なにかおかしいですねえ
秘密を抱えたまま何食わぬ顔で普通に生活するのは中々難しい。
特に椎名と一緒にいる時はボロを出さないように。
あまりに気を張り過ぎて、逆に言動がぎこちなくなって怪しまれるほどだ。
まさに本末転倒。
「先輩、どうしたんですか? さっきから箸が止まってますけど?」
夕食を食べながらボーっとしていると、椎名が訝しげに訊ねてきた。
「あいや、ちょっと考えごとしてただけだ」
そう言って俺は怪しまれないよう、慌てて肉じゃがを口に放り込む。
彼女は未だにファンデーションを探している。時折、見つかったかどうか訊ねられることがあり、その度に内心ビクビクしている。
俺はというと、昨日ようやくバイト先が見つかったところだ。
椎名に見つからないよう、わざわざ遠い場所を探したので、時間がかかってしまった。
だがもう問題ない。時給も悪くないし、三日ほど働けば三万なんて金、すぐに稼げる。
「それにしても災難だったねえ。よりによって三万円もするファンデーションを落としちゃうなんて」
ギクッ。
ここ二、三日は話題に上ってなかったのに、姉が話を蒸し返す。
「そうなんですよ。しかもまだ使い始めたばかりだったからもうショックで」
チクチク。
「そうなんだー。早く見つかるといいね。でももしかすると誰かに盗まれたり壊されてたりしているかもしれないね」
チクチクチク。
「そうですね。もしそうなった場合は、私はその人のことを絶対に許しませんけどね」
「…………」
チクチクチクチクチクチク。
あーヤバい。聞いているだけで胸が痛くなる。
「で、でもその人も悪気があってやったワケじゃないんじゃないかな。相手が素直に謝ってきたら許してやったほうがいいんじゃないか?」
「先輩、何度も言いましたけど、それは情状酌量の理由にはならないんですよ。自分がしたことの責任はきちんと果たさないと」
ここ数日、椎名を説得し続けているが、返事はいつもこれである。
もはや正直に打ち明ける作戦は完全に消えた。
後はバイトで稼いだ金で同じものを買って、家で見つかったフリをして椎名に渡すだけである。
「そういえば先輩、この前駅前によさそうなカフェがオープンしたらしいですよ。よかったら今度一緒に行きませんか?」
「あー悪い。その日はちょっと用事があるんだ。他の日なら行けるんだが……」
「用事? 用事ってなんですか?」
「いやそれは……」
用事というのは記念すべきバイト初日のことだが、そんなこと椎名には口が裂けても言えない。
「と、友達と遊ぶ約束してるんだよ」
「友達って誰ですか?」
「なんでそんな根掘り葉掘り訊くんだよ。俺が誰とどこに行こうが勝手だろ」
「むーそれはそうですけどぉ、先輩のこともっと知りたいんですよぉ」
「駄目、知らなくていい。猫撫で声で言っても教えない」
「ごろにゃん……?」
「やめんかい」
まるで本物の猫のように椎名が頬を寄せてきたので、慌てて身を引いた。
恥じらいというものがないのかこの女は。
「というかそう言うお前はどうなんだよ。なにか俺に隠していることがあるんじゃないのか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「この間、俺の部屋の家具が微妙に位置が変わってたんだよ。なんか心当たりはないか?」
「……いや、知りませんねえ」
「なんでちょっと間が空いたんだよ」
この反応から察するに俺の部屋に入ったことは間違いなさそうだ。
これ以上追及すると俺もボロを出しかねないので、早めに飯を食べ終えて自室に退避した。
ちなみにこれは後で姉に聞いた話だが、俺がいなくなった後、二人はこのような会話をしていたらしい。
「……うーん。なにかおかしいですねえ」
「なにが?」
部屋に戻ったの俺を見送ると、椎名は顎に手を当てて訝しげな素振りを見せた。
「さっきの先輩ですよ。なんか態度がいつもより変じゃありませんか?」
「そう? 普段からあんな感じだと思うけど?」
「まあ確かにそうなんですけど……普段の変とはちょっと方向性が違うというかなんというか……」
本人がいないのをいいことに、二人共好き放題言っている
「そう……あれはまるでなにか隠し事をしているような感じがするんですよね」
「そういえば大学の友達の話なんだけどね、付き合っている彼氏の様子が変だと思って調べてみると、他の女の子と浮気してたらしいの」
「……それって本当の話ですか?」
「うん、男の子が女の子に隠し事をする時って他の女の子と会ってる時が多いんだって。まあゆうちゃんがそうだって言ってるわけじゃないんだけどね」
しかし椎名は前半の単語が頭から離れなくて、後半の話は耳に入ってこなかった。
他の女の子と浮気……。
友達と遊ぶ約束をしていると言っていたが、その友達というのが女子だとしたら見逃せない。
尾行して真偽を確かめる必要がありそうだ。
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