別に興味ないし

 なぜこのような状況になったのか、何度考えてもわからない。

 椎名と相合傘をしながら帰路についていただけなのに、一体どこにこうなる予兆があったのか。

 現在、どういうわけか椎名は俺の家でシャワーを浴びている。

 未だに信じられないが、どうやら現実のようだ。

 ことの顛末は数分前。

 まず学校から距離が近い俺の家に先に辿り着いた。

 それから椎名に傘に入れてもらったことへの礼を言って別れようとしたところ、突如、強烈な横殴りの風が吹き、椎名の傘を一瞬にして破壊した。

 その時の椎名は全身水浸しの上、髪もグチャグチャに乱れて、見るも無残な姿だった。

 さすがに傘に入れてもらったのに、このまま帰すのは忍びなく、仕方なく俺の家でシャワーでも、ということになった。

 着替えは姉のルームウェアを勝手に拝借した。

 俺のはサイズが大き過ぎるからだ。

 後で姉に怒られるかもしれないが、向こうもよく俺のパーカーを断りなく着ているのでお互い様である。

 自分の寝室でくつろいでいると、シャワーの音が聞こえてくる。

 ウチの壁は防音性があまり高くないから、遠くからでも割とはっきり聞こえるのだ。

 家族が入っている時はなんとも思わなかったのに、他人だと途端に意識してしまう。

 なんとか気を紛らそうとして、スマホを見たり他のことに集中しようとする。

 しかし生まれて初めて自宅に女性を招き入れることになるとは。しかも相手はあの椎名。

 こんな場面を家族に見られたらなんと言われるだろう。

 などと考えていると、ふいに玄関のほうから鍵を開ける音がして、「ただいまぁー」という聞き慣れた声が響いた。

 最悪だ。姉が帰ってきた。


「ゆうちゃん帰ってるー? あれ、お風呂場からなんか物音がする」


 俺がそこにいると勘違いしたようだ、姉の足音が風呂場のほうへと向かう。

 まずい。今ここで椎名と姉が鉢合わせたら確実に面倒なことになる。


「や、やあ姉さん、お帰り!」


 慌てて姉が風呂場に入る前に先回りして合流する。


「あら、ゆうちゃんそこにいたの? じゃあ今お風呂にいるのは誰?」

「あー友達だよ友達。帰る途中、雨でびしょ濡れになっちまったから、シャワーを使わせてあげたんだ」

「そうだったの」


 そう説明しながら、何気ない素振りを装って姉を風呂場から遠ざけようとした。

 作戦はこうだ。

 姉がリビングか自分の部屋にいる間に、椎名を俺の部屋に連れて行き、服が乾き次第こっそり帰宅させる。

 かなり難易度は高いがやるしかない。


「帰ってるならちょうど良かった。お腹すいたからご飯作ってくれない?」

「なんで俺が、母さんが帰ってくるまで待てばいいじゃないか」

「やだあ、今がいいのー。今食べなきゃ飢え死にしちゃう!」

「人間がそんなギネス級の短時間で死んだらヤバぎるだろ……」


 今年で大学四年生になる姉の由紀子は、おっとり系の美人で、男性から告白されることも一回や二回ではない。

 外では成績優秀かつ、しっかり者の頼れるお姉さんで通っているが、自宅ではぐうたらで料理すら他の者に作ってもらわないとやっていけないダメ人間なのは秘密である。


「だいたいなあ、来年には社会人になるいい大人が、そんな調子でこの先どうやって自立するつもりなんだよ」

「いいもーん。いざという時はゆうちゃんに一生養ってもらうから」

「誰がいつそんな約束したんだ! いい加減にしろよ!」


 本気で姉の将来が心配になってきた。


「仕方ない、こうなったら冷蔵庫にあるもの適当に食べようっと」


 そう言って台所へ向かい冷蔵庫をあさり始める姉。

 これが大学四年生の姿か。


「うーバナナとヨーグルトくらいしかない……こんなんじゃ腹の足しにもならないよぉ」

「そりゃ朝食用に買ったヤツだしな。それ食ったら逆に明日の朝飯がなくなるぞ」

「ああ神様、なぜ私にだけこんなに試練をお与えになるの? 私が可愛過ぎるから?」

「自分で言ってりゃ世話ないよな」


 姉の妄言を聞き流しつつ、俺はなんとか抜け出して椎名を迎えに行く機会を窺っていた。

 こうしている間にも刻一刻と時間は過ぎている。

 早くしないと風呂からあがってきてしまう。

 と、そんなことを考えていると――


「せんぱーい。シャワーありがとうございましたぁ!」


 最悪のタイミングで椎名が現れた。

 なにも知らない椎名は、何食わぬ顔でスタスタと台所に侵入する。


「ってなにしてんだお前その格好は!?」


 あろうことかその時の彼女は、バスタオル一枚を身体に巻いただけのあられもない姿になっていた。


「俺が渡した服はどうしたんだよ?」

「いやあ真夏にウールのセーターはさすがに暑すぎて着れませんよ。仕方ないからなにも着けずにきました」


 あっけらかんとした様子で言う。

 小さなバスタオルでは収まりきらない胸の谷間や、肩や太股が露出して、本当に目のやり場に困る。

 おまけに濡れた髪がなんとも言えない色気を醸している。

 なぜそんなに平然としていられるのか理解出来ない。


「じゃあ渡した時にそう言えばいいだろ」

「だってせっかく用意してくれたのにそんなこと言ったら迷惑かけちゃうじゃないですか」

「結果的に迷惑になってるんですがそれは……」


 と、会話に夢中になって意識していなかったが、姉がすぐ後ろにいることを思い出した。

 恐る恐る振り向くと、不思議そうな顔をした姉が、椎名のほうをジッと凝視している。

 椎名のこんな姿を目撃して、どのような印象を抱くかは考えるまでもない。


「その子がゆうちゃんのお友達?」

「あ、ああ……」

「お、お邪魔してます」


 そこでようやく姉の存在に気づいた椎名が、ぺこりとお辞儀をする。


「違うんだ姉さんこれはその……」

「ふうん、まあいいや。それよりご飯のことだけどさー」

「……あれ? なんか反応薄くない?」

「別に興味ないし。着るものがないなら私のを貸そうか?」


 正直拍子抜けした。

 姉は元々、自分とは関係のないものにはあまり関心を示さない性格だったが……。

 俺達は姉の部屋に行って、椎名の着る服を探すことにした。

 様々な衣装を代わるがわる試着して、ちょっとしたファッションショーをやっている気分になる。


「先輩、私に着て欲しい服はありますか?」

「なんで俺に訊くんだよ。自分で決めろよ」

「先輩が選んだ服が着たいんです。ダメですか……?」

「いや、ダメとかそういう問題じゃなくてな」

「先輩好みの服を私が着るの、見たくないんですか?」

「お前なあ……なんの為に服を貸すんと思ってるんだ」

「だって後々の為に先輩の好みを知っておきたいじゃないですか……」

「は?」


 どうも最近の椎名は様子がおかしいような気がする。

 以前とは別人のように優しくなったり、急に奇行に走ったり。

 最終的に椎名が選んだのは膝上丈の肩紐ワンピースで、これまた非常に露出度の高い服だった。


「じゃーん。どうです先輩、似合ってますか?」


 着替え終えた椎名は、部屋の外で待機していた俺に様々なポーズを披露する。


「まあ、いいんじゃねーの」

「可愛いですか?」

「……さあ専門家じゃないからわからんな」

「先輩の個人的な意見が聞きたいんです。ねえ可愛いですか?」

「…………」


 こういう逃げ道を塞いでくる言い方ずるい。

 率直な意見を申し上げると、めちゃくちゃ可愛かった。

 椎名ほどの美少女なら、なにを着ても似合うから当然と言えば当然だが、恥ずかしいからそんなこと口が裂けても言いたくない。


「ゆうちゃん、お取込み中のとこ悪いんだけど聞いて。悪い知らせがあるの」


 姉が口を挟む。よく見たら青ざめた顔をしている。

 俺と椎名が会話している間も、スマホ片手にずっと黙っていたからなにをしているのかと思ったが。


「悪い知らせ?」

「お母さん、仕事が忙しくて今夜は帰れそうにないってさ」

「そっか大変そうだな」

「なに悠長なこと言ってるの、このままだと私達死んじゃうかもしれないんだよ!」

「んなことあるワケねえだろ!」

「皆そう思ってる。でも私は知っている」

「なにを? 自分が馬鹿だっていう事実とか?」


 これでよく大学に入れたな。


「あ、あのー……もしよかったら私が作りましょうか?」


 と、横で傍観していた椎名が控え目に名乗りをあげる。


「本当にいいの?」

「はい、簡単なものならすぐに出来上がりますよ」

「ってオイ、無関係な人間に飯を作らせようとするなよ!」


 俺を置き去りにして話を進める二人に抗議する。


「私は別に構いませんよ」

「いや構えよ。お前だって家庭の事情とか色々あるだろ」

「それなら大丈夫、親には友達の家でご飯食べてくるってメールしときますから」

「いやでも、傘を貸してくれた上に飯まで作らせたらさすがに悪いだろ」

「そんなの気にしなくていいですよ。私がやりたくてやるんだし。シャワーを使わせて貰ったお礼もありますしね」

「本当に?」

「はい、皆でワイワイ食べるの楽しそうですもん」

 

 その口振りから察するに、家族と一緒に食事をとる機会はあまりないのだろうか。

 ただこれ以上詮索すると、地雷を踏む恐れがあるので追求はしなかった。

 なぜ椎名がここまでやる気を出しているのかわからないが、断ったところで引き下がるとは思えない。

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