第39話 専属騎士の嫉妬?



 回帰する前、オリーネはこの時期ぐらいから聖女の仕事を本格的にしていた。


 今までは聖女の魔法を学び、魔力を高めるという訓練をずっと続けていたようだが、そろそろしっかり他人の怪我を治す練習を始めるらしい。


 私もあまり詳しくは知らないけど、この時期に砦に聖女オリーネが来たことはなんとなく覚えている。


 回帰する前、皇太子とオリーネの浮気で荒れていた私を、お父様が気分転換にと砦に連れて来てくれたのだ。


 だがその時に偶然、オリーネが聖女の仕事をしに砦に来てしまい、私は砦でも荒れた行動を取ってしまった。


 その結果、砦にいる騎士達には「スペンサー公爵家の令嬢はヤバい癇癪持ちだ」と思われるという失敗をした。


 あの後、私は婚約破棄されて砦で戦うことになったが、騎士達に「ヤバい人だ……」という目で見られ続けていた。


 今度は絶対に失敗しない。

 というよりも、もう成功していると言っても過言ではない。


 南の砦で戦い始めて数日が経った。


 あの女、聖女オリーネが来る前に騎士達と一緒に戦って、信頼関係がなかなか築けている。


 今日もすでに魔獣の大群を殲滅し終わり、あとは死体処理だ。


「騎士の皆様、今日もお疲れ様。死体を集めてもらって感謝するわ」


 私は山積みになっている死体を前に、笑みを浮かべて騎士達にそう声をかけた。


「いえ! こちらこそいつもありがとうございます!」

「本日も魔法での支援、ありがとうございます!」

「危ないところを助けられました!」


 周りにいる騎士達が、私を尊敬の眼差しのような視線で見ているのがわかる。

 仕事としてやっていただけだから、援護するのは当たり前なのだけれど。


 まあそれだけで敬われるなら、特に止める必要はないわね。


「では死体を燃やすから、少し離れて」

「はい!」


 騎士達が俊敏な動きで死体の山から離れるのを確認して、私は炎魔法で火をつける。


 魔獣はその身体の中に魔結晶というものがあり、それは宝石としてもなかなか綺麗で、加工すればいろんな使い道があるので重宝されている。


 魔獣は帝国に攻め込む最大の敵でありながら、魔結晶という資源にもなりうる。


 だからこそ公爵家の存在は帝国にとって、とても重要なのだ。


 魔結晶は熱に強いので、魔獣を燃やしても灰になることはない。


 まあ私やお兄様が全力で炎をぶつけたら魔結晶も消し飛ぶと思うけど。


 百体を超える死体の山を燃やしていると、周りの騎士達が喋っている声が聞こえてきた。


「はぁ、スペンサー公爵令嬢は今日もとてもお美しいな……」

「炎を背景に立っているだけで絵画のように綺麗だ……」


 ふふっ、なかなか嬉しいことを言ってくれているじゃない。


 炎が魔獣の死体を燃やしているものだと思うと、少し美しさが半減する気がするけど。


 回帰する前は、騎士達にもなかなか酷い態度を取っていたから、騎士からの評判も悪かった。


 だけど今回は丁寧に笑みを浮かべて接しているから、好感を持ってくれる騎士が多いようだ。


「砦での勤務は男だらけで華がないからな。公爵令嬢がそこにいるだけで、魔獣を殺し続けて荒んだ心が満たされるようだ」

「本当にな。魔法使いに女性は何人かいるけど、城壁で魔法を撃っているだけであんまり顔合わせはしないからな。その点、公爵令嬢は下に降りてきてくれるから、本当に最高だぜ」


 私は公爵令嬢として指示を出す側だから、最近は城壁の上ではなく下に降りてくることも多い。


 下に降りるといっても、全体を見渡すことが出来るように空中に浮いているけどね。


「あとなぜか公爵令嬢が死体を燃やしても、死臭がしないんだよな。何かしてるのかな?」

「さぁ、スペンサー公爵家の炎が特別だからじゃないか?」


 それは炎が特別なんじゃなくて、ただ私が同時に風魔法も使って臭いを上に飛ばしているからね。


 私も臭いのは苦手だから、お兄様がこうやっていたのを見て真似したのだ。


 二種類の魔法を操るのは少し難しいけど、臭いよりはマシだ。


「死臭は全くしないし、むしろ公爵令嬢のいい匂いが届いてる気がして……」

「そこにいる騎士、もっと離れてください」

「っ!? ラ、ラウロ殿、失礼しました!」


 私の後ろで話している騎士のもとに、いつの間にかラウロが来ていたようだ。


 ラウロは私の専属騎士なので、公爵家の騎士団団長と同じかそれ以上の立場だ。


 驚いて敬礼をして後ろに下がった騎士を横目に、ラウロが私の側に近づいてきた。


「アサリア様、あちらの死体処理は終わりました」

「そう、ご苦労様。あなたは先に休んでていいわよ」

「いえ、そういうわけにはいきません。アサリア様の側を離れて不埒者を近づかせるわけにはいきませんから」


 ラウロがそう言って、冷や汗を流している騎士をギロっと睨んだ。


 公爵家の騎士団に、私に対して何か不埒なことをする者なんていないと思うけど。


 ラウロは心配性みたいね。


 私は騎士達と良い関係を築けていると思うけど、ラウロが他の騎士と仲良くなってない気がする。


 もともとラウロは無口で他人と関係を築くのが上手いわけではないけど、もう少し他の騎士と交流を持っていいと思う。


「ラウロ、今日は一緒に食堂で食べる?」


 砦にある騎士達が暮らしている寮のような場所には、広い食堂がある。


 私は公爵令嬢なので食事は部屋に持って来てもらっているので、まだそこで食べたことはない。


 ラウロも私の部屋で一緒に食べているので、まだ行ってないだろう。


「アサリア様がお望みなら」

「私というよりは、ラウロが食堂で食べたいかを聞いたんだけど」

「俺は……アサリア様とご一緒に食べられるのなら、どこでもいいです」

「そう?」


 まさかそんなことを言われるとは思わなかった。


 ラウロは自分の気持ちを隠さないから、いきなり言われてドキッとすることがある。


「それなら食堂で食べるのもいいかもしれないわね」

「はい、かしこまりました」


 そして私とラウロは初めて食堂で食事をすることにした。


 食堂には多くの食べ物が並んでいて、それを自分が食べられる量を取っていくという方式になっているようだ。


 私が自分の分を取りに行こうとしたら、ラウロが「自分が取りに行きます。アサリア様の食べられる量はわかっていますので」と言われたので、私は先に空いている席に座った。


 そしてラウロを待っていたのだが……。


「公爵令嬢、本日もお疲れ様でした!」

「素晴らしい魔法でいつも惚れ惚れてしています……!」

「美しくてカッコよくて、本当に最高です!」


 私が座ったところに、数十人の騎士が集まってしまった。


 まさか騎士達にここまで慕われているとは思わず、私もビックリしている。


「ありがとう、皆さん。それと私を呼ぶ時はアサリア、で大丈夫よ」

「アサリア様……! お素敵です!」


 隣に座っている女性の魔法使いの方が、私に憧れているのか熱っぽい視線で見ているのだが、少しこそばゆい。


「……アサリア様、お食事をお持ちしました」

「ラウロ、ありがとう」


 ラウロが食事を持ってきてくれたが、なぜか機嫌が悪そう。


 あ、私の周りに騎士達が大勢いて、ラウロが座れる場所がない。


 だから不機嫌なのかしら?


「どなたか、ラウロのために席を空けてくれないかしら? 彼は私の専属騎士だから」


 私がそう言うと、隣にいる女性の方がすぐに退いてくれた。


「こちらにどうぞ!」

「ありがとう、あなたお名前は?」

「ア、アルカです!」

「そう、アルカ、感謝するわ」


 私がお礼を言うと、赤い顔をしたまま立ち上がって周りを囲んでいる騎士達の後ろの方へ行ってしまった。


 なんだか可愛いわね、でも砦で戦っているということは結構訓練をしてきた人だから、私よりも歳上だとは思うんだけど。


「ラウロ、隣に座りなさい」

「……はい」


 私の隣にラウロが座って食事を始めるが、まだ少し不機嫌そうだ。


 なぜかしら? 彼は好き嫌いはないし、今日の食事も普通に美味しいと思うけれど。


「ア、アサリア様、ラウロ殿はどうやってあなた様の専属騎士になったのでしょうか?」

「ん? どういうことかしら?」

「公爵令嬢のアサリア様の専属騎士、とても名誉ある騎士だと思いますので……い、いつか! 俺もなれるでしょうか!」


 まだ若い男性の騎士が顔を赤らめながら、強くそう言い切った。

 瞬間、私の隣からとんでもない威圧感が辺りを埋め尽くした。


「ひっ!?」


 若い騎士が悲鳴を上げて後ろへ下がった。

 周りにいる騎士達も顔を青ざめたり、身構えたりする。


「ラウロ、やめなさい」

「……はい」


 私の言葉にラウロは殺気に近いものを出すのをやめた。


「ごめんなさいね、私の専属騎士が」

「い、いえ、その……」

「だけど私の専属騎士になりたいのなら、今の威圧を軽く流す程度は出来ないと不可能ね」

「そ、そうですか……」


 苦笑いをしながらそう言った若い騎士、それ以降は後ろに下がって静かにしていた。


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