やだぁ先輩のエッチ

 翌日、早速椎名と共に服を買いに出かけた。

 場所は染井さんと映画を見に行ったショッピングモール。

 俺的にはネットで注文するのを希望したのだが、すぐに必要なのと、実際に試着してみないと似合うかどうかわからないから、という理由で椎名に却下された。

 

「いいですか先輩。いい服を選ぶコツは周りの人の意見も参考にすることです。センスのいい人がオススメする服は」


 衣料品売り場に入るなり、椎名はそんなよくわからないことを力説し始めた。


「ふーん、ならあそこにいるベージュのカーディガン着たおばあちゃんも参考にすべきか?」

「真面目に聞いてくださいよ……」


 そうは言ってもやる気がないのだから仕方ない。

 本来なら買う服はもう決まっていたのに、姉や椎名に散々ダメ出しされたから渋々服選びを他人の判断に委ねたのだ。

 今思えば非常に不本意な決断だった。


「俺のセンスってそんなにダメかな? 確かにファッションに気を遣ったことはあまりないけどボロクソに言われるほどではないだろ」

「そう思います? では試しにこの中から一つ、先輩がいいと思うものを選んでくださいよ」


 椎名はそう言って陳列されている衣服を指差す。


「いいぜ。ふふん、見てろよ。えっと……じゃあこのバイクがプリントされたシャツなんかどうだ?」

「あーそうですねえ……“全国ダサい服を着る人選手権”に出場するならいいかもしれませんね」

「そんな大会どこでやるの?」

「さあ」


 なんだか馬鹿にされている気分。

 くそ、絶対に見返してやるからな。


「だったらこれなんかどうだ。青と白のボーダーシャツ」

「うーん、先輩が七十歳くらいになれば似合うんじゃないでしょうか。同年代のお爺ちゃんお婆ちゃんとゲートボールでもやりながら」

「はっきり言ったらどうだ? 似合わないって」

「いやいや、そんなまさか先輩。今頃気づいたんですか?」

「ぶっ飛ばすぞ」


 まあとは言っても、俺も自分が選んだ服がお洒落かと問われると自身がない。

 普段から服装には無頓着だから、どんなのがお洒落かなんてわかるはずないのだ。

 無理にお洒落な服を選ぼうとすると、返っていつもよりダサくなってしまう。


「仕方ない。ここはファッションの専門家であるこのコゼット椎名にお任せください」

「誰ですか?」


 いきなり変な人が登場した。

 そして椎名はまるでエセフランス人を演じるかのように態度を変え、優雅な足取りで服を選別していく。

 本場のフランス人がこれを見たら確実にブチ切れるだろうな。


「えーと、まずはこれとこれ……それからこれも試着してみてください」


 椎名は迷うことなく大量の商品の中から三着を手に取って俺に手渡した。


「これ全部試着するのか?」

「そうですよ。実際に着てみるのが一番ですからね」

「面倒くせえ……」

「なんか言いました?」

「いや」


 服を着たり脱いだりするのは普段から当たり前のことだが、それが三回連続となると、なんかげんなりする。

 とはいえ椎名はこちらの言い分など聞いてくれそうにない。

 仕方なく俺は試着室に入って着替え始めることにした。


「先輩、もう終わりましたか?」


 カーテン越しに椎名の声がする。


「まだだよ。早えだろ」

「そうですか、終わったら言ってくださいね」

「わかったよ。一応言っておくけど、覗くなよ」

「やだぁ先輩のエッチ。この私がそんなことするワケないじゃないですか、ウェヒヒヒ……」


 全く信用出来ない。

 とりあえず椎名が覗かないか注意を払いながら、最初は青いポロシャツを試着することにした。

 着替え終わって鏡に映る自分の姿を確認してみる。意外と悪くない。結構、様になっている。

 実際に着るまでは半信半疑だったが、椎名の審美眼は本物だったようだ。


「ほら、これでいいか?」

「おおぉー! 凄い格好良いぃー!」


 カーテンを開けるや否や、椎名が眼を輝かせながら黄色い歓声をあげた。


「多分、そこらの芸能人と比べても遜色ないですよ」

「そんな大袈裟な……」

「本当ですって。私がファンならどこかに監禁して自分だけのものにしたいと思いますね」


 やだこの人怖い。助けて。

 口では冗談っぽく言っているが、眼は本気だ。

 興奮する椎名を尻目に、引き続き二着目も試着する。


「キャー、もう最高っ! 私の理想の彼氏そのものって感じ!」


 まるでアイドルを見るかのように、うっとりとした表情を浮かべる。

 眼がハートとはこのことを言うのだろう。

 あまりにキャッキャッと騒ぐので、周りから好奇の視線が降り注ぐ。


「おい静かにしろよ。周りが見ているだろ」

「今は先輩のことしか見えません……」


 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。


「さっさと次のヤツ着るぞ」

「あーん、まだ堪能していたいのにー」


 このままだと埒が明かないと思ったのでカーテンを閉めた。

 三着目の反応も似たようなものだった。

 傍から見れば、俺達はバカップルのように思われているのだろうな。


「うーんどれも似合い過ぎて困りますね。こうなったら全部買いましょうか」

「無理無理、確実に予算オーバーするから。それにWデートに着ていく服は一着だけだろ」

「ぐぬぬ……確かにそうですね。これは某有名ゲームの三択に匹敵する難問ですね。ここに三枚の服があるじゃろ?」

「……微妙に似てるところがなんか腹立つな」


 そうやって悩みに悩み続けて、決めたのはおよそ一時間後だった。

 女は買い物が長いという噂は本当だったようだ。




「ああ、今からWデートの日が待ち遠しいなー。早く友達に先輩のこと見せびらかしたい!」

「性格悪いなお前。まあ元からだけど……」

「なにか言いました?」

「いや別に」


 “前から……”の部分は聞こえないように小声で言った。


「しかしお前も変わってるよな。偽の彼氏なのにそこまで熱心になるなんて」

「だって偽でも格好良い先輩の彼女になれるのは凄く幸せなことですもん」

「そ、そういう見え透いたお世辞はよせ」

「お世辞じゃないですよ。さっきも言いましたけど、私がどんな彼氏と付き合いたいかって訊かれたら、迷わず今の先輩みたいな人って答えます」

「お、おう……」


 なんでそんなこと言うの?

 椎名って普段から俺を小馬鹿にしているのに、時々こうやってドキッとするような発言をするからずるい。

 思春期男子にはちょっと刺激が強すぎる。


「じゃあ、もし俺が付き合おうって言ったら、本当にOKするか?」

「そうですね」

「え」


 即答。一瞬、時が止まったように感じた。


「先輩がもしファッションセンスがよくなって、他の女の子にヘラヘラするような優柔不断じゃなくなって、私だけを見てくれる人になったら、考えてあげてもいいですね」

「……ああそうかい」


 そんなことだろうと思った。

 結局、自分の思い通りになる男が欲しいってことか。

 というか俺ってそんなに他の女子にヘラヘラしてるかな?

 そんなことを言ったら椎名はどうなるんだ、って話になる。

 でも……椎名みたいな美少女と付き合えるなら、変わる努力をしてもいいかな。

 いや、やっぱり駄目だ。

 俺は意思が弱いし、仮に付き合っても取り巻きの男達と大して扱いに違いはないかもしれないし。

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