だって興味ないし
今、俺の目の前では椎名と染井さんがダイニングテーブルを挟んで向かい合っている。
なぜか二人共かなり仏頂面になっている。
ぶっちゃけ一触即発の状態と言っても過言ではない。
俺も口には出せないが、ここにいるのが怖い。
「それで八神、この子誰?」
誰も口を利かないまま数分が経過した頃、ふいに染井さんが椎名を指差して言う。
「えーと、そのぅ……前に新聞部に勧誘しようって言ってた後輩です」
染井さんを怒らせないように、当たり障りのない口調で話す。
まるで腫れ物に触るような気分だ。いや、それよりも爆弾を解体する爆弾処理班にと言ったほうが正確か。
「なんで八神の家にいるの?」
「いやーそれはちょっと込み入った事情がありましてね……誤解しないで欲しいんですが俺と椎名の間にはなんにもありませんからね」
「この状況でそれを信じろって言うの? 前に付き合ってないって言ってたよね?」
「そ、そうなんですが。ちょっとした偶然でコイツが家に来くる機会があった時に姉がコイツの料理を気に入りましてね、それ以来定期的に来るようになったんです。つまり全部姉のせいです!」
「料理作ってもらってるの?」
「あーいやその……」
やばい。料理を作っていると言うとまるで同棲カップルみたいではないか。
なんとか穏便に済ませようとすればするほど墓穴を掘っている気がする。
「あのーさっきから黙って聞いていればアナタなんなんですか?」
と、それまで大人しかった椎名が剣呑な声音で食ってかかる。
「なんでいちいち八神先輩を詮索するようなことするんですか? 部長だかなんだか知りませんが、アナタには関係ないことだと思うんですけど?」
「ならアンタにとやかく言われる筋合いもない。彼女でもなんでもないんでしょ」
「一般常識の話をしてるんです。あんなに次々と質問されたら先輩に迷惑でしょ」
「本人がそう言ったの?」
「言わなくてもわかりますって。ねえ先輩、迷惑ですよね?」
「え、えっと……」
いきなり話をふられて、思わず口ごもってしまう。
正直、二人がここまで火花を散らすとは思わなかった。一体なにが彼女達をそこまで駆り立てるのか。
「まあ……困惑したのは確かだけど、迷惑ってのは言い過ぎじゃないかな」
「なんでこの人の肩を持つんですか先輩?」
「別に肩を持ってるわけじゃあ……」
「じゃあ私の味方はしてくれないワケ?」
「え」
今度は染井さんがとんでもないことを言い出す。
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。なんで敵味方に分かれなきゃいけないんですか。二人共、一旦落ち着きましょうよ」
「先輩、部長だからって遠慮することないですよ。迷惑ならはっきり迷惑だって言ってやってください」
「オイやめろ、これ以上話をややこしくするな!」
不謹慎かもしれないが、一瞬なぜか、「やめて、俺の為に争わないで!」って言いたい衝動に駆られた。
言ったら間違いなくぶっ飛ばされるだろうから絶対に言わないけど。
まあ両者の性格を考えると、そりが合わない理由はなんとなく察しがつく。染井さんは椎名みたいなぶりっ子は嫌いそうだし、椎名は高圧的な女性にはあまりいい思い出がない。
以前、椎名に嫌がらせをしていた女子がまさにそんな感じだったからだ。
それでもなんとか穏便にことを済ませようと、俺は必死に二人の間を取り持とうとする。
「なにか誤解があると思うんだよ。みんなで腹を割って話し合えばきっと仲良く出来るはずさ」
「みんな仲良くしてナニをするの?」
染井さんがなぜか意味深な言い方で訊ねる。
「さあ、なにをするって言われても……人生ゲームとか?」
「そのゲームには二人の女性と同時に結婚出来るっていうルールはありますか?」
「へ、なんだそれ。そうじゃなくて普通の人生ゲームだけど」
椎名の言っていることが理解できず、俺は首を傾げた。
そんな二股を肯定するゲームあるわけないだろう。二人の女性を弄ぶなんて人として最低だ。
「とにかく俺には二人がなんで揉めてるのか全然わからないんだが、その原因をなくせば問題解決に繋がるんじゃないかな」
「それなら先輩がいなくなるしかないですね……」
「え」
「いえ、なんでもありません」
小声でよく聞き取れなかったが、椎名がなにか不穏な言葉を口走ったような気がする。
「というか多分、原因がわかってないのは八神だけだよ」
「どういう意味ですか染井さん?」
「さあ」
「?」
「八神先輩ってホント鈍いですよねえ。その鈍感さがなかったら私の作戦ももっと上手くいっているのに」
なんの作戦?
染井さんには適当にはぐらかされるし、椎名には馬鹿にされる。なんだか俺だけ蚊帳の外に置かれているようでちょっぴり不愉快だ。
「確かに八神が鈍感ってのは言えてる」
「ですよねー。私と一緒にいる時も無神経な発言を繰り返して乙女心を全然わかってない感じがしますし」
「それわかる。私の時もそうだった」
「やっぱそうなんですか。別に悪く言うつもりはないんですけど、もうちょっとしっかりして欲しいんですよねー」
「同感」
なんか急に俺への悪口で意気投合し始めた。
やっと仲良くなったのはいいが、そのきっかけがよりによって俺に対する不平不満だなんて……なんか納得いかない。
さっきまでは二人が険悪な仲だったから居心地が悪かったけど、今は別の意味で居心地が悪い。
俺ここにいる意味なくね? 自宅でこんなに肩身の狭い思いをするハメになるとは。
その後も口々に俺の欠点を言い続ける椎名と染井さん。両方とも凄く生き生きしている。
が、ある一言を境に潮目が変わることになる。
「……でもね、いざという時に頼りになるのも確かなんですよねぇ」
椎名が今までの流れをぶった切るように言う。
「私、前にいじめっ子に酷い嫌がらせを受けたことがあったんですけど、その時に助けてくれたのが先輩だったんですよ。あの時はちょっと格好良いかなって思ったりもしましたね」
「……まあ、そういうところがあるのは否定できないかもね」
え。
「私も、八神に助けてもらったことある。部活で去年の三年生が私にしつこく言い寄ってきた時、八神が庇ってくれたんだ」
なんだなんだ。
悪口を言ったと思ったら今度は褒め言葉が飛び出してきた。しかも聞いてるこっちまで照れるくらいの。
染井さんがあの出来事を覚えているとは驚きだ。当時はお礼すら言ってくれなかっのに。てっきり感謝してないのかと思っていた。
ぶっちゃけ俺もそんなに大層なことをした自覚はない。
「気配り上手な人って割といますけど、先輩みたいに本当に困っている時に助けてくれる人って案外少ないんですよね」
「確かに」
なんだかそう言われると俺って本当は凄い奴なのかも、という気がしてくる。
まあ確かに俺は元々やる時はやる男だから、そう思う奴がいてもおかしな話ではないが。
「でもそんなこと言われて得意げな顔してたら物凄くダサいですけどね」
「言えてる」
「…………」
なにもそこまで言う必要はないじゃないか。
少しくらい得意になってもばちは当たらないだろうに。滅多に褒められる機会がない人間にとっては貴重な体験なのだから。
と、その時、玄関のほうから鍵の開く音が聞こえて誰かが入って来た。
「ただいまー、ゆうちゃん帰ってるぅー?」
ここに来てまた厄介な人物が現れた。どうやら外出していた姉が帰って来たようだ。
「ほーら、お土産買ってきたよー!」
そう言って速足で俺達のいるダイニングに突入して、右手のレジ袋を掲げる姉だったが、しかし俺と二人の女子が向かい合わせで座っているのを見て動きを止めた。
一見すると、それはまるで修羅場を演じているような光景に見えなくもない。
「あれ、ゆうちゃんそちらの方は?」
「あー……学校の知り合いで……」
まずい、このままだとあらぬ疑いを持たれるかもしれない。
「ふーん……まあいいや。それよりケーキ買ってきたんだけどどうやって分けようか?」
「ってあれ、それだけ? なんか反応薄くない?」
「だって興味ないし」
「あ、そう……」
今日も姉は平常運転だった。
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