということは家でなにかあったのか。
もしかしなくても家庭の事情か。
以前から家族との関係が良好でないことは薄々気づいてはいたが、家に居たくないほどなのだろうか。
いやさすがにそれは考え過ぎか。本当に、ただなんとなく散歩したくなっただけという可能性もあるし。
椎名に直接訊きたいところだが、これ以上他人のプライベートを詮索するのもどうかと思うので、向こうから話してくれるのを待つしかない。
「そうか。まあその……なんだ。もし嫌なことがあったら遠慮なく相談していいからな」
『……え?』
椎名が意外そうな声を出す。
自分でもこんなことを言うなんて予想もしていなかった。
ただ無意識のうちに、自然と言葉が出てきた感じだった。
「あ、いやその……もしもの話だけどな。俺でよければいつでも話聞くし。なんなら今から会いに行ってやってもいいし」
さすがにこれは言い過ぎかと思った。
恋人でもないのに、大胆なことをするのはおかしいと椎名に散々言ってきたのは俺なのに。
困っているならなんとかしてやりたいと、良かれと思って言ったのだが、下手すればキモがられる恐れがある。
『……いいんですか?』
「ああ、まあ嫌なら無理にとは言わないけど……」
『ううん、嫌じゃない。凄く嬉しいです……』
「そ、そうか」
その声が今まで聞いたことがないくらいしおらしくて、思わずドキッとした。
正直、なんで椎名の為にここまで言ったのか、自分でもよくわからない。
まあなにはともあれ嫌がってなくてよかった。
「なんだかますます先輩のことを……」
「ん、なに?」
椎名がなにか言いかけてそのまま黙ってしまった。
「ふふふ……なんでもありません」
「?」
なんだか思わせ振りな言い方だ。
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