じゃあ勝手にしまーす
椎名とのWデートから週が明けた月曜日。
あの日、偶然会った宇多野に変な噂を流されていないかビクビクしながら登校したが、皆いつもと変わらぬ様子だったのでとりあえず安堵した。
どうやら宇多野は喋らなかったようだ。
「これはこれは、誰かと思えば先週、学校一の美少女とデートしていた八神さんじゃありませんか。遅刻ギリギリでの登校とは良いご身分ですなあ!」
机の上に鞄を置いたところで、ずけずけと宇多野が近づいてきた。
「おい、声がでけえぞ」
「やましいことがなければもっと堂々とすればいいじゃないか」
完全に根に持っている。
「まあ一応、皆にはバラさないでいてくれたみたいだな。それは感謝するよ」
「なに言ってんだ。もう話したに決まってるだろ」
「え、でも知らないみたいだが……」
「冷静に考えてみろ。友達が少ない俺がなにか言ったところで信じてくれるヤツがいると思うか?」
「……日頃の行いが悪いんだろ」
忘れていたが宇多野はコミュ力が乏しいのと普段の性格がアレなのもあって、クラスでも浮いた存在なのだ。
言われてみれば、この学校でコイツの言うことを真に受けるヤツはかなり限られている。
最初から心配する必要はなかったワケだ。
HRが終わり、最初の授業は移動教室の為、必要なものを持って目的地に向かう途中。
偶然にも反対側からこちらに向かって歩いてくる椎名の姿が見えた。
相変わらず周りには複数の男子が同行している。
「あうぅ……どうしよぉ……宿題やってくるの忘れちゃったよぉ……」
知らない人が聞けば、これが誰の台詞かおわかりにならないと思うが、他でもない椎名凛音その人である。
目に涙を溜め、小動物のように怯える彼女の姿は多くの男子の庇護欲を刺激した。
「椎名さん僕のノートを貸してあげるよ!」
頭の良さそうな眼鏡男子がそう言ったのを皮切りに、男子達が雪崩を打って椎名に詰め寄った。
「いや俺が教えてやるよ! 数学なら俺が一番得意なんだ!」
「いやいや俺が……」
「ありがとう……みんな優しいんだね……凄く嬉しい」
椎名が弱々しく微笑むと、全員の目がハートになった。
もちろんこれは彼女の演技である。
男子が好きそうな性格を演じる事で、自分が面倒だと思う仕事――例えば宿題や日直の仕事、掃除など――を押しつけるのが狙いだ。
その演技力たるや凄まじく、誰もそれが作られた性格だとは気づかない。
キャラのバリエーションも豊富で、まるで多重人格のように、あざといキャラ、小動物系、小悪魔系、美泉のような快活なキャラに、なんとお姉様キャラまで演じ分けるという。
まさに変幻自在、千変万化、縦横無尽の千両役者。
俺に見せている顔も、偽の人格の中の一つに過ぎないのかもしれない。
本当の彼女は一体どんな人物なのだろう。
「あ、八神先輩。またこんな所で一人でお弁当飯食べてる」
校舎の片隅にある人気の無いベンチで、俺が密かに弁当を食べていると椎名がやって来た。
片手には弁当箱が入った包みを持っている。
「なんで皆から隠れるようにして食べてるんですか?」
「逆に訊きたいんだが俺と一緒に食べたい奴なんてどこにいるんだ?」
「ここに」
椎名は自分を指差す。
「ね、私も一緒に食べていいですか?」
「勝手にすれば」
「えへへっ、じゃあ勝手にしまーす」
そして嬉々とした様子で椎名は俺の隣に腰掛けた。
なにがそんなに楽しいのやら。
「っていうか先輩の弁当のおかず貧相過ぎませんか? もっとボリュームのあるもの食べないと、ひ弱なもやしっ子になっちゃいますよ」
「お前は俺のオカンか」
椎名の言う通り、俺の弁当の中身は野菜ばかりで、とても育ち盛りの若者が食べるものとは思えない。
「いいんだよ。それなりに筋トレしてるからな」
「へーどれどれ? あ、ほんとだ、結構筋肉質なんですね」
そう言いながら無遠慮に俺の腕を触ってくる椎名。
いや触るなんてもんじゃない。まるで筋肉を堪能するかのごとく、腕の隅々まで揉みしだいている。
「っておい、セクハラだぞ」
「女子じゃあるまいし、恥ずかしがることないでしょ」
「最近は男女平等なんだよ」
慌てて椎名の腕を振りほどく。
「だいたいなんで俺なんかと一緒に弁当食ってんだよ。クラスメイトんとこ行けよ」
「先輩とこうしているほうが好きですもん。先輩は私と食べるの嫌ですか?」
「いや……そういうわけじゃないけど……」
「やった! じゃあいいですよね?」
「そ、そのぅ……」
なんだかはぐらかされたような気分だ。
サラッと「好き」とかいう単語を吐いたり、さりげなくボディタッチしてきたり、男を喜ばせる術に長けている。
危うく俺も勘違いしてしまいそうになる。
「実を言うとね、この前のデートの時、先輩のお友達の機嫌を損ねちゃったでしょ? 彼女さんにフラれたばかりで、その上友達にまで嫌われたら先輩が孤立しちゃうじゃないですか。そうなったら私のせいだと思って様子を見に来たんです」
「お前そんなこと考えてたのか」
つまりここに来たのは、その埋め合わせが目的ということか。
あの時は自分がなにをしたのか理解していないように見えたが、本人は本人なりに気にしていたようだ。
「別に気を遣う必要はないんだぞ。悪気があってやったワケじゃないってのはわかってるし。それにああなった原因は元々は俺にあるんだから」
「モグモグ……ふぉうでふくぁ?」
「物を食いながら喋るなよ……」
ウインナーを咥えたまま口をもごもごさせる椎名。……なんか卑猥。
しかし本当に意外だ。椎名がここまで優しくなるなんて。
いつもはウザ絡みして鬱陶しいことこの上ない奴だったが、俺が和美に捨てられてから急に態度が変わった。
まあ傷心の俺に気を遣って手を抜いているだけかもしれないが。
また今日も急に雨が降ってきたりして。
とかなんとか言っていたら本当に雨になった。
昼間までは雲一つない快晴だったのに、放課後になった途端いきなり雲行きが怪しくなって降り始めた。
椎名はなにか奇妙なモノにでもとり憑かれているのではないか。
「やべーどうしよう……傘持ってないや俺……」
玄関の前で呆然と土砂降りの外を眺めながら呟く。
前回、雨にうたれた時は自宅の近くだったからまだ良かったが、学校から帰宅するまではかなり距離がある。
どう考えても悲惨な結末しか待っていない。
「はあ……どうすっかなあ」
「あれ、先輩どうしたんですか?」
「げ、椎名……」
今、一番会いたくない人物に出会った。
「なにやってるんですかこんなところで?」
「見てわからんか、傘がないんだよ」
「私は折り畳み傘持ってますよ。こうやっていついかなる時にも準備を怠らない人が生き残るんですよねえ」
「ハイハイ、どうせ俺は負け組ですよ」
「そーんな不貞腐れなくれもいいじゃないですか。そうだ、もし良かったら私の傘に入ります?」
「え」
突拍子もない提案が出てきて、咄嗟に素っ頓狂な声をあげてしまう。
「でもそんなことしたら周りの連中に変な目で見られるんじゃないか」
「いいじゃないですか。逆にそういう目で見られると興奮するかもしれませんよ」
「勝手に人を変態にするな」
冷静に考えると相合傘になると思うのだが、椎名にはそういうことに抵抗がないらしい。
「でもこのままだと誰かの傘に入れてもらうか、ずぶ濡れになりながら帰るかの二択しかありませんよ。それか誰にもバレずにこっそり学校に泊まって翌朝変わり果てた姿で発見されるか」
「嫌な選択肢だな」
「既に遊園地デートだってしたんだし、今更恥ずかしがることもないんじゃないですか?」
「…………」
それは言えてるかもしれない。
色々と悩んだ末、お言葉に甘えて傘に入れてもらうことにした。
「じゃ、じゃあお願いしようかな」
「本当ですか! やーん、先輩ったら積極的~! そんなに私と一緒に帰りたかったんですかぁ?」
「なに世迷言ぬかしとんじゃワレ」
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