私のことは“ハニー”と呼んでください

 朝にスマホのアラームで起床すると、なんとなく軽い倦怠感を覚えた。

 それに風邪でもひいたかのように全身が熱っぽい。

 体温を計ると熱が三十七度もあった。

 これは困ったことになった。今日はWデート当日なのに。

 椎名に電話して行けなくなったと伝えるか。

 しかし三十七度だと風邪なのかどうか判断が難しい。市販薬を飲めば治まるかもしれないし、これから上がるかもしれない。

 考えた結果、俺が困っている時に助けてくれた椎名の恩義に報いる為、頑張って行くことにした。

 支度を済ませて薬を飲んだら、家を出て待ち合わせ場所のバス停に急ぐ。

 しばらくするとだいぶ気分もよくなってきた。

 やはり風邪ではなかったようだ。




「あ、先輩。こっちこっち!」


 待ち合わせ場所に到着すると、先に椎名が待ち構えていた。


「あれ、なんか顔色よくないみたいですけど大丈夫ですか?」


 驚いたことに俺自身は全く気分に問題はないのに、椎名は表情から微妙な変化を感じ取ったようだ。

 心配そうな眼でこちらを見る。


「ああ、別になんともないぞ。どうしてそう思うんだ?」

「いやちょっと先輩の顔がいつもよりゾンビっぽく見えたから。まあ昨日ゾンビ映画を沢山見まくったせいかもしれませんがね」

「なんだそりゃ」


 というか“いつもより”ってことは俺は元からゾンビみたいな顔だって言いたいのか?

 俺が追及する前に、椎名がジロジロと俺の身体を眺めまわしながらこう言った。


「うんうん、ちゃんと私が選んだ服を着てくれたんですね」

「ここで違うヤツ着て来たらアホ以外の何者でもないだろ」

「では友達と合流する前に口裏合わせをしておきましょうか。色々と質問された時にボロが出るといけませんから」

「今更かよ」

「やらないよりはマシでしょ。いいですか、まず馴れ初めはこうです。私がプラネタリウムに行ったら先輩と出会って、私の好きな星座がどこにあるか教えてくれたんです」

「もうちょっと現実味のある設定にしようぜ」

「これくらいロマンチックなほうがちょうどいいんですよ。ちなみに私のことは“ハニー”と呼んでください。私は先輩のことを“ダーリン”って呼びますから」

「へーそりゃ名案だな。そんな嘘臭い呼び方をすれば偽の彼氏であることが一発でバレるもんな」

「……皮肉ですか?」

「よくわかったな」


 俺達は他にも色々と意見を出し合ったが、結局まとまらず、そうこうしているうちに椎名の友人がやって来た。


「ハァーイ凛音ちゃん! 待ったぁ?」


 椎名の女友達は、いかにもギャルといった風貌をしていて、陽気な声で手を振る。

 彼氏のほうは、これまたチャラ男といえばこんな感じでしょ、的な要素をつめこんだような容姿。

 ホストのようなロン毛で、ことあるごとに気怠そうに髪をかき上げている。


「ああ早苗ちゃん……大丈夫、今来たところだから」


 珍しく椎名が不機嫌そうな表情になる。

 あれれ、友達じゃなかったのかな。


「あららぁ、もしかしてそれが噂の彼氏? ヤッダー、ウッソ、マジィー! 思ってたよりいい男じゃなーい! よろしくぅ彼氏さんっ。アタシのことは早苗って呼んでねー」

「ど、どうもよろしく……」

 こちらが息をする暇も与えない勢いで、馴れ馴れしく挨拶する女友達。


 あまりのハイテンションに、俺は少々圧倒されながら返事をした。


「ねえ凛音ちゃん紹介してよ」

「……ああ、そだね。こちらが私の彼氏の八神侑士さん。で、こっちが友達の高橋早苗ちゃん」


 椎名が渋々といった表情でお互いを紹介する。


「うんうん。見れば見るほどイケメンだわ。まあアタシの慎二ほどではないけどねー。ねえ慎二?」

「あーそーだなー。別にどっちでもいいけど……」


 びっくりするほどやる気のない返事。

 先ほどの女友達と比較すると対照的である。


「そ、そうかなあ? 私の彼だって結構いい線いってると思うけどぉ?」


 挑発に乗った椎名は、俺の腕にしがみつきながらそう強く主張する。

 っていうかそんなに強くしがみつくと胸が当たって……。


「おーっとっとぉ、張り合わないほうが身の為よ。どんなに頑張ったってうちの慎二には勝てっこないんだから」

「そ、そんなの勝負してみないとわかんないでしょ! こう見えてゆうくんはすっごく優しくて誰よりも頼りになるし、」


 それって遠回しに見た目はイケメンじゃないって認めてるようなものだよね。


「ならどうやって決着つける? 首輪つけて障害物競走でもやらせる?」


 オイ彼氏を犬扱いするな。

 当の本人を蚊帳の外に置いて、互いの彼氏の自慢話にヒートアップする二人。俺達が割って入る隙もない。

 女友達の彼氏のほうを見ると、ポカンとした表情を浮かべていた。


「アンタも大変だな」


 同じ境遇の相手に思わず同情を感じて、気がついたら話しかけていた。


「あーそーだなー。別にどっちでもいいけど……」


 なにコイツ、身体のどこかにスイッチでもあるのか。さっきからロボットみたいに同じことしか言わないけど。




 とまあ、あまり長々と話していると昼になるので挨拶はこの辺にして、さっさと目的地に向かうことにした。

 今回、俺達が行くのは、ここからバスで十五分ほど行った場所にある高層ビルの展望台である。

 高さ百メートル以上ある近所でも一番高いビルで、入場料が安くて学生でも気軽に入れるようになっており、有名なデートスポットにもなっているらしい。

 ちなみにこの場所をチョイスしたのは椎名だそうな。

 ビルに向かう道中も、高橋という女はひっきりなしに喋っていた。皆の喋る割合を数字で表すなら、高橋:9,その他:1といった具合である。もうマシンガントークと言っても過言ではない。

 はっきり言ってかなりウザい。

 後で椎名に聞いた話だと、普段はもっと仲が良いのだが、今回はどちらの彼氏が優れているか勝負しよう、というところからこのWデートが始まった為、険悪な態度になっているのだという。

 なぜ椎名が友達にもかかわらず、嫌そうな表情をしていたのかわかった。

 これはかなりギスギスしたWデートになりそうだ。

 というか勝手にそんな対決に巻き込むなよ、と思うのだが、俺も似たようなことをやらかしているので文句は言えない。




 ビルの内部に入ると、休日ということもあって展望台のチケット売り場には結構な行列が出来ていた。

 展望台以外にも色々なショップやレストランが入っている為か、かなり混雑している。

 ……やばい。

 大勢の人に揉みくちゃされていると、なんかまた気分が悪くなってきた。


 それに気のせいだろうか。

 エレベーターホールを通り過ぎる際、人混みの中に染井さんとよく似た人物が紛れ込んでいたような気が……。

 まあ多分、見間違いだろうな。

 風邪のせいで少々ボーっとしていたようだ。

 帰ったら安静にしよう。

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