ここだけの話だけどね

 こんな時間になぜここへ? そんな疑問が真っ先に浮かんだが、とにかく扉を開けて出迎えた。


「なんなんだよこんな時間に」

「この前、お前に借りてたゲームソフトを返しに来たんだ。ずいぶん長い間、返しそびれていたからな」


 そう言って懐から勢いよく地球防衛軍のケースを取り出す。


「んなもん学校にいる時に渡せばいいだろ」

「無理だ。今日こそは忘れないように鞄に入れておこうと思っていつも必ず忘れるんだからな。おかげで今日までずっと返せずにいた」


 そういうことってよくあるよね。


「だからってこんな時間に来るとか非常識だぞ」

「明日になるとまた忘れてしまうかもしれないだろ」

「いっぺん病院で診てもらえよ」


 このタイミングは非常にまずい。今俺の家には椎名がいるのだ。

 もし宇多野に見られたら確実に面倒なことになる。

 ケースを受け取ったら早々に帰ってもらおう。


「用はもう済んだか? ならもう帰れよ」

「まあ待て。今日はこの前、酷い態度をとったことについて謝りたくて来たんだ」


 この前というのは椎名との遊園地デートの時に、鉢合わせしたことを指しているのだろう。


「あの時、お前が付き合ってないって言ったのを素直に信じなくて悪かったな。よく考えたらお前と椎名凛音が付き合うはずないもんな」

「もういい、別に気にしてないから早く帰ってくれ」

「なにをそんなに慌ててるんだ?」

「それはその……今から晩飯食うんだよ!」

「お前ハヤシライスの匂いがするぞ。もう食ってるんじゃないのか?」

「いや……い、言い間違えた。ホントは今食べてる途中だったんだ」


 何度も言い訳するうちに段々とボロが出始めた。

 一刻も早く宇多野を追い返さねば。


「そうか、それならもう帰ったほうがいいな。お邪魔したな」

「ああ」


 よしよしなんとかバレずに済みそうだ。

 宇多野がこちらに背を向けて帰ろうとしたのを見て、これでもう大丈夫、そう安堵したその直後。


「せんぱーい、お風呂先に入っちゃっていいですかー?」


 宇多野の脚がピタッと止まる。

 遠くから椎名の声が聞こえてきて、思わず血の気が引いた。


「……今の声は?」

「あーえっと……姉だよ。ちょうど姉の先輩が来てるからあんなこと言ってるんだ」


 我ながらこの数秒間で、よくこんな作り話を思いついたなと思う。

 しかし宇多野は怪訝そうな表情を崩さない。


「本当か? なんか声が椎名凛音に似てたような……」

「気のせいだって。あんなのどこにでもいる声だろ」

「あれ、先輩がどこにもいない。由紀子さーん、先輩がどこにいったか知ってます?」

「ああ、ゆうちゃんならさっき呼び鈴鳴ったから玄関にいるよ」

「…………」


 気まずい沈黙。


「今明らかに二人の女の声がしたよな?」

「あれは……そう、演技の練習だよ! 姉は演劇部に所属しているから一人二役を演じているワケ」


 自分で言っててかなり無理がある言い訳だということは自覚していた。

 でも他に思い浮かばなかったのだから仕方ない。


「そうか? とてもそんなふうには聞こえなかったけどな」

「オイオイ、今夜は俺の話を信じなかったから謝りに来たんだろう? なのにまた同じことを繰り返すのか?」

「……そうだな、すまん」


 宇多野はそう言って頭を下げると、そのまま踵を返して去っていった

 ひねくれてるけど、根は悪い奴ではないんだよな……多分。




「ああ先輩、遅かったですね」


 戻ると椎名がキッチンでなにか作業をしていた。


「リンゴ剥いたんですけど食べます?」

「いや、いい。今はとてもそんな気分にはなれんよ」

「まだ7時なのに爺臭いですねえ」

「誰のせいでこうなったと思っているんだ。なんかお前と知り合ってからだいたい二十年くらい歳とった気分だよ」

「私は乙姫かなにかですか」


 実際、椎名と一緒にいるとなにかとトラブルに巻き込まれる傾向にある。

 おかげでコイツと出会ってからというもの、平穏な日常が続いた試しがない。

 必ずしも本人が悪いわけではないが、不幸を招く体質でもあるのだろうか。言っちゃ悪いが疫病神を彷彿させる。


「それはそうと先にお風呂入ってもいいですか?」

「ああ、いいよ」

「そうですかそうですか。私の残り湯が欲しいんですね」

「なんでそうなるんだよ! 発想がキモいぞ!」


 そんな俺の突っ込みを受け流して、椎名はバスルームへと向かった。

 それにしても、ここ最近椎名が家に泊まりに来る頻度が増えた気がする。

 もしやまた家庭内でまたなにか問題があったのか。

 他人のプライベートに首を突っ込むのは俺の主義に反するが、こう頻繁に来られると変に勘繰ってしまう。

 ただ単に俺の家が居心地がいいから、という理由ならなんの問題もないのだが。




「ゆうちゃんちょっといい?」


 椎名が風呂に入っている間、自室でサブスクを鑑賞していると姉が扉をノックして入ってきた。


「実はゆうちゃんに渡そうと思っていた物があるのよ」

「なに?」


 姉はズボンのポケットをゴソゴソ探り始めて、ある物を取り出した。


「はいコレ」


 そう言って姉が差し出したのは、某有名テーマパークの入場チケット二枚。


「姉さん、どうしたんだよコレ?」

「友達から貰ったんだけど、私は行く予定はないから、代わりにゆうちゃんが誰か誘って行ってくれば?」

「行ってくればって、俺も誘う相手なんかいないんだけど」

「椎名さんを誘ったらいいんじゃない?」


 いきなり姉が突拍子もない提案をする。


「なんで椎名が出てくるんだよ」

「だって、ゆうちゃんの知り合いの中で一緒に行ってくれそうな人と言えば椎名さんくらいしかいないじゃない」

「俺の知り合いなんてロクに知らないクセに」

「じゃあ他に友達がいるの?」

「……いえ、いません」


 自分で言ってて悲しくなってきた。


「でもなあ、男女が二人きりで遊園地に行くなんて、なんかまるでデートに誘うみたいじゃん」

「今現在、何度も我が家にお泊りしてるのに今更そんなこと気にするの?」

「……まあそれは仰る通りなんだけど」


 だが今この家には姉も含めて三人いる。一方でテーマパークに行くのは俺と椎名の二人きり。

 この違いは大きいと思う。


「別にデートでもいいじゃない。日頃お料理作って貰ってるお礼だと思えば」

「でもその代わりこっちは宿を提供しているんだからギブアンドテイクだろ」

「……なーんかゆうちゃんって意外と冷めた性格してるんだだね。家に泊まるくらい親しい間柄なんだからそういう損得勘定は抜きに考えればいいのに」

「そうか?」

「普通に考えたらもう付き合っててもおかしくないと思うけど」

「それは……」


 確かに姉の言うことにも頷ける部分はある。

 俺と椎名は、キスとか恋愛関係に該当するスキンシップをとっていないこと以外は、普通のカップルそのものである。

 だがそれは彼女の家庭事情に同情してのことだから、一般論はあまり当てにならないと思う。


「ここだけの話だけどね、椎名さんはゆうちゃんのことが好きなんじゃないかと思うんだ」

「ええ、でも前に好きとまではいかないんじゃないかって言ってただろ」

「うん、そうんだけどね。あれから色々観察してみるとどうも違うような気もするんだよねえ……」


 ずいぶんといい加減だな。


「それにゆうちゃんだって椎名さんのこと満更でもないんでしょう? 二人が付き合ったら私も嬉しいんだけどなあ」

「簡単に言うなよ。前にも言ったけど、前に別の彼女と付き合ってた時に酷い目にあったから、まだそんな気にはなれないんだよな」

「そう、ゆうちゃんは前の彼女さんに傷つけられて恋愛に臆病になっているんでしょ? でもそこから立ち直るにはまた誰かと付き合うのが一番なんじゃないかな。それには椎名さんがうってつけの相手だと思うよ」

「…………」


 果たしてそうだろうか。

 俺と椎名が付き合う。考えてもみなかったことだが、こうして改めて想像してみると、そうあり得ない話でもないような気がしてきた。

 仮に椎名に恋愛感情がないとしても、同じ屋根の下で寝泊まりしているのだから、ふとしたきっかけでそういう関係になる――なんてことも起こるかもしれない。

 ただ、一つ問題なのは、今のようなあやふやな関係のほうが、付き合うよりも居心地がいいということだ。

 確かに椎名のような美少女とカップルになれるのは、男なら誰もが夢見るシチュエーションだ。

 だが俺にとっては、無理に今の関係を壊すほど魅力的には思えないのが正直な感想である。

 このまま付き合うにしてもそうでないにしても、今は流れに身を任せたほうがいい気がする。

 煮え切らない判断と思われるかもしれないが、これが最善の策だろう。

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彼女に捨てられて落ち込んでいると、いつもウザ絡みしてくる後輩が急に優しくなった 末比呂津 @suehiro

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