なーに想像したんですかねえ?

「先輩、そこのお塩取ってくれます?」

「はいよ」


 椎名に頼まれて、俺はそばにあった塩入れを手渡してやった。


「ってなんでお前がここにいるんだよ?」

「へ?」


 なぜだか知らないが、またしても椎名が俺の家で一緒に晩餐を食べている。

 しかも料理は全て椎名の作ったもの。


「ちょっとゆうちゃん失礼でしょ。せっかく夕飯を作ってもらったのにそんなこと言って」


 姉がたしなめるように言う。


「ってかそもそも姉さんが椎名に頼んでやらせたんだろ」


 どのような経緯かは忘れたが、あれから再び椎名が俺の家に訪れる機会があって、姉がまた椎名の料理を食べたいと言い出した。

 椎名はそれを快く聞き入れて、現在に至るというワケだ。

 ちなみに彼女が家に来るのは二回目ではなく、もうこれで四回目である。

 以前、家庭の事情の件で、いつでも相談に乗るとは言っていたが、まさかこんなことになるとは。


「まあまあいいじゃないですか先輩。私が好きでやっているんですから」


 椎名はそれで良くても、俺は姉の将来が心配だ。

 こんな調子だと一人暮らしなんて始めた日には飢え死にしてしまうのでは。


「でも年頃の娘が男の家に頻繁に泊まりにくるのは色々と問題があるだろ」

「先輩、なーんか言い方がジジ臭いですよ。若いうちからそんなこと言ってたら早く老けちゃいますよ」

「誰がジジイだ。俺はただ一般常識の話をだな――」

「おじいちゃんさっきご飯食べたでしょ。っていうか今食べてるでしょ」

「ってオイ! 人の話を聞け!」


 どうも椎名と話していると調子が狂う。

 今のように気づけばただの漫才と化していることが多々ある。

 その証拠に横で姉もクスクス笑っていた。


「うーん、それにしてもこのビーフストロガノフかなり本格的だねえ。これを食べるとハヤシライスとかが安っぽく見えるよ」

「あの……これハヤシライスなんですけど……」

「え」


 うわ恥ずかし。

 通ぶって盛大に間違えてやんの。

 しかし椎名の家庭事情は詳しく知らないが、親はなにも言わないのだろうか。

 友達の家に泊まると言っているとはいえ、こんなに何回も続くとなると、普通の親は心配すると思うのだが。




 食事を終えた後、姉がデザートが食べたいと言い出し、俺もちょうど食べたかったので、それに同意した。

 しかし誰が買いに行くかという話になると、じゃんけんで決めようということになり、なぜか言い出しっぺの姉が勝利した。

 まあそんなわけで現在は椎名と二人で近所のドラッグストアに向っているところである。

 ついでに残り少なくなってきた石鹸も買っておくことにする。

 

「あそこって肉とか野菜も売ってて結構便利なんですよねえ」

「そーだなー。しかも安いし、おまけに値引きシールが貼られるのが他所より一日早いから、夕方は主婦達の戦場と化すんだよな」


 にしても椎名までついて来た理由が解せない。


「そうだ、先輩の家に泊まるなら新しい歯ブラシとかも買ったほうがいいですよね」

「なんで泊まること前提になってるの?」


 これまで何度か晩飯を一緒に食べたが、泊めたのは最初の一度きりである。

 しかしこの様子だと泊まる気満々のようだ。食事中でもわざと話を長引かせて帰る時刻を遅らせているような気配があったし。

 早く帰るよう催促しうとも思ったが、家庭のことで帰りたくないのかな、と思うとなんだか躊躇われた。

 結局、まんまと椎名の思惑に乗せられたワケだ。


「ねえ先輩、好きな料理ってなんですか?」

「ああん、なんでそんなこと訊くんだよ」

「この際だから先輩の好みも把握しておこうと思って。そしたらいつでも先輩の好物作ってあげられるでしょ」

「おいおいまた来るつもりなのかよ……」

「まあ機会があればですけど」


 言葉を濁してはいるが、この言い方は絶対に来るつもりだ。

 ドラッグストアに入るとまず真っ先に日用品コーナーに向かった。 

 この際だから新しい洗顔料も買っておくか。そろそろ少なくなってきたし。


「センパイセンパイ」


 いつも使用している洗顔料はどこにあるかと探していると、椎名がなにやら耳打ちしてきた。


「ん、どした?」

「コンドームってどこに売ってますか?」

「――ッ!?」


 一瞬、聞き違いかと思った。

 だが確かに今、椎名はを口走った。


「ななななななな、なんてこと訊いてんだよ!?」

「別に、ただなんとなく気になったから訊いただけですけど……なーに想像したんですかねえ?」

「ぐっ……」


 完全に弄ばれてる。悔しい。




「椎名さんっていい子だよねー。あんな素敵な子が彼女なら毎日が幸せでしょ」


 台所で後片付けをしていると、姉がやって来てそんなことを言い出した。

 手伝えよ。


「だから彼女じゃないって言ってるだろ」

「そう、でも椎名さんのほうは絶対ゆうちゃんのこと好きだと思うけどなー」

「そっかぁ? 姉さんは椎名のことよく知らないからそんなこと言えるんだよ」


 椎名は姉の前では常に猫を被っている。

 俺と二人きりでいる時のような棘のある言動は決して見せない。


「まあ確かに中には恋人になる手前のほうがいいって人もいるしねえ」

「どういう意味?」

「ほら、よくいるじゃない。デートはしたいけど付き合いたいとまでは思わない人」

「なにそれ初めて聞いたぞそんなの」

「本当だよ、私だって経験あるもん。何人かの男の人とデートしたことあるけど、誰とも付き合わなかったし。中には告白してきた人もいたけどね」


 その人、物凄く可哀想だな。

 デートまでしたのだから完全に脈ありと思っただろうに、その期待が裏切られることになるだなんて。

 もし俺がそんなことされたら女性不信に陥りそうだ。


「もしかすると椎名さんもゆうちゃんのことそんなふうに思ってるのかもよ」


 要するに友達以上恋人未満というやつか。

 まあ確かに、男はちょっと優しくされただけで「こいつ俺のことが好きなのか」と思ってしまう生き物だが、女性の場合はそうではない。

 恋愛感情がなくとも普通に二人きりで遊んだり、恋人同然にスキンシップをとったりすることもある。

 正直納得はいかないが、もし椎名がそうだとすれば、なんとなく腑に落ちた気がする。

 いじめから救ってくれた俺に恩返しをしているつもりで、色々と世話を焼いているだけ、そんな可能性もなくはない。

 まあ結局のところ、本人に直接訊いてみなければはっきりしたことはわからないのだが。

 しかし俺にはまだそんな勇気はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る